第9話 妹に職業を明かす。
「‥‥お‥‥おに‥‥おに‥‥」
どこか遠くから聞こえてくる声が耳に触れるが、まだ意識の大半は深い眠りの中に沈んでいる。
あーもう、少しだけ眠らせてくれ。
「‥‥ねぇ‥‥お兄‥‥お兄‥‥」
何を言っているのか分からん。誰かが俺を呼んでいるような気はするが、今はそれを確かめることすら面倒に感じるほど眠いんだ。だから、もう少しだけ‥‥頼む。
俺は聞こえてくる声を全て無視して、今はただ、この全身を包み込んでいるフワフワとした心地よい感覚へ意識ごと沈めようとするが、そんな抵抗などお構いなしに何かを呼ぶ声は少しずつ鮮明になり、途切れ途切れだった音がやがて一つの言葉として俺の耳に届いた。
「お兄ちゃん!!」
「!!」
その声が凪のものだと認識した瞬間、眠気など一瞬で吹き飛び、俺は反射的に上半身を跳ね起こした。
「ど、どうした凪!?何か問題か?」
まだ完全に覚醒していない頭のまま周囲へ視線を走らせるが、部屋の中に何かが入り込んだ様子もなければ、凪が怪我をしているようにも見えない。
そんな俺の慌てぶりを見た凪は少し驚いたように目を丸くした後、何でもないと伝えるように小さく首を横に振った。
「違うよ。さっき目が覚めてお兄ちゃんの様子を見に来たら、こんな変な体勢で寝てるから、心配で声を掛けただけだよ。寝るならちゃんとベッドで寝ないと。」
「‥‥んあ?」
言われて初めて自分がどんな状態なのかを確認すると、すぐ横にベッドがあるにもかかわらず、その中に入ることすらせず、俺はベッドの脇に上半身を預けるような格好で突っ伏して眠ってしまっていた。
「あぁ‥‥悪い。少し‥‥色々とあってな。」
まさか自分の職業がポーション使いだったことにショックを受け、その能力を試した直後に体が怠くなって、そのまま眠ってしまったとは言いづらかったので、俺は曖昧な言葉で誤魔化そうとしたのだが、当然ながら凪にはそんな誤魔化しなど全く通用しなかった。
「‥‥色々って何?」
逃がすつもりはないと言わんばかりに、凪が真っ直ぐ俺の顔を覗き込んでくる。
「い、いや、色々は色々だ。」
「うん、私はその色々を聞いてる。私にも教えてくれないの?」
そう言った凪の瞳は僅かに潤んでおり、俺から離れないようにするかのように、その指先は俺の服の袖を摘まんでいた。
あの一件以来、凪の性格はまるで昔の子供だった頃に戻ってしまったかのように変化していた。
昔の凪は、とにかく俺の後を四六時中ついて回っていた。好きな食べ物も、好きなテレビ番組も、遊びも、俺が好きだと言えば自分も好きだと言い出し、何をするにも俺と同じものを選びたがるほどの兄っ子だった。
だが、それも凪が中学生になると激変した。
それまでが嘘だったかのように俺との距離をハッキリと取るようになり、以前のように自分からくっついてくることもなくなった。
まぁ、兄として少し寂しいとは思ったものの、いつまでも兄にベッタリというわけにもいかないし、とうとう兄離れの時期が来たのだろうと自分を納得させ、そのまま今回の事件が起きるまで過ごしてきた。
だが、今は違う。
そう。今の凪は、昔の俺にベッタリだった頃の凪そのものだ。
そのことに気付いた俺は、自分の袖を摘まんで離そうとしない凪の指先へ視線を落とす。
この状態の凪を適当な言葉で誤魔化そうとしても、どうせすぐに見抜かれるだろうし、何よりも、こんな状況で俺まで凪を拒絶するような態度を取ることが今の凪にとって一番良くないように思えた。
「‥‥分かった。話す。俺も凪と同じで自分のステータスを確認してたんだ。それで力を試しに使ってみたら、急に体が怠くなって‥‥そのまま眠ってしまったみたいだ。」
「あーーそういうことね。で、お兄ちゃんの職業は何だったの?」
事情を聞いた途端、それまで不安そうだった凪の表情が目に見えて明るくなり、今度は興味を隠そうともせず俺の顔を覗き込んでくる。
「‥‥まぁ、その、すごく言いづらいし‥‥出来れば言いたくないものなんだけど‥‥言わないとダメか?」
「うん!!私は知りたい。お兄ちゃんの事は何でも知りたい。」
「そ、そうか。なら、言うけど‥‥全然、ショボイぞ?多分、凪が聞いたらかなりガッカリするものだぞ?それでもいいのか?」
ここまで念を押せば少しぐらい躊躇するかと思ったのだが、凪は考える素振りすら見せなかった。それどころか、どうしてそんなことを聞くのかとでも言いたげな表情で俺を見つめ、迷うことなく口を開いた。
「大丈夫だよ。私がお兄ちゃんのことでがっかりするものなんて、この世に一つもないから。」
「‥‥そうか。なら、分かった。ステータスオープン。」
そこまで言われてしまえば、これ以上隠しておく理由もない。俺は小さく息を吐いて覚悟を決めると、自分のステータスを表示させ、それが凪にも見えるように体を少し横へずらした。
目の前に半透明のステータス画面が浮かび上がり、その中に並んだ文字を改めて目にした俺は、どうしても納得できない気持ちを抱えながら、その中でも一番見られたくなかった項目を指差す。
「俺の職業は―――ポーション使いだ。」
そう告げた俺は、これを見た凪がどんな反応をするのかを確かめるように、その横顔へと静かに視線を向けるのであった。




