表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夫に捨てられた専業主婦ですが、異世界騎士団の寮母になったらイケメン達が全員ダメ男でした  作者: 他力本願寺


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
9/13

第9話 はじめての朝食で、王国最強の騎士たちが静かになりました

翌朝。

私は、窓から差し込む小鳥のさえずりと薄明かりで目を覚ました。


「ん……よく寝た……」


マチルダさんが用意してくれた一階の私室のベッドは、思いのほかふかふかだった。

前世の家では、夫の健一が少しでも寝返りを打つと舌打ちをされるため、いつもベッドの端で体を縮めて寝ていた。だから、大の字になって朝までぐっすりと眠れたのは、本当に久しぶりのことだった。


身支度を整え、そっと部屋のドアを開ける。

昨夜、廊下に座り込んでいたジンさんの姿はもうなかったけれど、私が貸した予備の毛布が、綺麗に畳まれてドアの横に置かれていた。


「ふふっ。ちゃんと寝られたのかな」


私は毛布を抱え上げ、厨房へと向かった。

昨日の惨状を見て、この寮の最大の問題は「食生活」にあると痛感したからだ。


熱湯で服を縮ませる団長、お湯を沸かすだけで台所を燃やす副団長、ゴミ屋敷で魔法を暴発させる魔導師、お菓子しか食べずに倒れる回復術師、そして不眠症の諜報員。

彼らの生活の基盤は、完全に崩壊している。


栄養状態の悪化は、体力や魔力の低下に直結する。

まずは、温かくてまともな朝ご飯を食べさせることから始めなければ。


昨日のうちに少しだけ整理しておいた戸棚を開け、食材を確認する。

ここにあるのは、見慣れた日本の食材ではない。けれど、マチルダさんから渡された資料と主婦の勘を頼りにすれば、なんとかなりそうだった。


主食になりそうなのは、お米と麦の中間のような丸い穀物『月麦(つきむぎ)』。

少し硬そうだけれど、たっぷりのお湯で時間をかけて炊き上げれば、ふっくらとしたお米のように食べられるはずだ。


「あとは、お味噌汁の代わりになるようなものは……」


保存庫の奥で、小さな樽を見つけた。

蓋を開けると、ふわりと芳醇な発酵の香りが漂ってくる。

ルグ豆味噌(るぐまめみそ)』と呼ばれるその調味料は、日本の赤味噌にとてもよく似た匂いとコクを持っていた。


「よし、これでお汁を作ろう」


私は腕まくりをして、エプロンの紐をきゅっと結び直した。


魔力炉の火を適切に調整し(セオドアさんのように最大火力にはしない)、鍋でお湯を沸かす。

じゃがいものような『土芋(つちいも)』と、玉ねぎに似た甘みの強い『甘珠葱(あまたまねぎ)』を一口大に切り、鍋に投入する。

トントン、トントンという小気味良い包丁の音が、静かな厨房に響き渡る。


野菜が柔らかく煮えたところで、ルグ豆味噌を溶かし入れる。

じゅわぁっ、と香ばしくてホッとするような香りが、白い湯気と共に厨房いっぱいに広がった。


「いい匂い……」


次に、濃厚な黄身が特徴の『火鶏卵(ひどりらん)』をボウルに割り入れる。

醤油の代わりになりそうな『黒穀(くろこく)だれ』を少しと、昨日ノエルくんのパン粥で使った甘いシロップを隠し味に加え、よく混ぜ合わせる。

熱したフライパンに油を敷き、卵液を流し込む。

ジューッという軽快な音と共に、卵の端がふつふつと膨らむ。それを菜箸で手早く巻き込み、美しい黄金色の厚焼き卵を完成させた。


炊き立ての月麦から上がる甘い湯気。

出汁と味噌の香りがふわりと立つ温かいお汁。

彩り豊かな卵焼き。


「うん。上出来ですね」


私がそう言って額の汗を拭った、その時だった。


「……かすみさん。それ、なんですか……っ!?」


バンッ!と勢いよく食堂の扉が開いた。

そこに立っていたのは、寝癖で金髪を爆発させたルーカスさんだった。

彼は目を真ん丸に見開き、犬がご馳走を前にした時のように鼻をひくひくとさせている。


「おはようございます、ルーカスさん。朝ご飯ですよ」


「あ、朝ご飯……? 俺たちの寮で、朝からこんなに良い匂いがするなんて……」


ルーカスさんがフラフラとテーブルに近づいてきたのを皮切りに、二階からぞろぞろと足音が聞こえてきた。


「おい、下の階からなんか変な匂いがすんぞ……」

不機嫌そうに目を擦りながら降りてきたのはカイルくん。


「……良い匂い。お腹すいたぁ……」

昨日の貧血が嘘のように、ふらりと現れたノエルくん。


「……驚いたな。この時間に起きてくるなど、我が分隊の歴史において異例中の異例だ」

銀縁眼鏡の位置を直しつつ、冷静を装いながらも視線はテーブルに釘付けになっているセオドアさん。


そして、いつの間にか食堂の隅の影からスッと姿を現したジンさん。


全員、寝巻きのままで、信じられないものを見るような顔をして食堂に集まってきた。


「皆さん、おはようございます。さあ、冷めないうちに座ってください」


私が五人分の配膳を終えると、彼らは恐る恐るテーブルを囲んだ。


「かすみさん。この、茶色い液体は一体……?」

ルーカスさんが、ルグ豆味噌のお汁を指差して尋ねる。


「ルグ豆味噌を使ったスープです。お野菜もたっぷり入っていますから、体が温まりますよ」


「……味噌、だと? あれは保存用の調味料だ。そのまま食すには塩分濃度が高すぎるし、お湯に溶かすなどという発想は、戦術的にも常識外れだ」


セオドアさんが眉間を寄せて分析を始める。

彼らは普段、カチカチの硬いパンと乾燥肉、あるいは甘いだけのお菓子しか食べていないらしい。

温かくて、複数の食材が組み合わさった『料理』というものに、明らかな警戒心を抱いていた。


『なんだよこれ、味が薄いな。お前の飯はいつも一味足りないんだよ』

ふいに、健一が私の作った味噌汁を一口飲んで吐き捨てた記憶が蘇る。


あの時は、悲しくて言い返せなかった。

でも、今は違う。


「いいから、騙されたと思って一口飲んでみてください。ほら、冷めちゃいますよ」


私がふわりと微笑んで促すと、五人は顔を見合わせ、やがて覚悟を決めたように木のスプーンを手に取った。


ごくり。


誰かが喉を鳴らす音がした。

そして、彼らは一斉に、ルグ豆味噌のお汁を一口、口に含んだ。


「…………っ!?」


ピタリと、全員の動きが止まった。

食堂の中に、痛いほどの静寂が落ちる。


「……あ、あの。お口に合いませんでしたか?」


私が不安になって尋ねた次の瞬間。


「うっっま……!!!」


最初に叫んだのは、カイルくんだった。

彼は目を見開き、スプーンを放り出して、両手でお椀を掴むと、ゴクゴクと音を立ててスープを飲み始めた。


「な、なんだこれ!? しょっぱいだけじゃない、すっげぇ深い味がする! 芋もとろとろで美味ぇ!!」


「えっ? ほんとだ……! かすみさん、これ凄いです! 喉を通った瞬間、体の中がカーッて熱くなって、力が湧いてくるみたいです!」


ルーカスさんも目を輝かせ、犬の尻尾が見えそうなくらい喜んでいる。


「甘くて、ふわふわ……。お姉ちゃん、この黄色いの、お菓子みたいに美味しい……」

ノエルくんは、甘めに味付けした厚焼き卵を口いっぱいに頬張り、幸せそうに目を細めている。


「……信じられない」


セオドアさんは、お椀を持ったまま固まっていた。


「複数の食材の風味が、互いを殺すことなく、見事な調和を見せている。塩分と糖分の比率も完璧だ。……食事とは、ただ栄養を摂取するだけの単純な作業ではなかったのか……?」


彼は理屈っぽく呟きながらも、その手は止まることなく次々と料理を口に運んでいる。


そして、ジンさんは。

一言も発することなく、ただ黙々と、信じられないほどの猛スピードで月麦のどんぶりを平らげていた。

その灰色の瞳の奥に、確かな熱と安堵の光が宿っているのが分かった。


「ふふっ。おかわり、たくさんありますからね」


私がそう言うと、五人は無言のまま、ものすごい勢いで食事にがっつき始めた。


カチャカチャと食器の触れ合う音。

「おかわり!」「俺の肉を取るな!」「うるせぇ、早い者勝ちだ!」という騒がしい声。


その光景を見つめながら、私は胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じていた。


私が十二年間、毎日当たり前のようにやってきたこと。

『誰でもできる』と見下され、価値がないと否定されてきたこと。

それが今、この異世界で、王国最強の騎士たちを笑顔にし、彼らの体を満たしている。


彼らは、私が作った料理を無視しない。

ため息をつかない。

美味しいと、全身で伝えてくれる。


「……作ってよかった」


小さく呟いた私の声は、賑やかな食卓の音にかき消された。


あっという間に、五人分の食事は鍋の底まで綺麗に空っぽになった。


「はぁ~……食った。もう動けねぇ……」

カイルくんが満腹のお腹をさすりながら、椅子に深く寄りかかる。


「素晴らしい成果だ。これだけの栄養と熱量を朝から摂取できれば、午前の演習のパフォーマンスは劇的に向上するだろう」

セオドアさんが、満足そうに眼鏡を押し上げる。


「お姉ちゃんのご飯、毎日食べたい……」

ノエルくんがとろんとした目で私を見つめる。


「……美味かった。……ありがとう」

ジンさんが、小さく、けれどはっきりと感謝を口にする。


そして、ルーカスさんが、ふうっと深く息を吐き出し、私の方へと向き直った。

いつもの人懐っこい笑顔ではなく、ひどく真剣で、どこか切羽詰まったような表情だった。


「かすみさん」


「はい。どうしました?」


ルーカスさんは、私の目を見据えて、真っすぐで重い言葉を放った。


「かすみさんがいないと、俺たち……もう前の朝に戻れません」


その言葉は、私にとって何よりも強い、初めての『評価』だった。

(続く)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ