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夫に捨てられた専業主婦ですが、異世界騎士団の寮母になったらイケメン達が全員ダメ男でした  作者: 他力本願寺


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10/17

第10話 洗濯日和と、縮んだ制服の行進

あの衝撃的な朝食から数時間後。

第七分隊の五人が午前の演習へと出かけていき、寮には再び静寂が戻っていた。


「さて、と。胃袋を満たした後は、生活環境の浄化ですね」


私は腕まくりをして、一階の廊下に仁王立ちした。

目の前には、第3話で発見した『生乾き布のカーテン』と、各部屋から回収してきた脱ぎっぱなしの衣類が、小山のように積み上がっている。


これらをすべて綺麗に洗い上げることが、本日の私の最大の任務だった。


「それにしても、すごい量……」


騎士団の制服やマントは、生地が分厚く、装飾の金具もついているため非常に重い。

裏庭にある井戸から水を汲み上げ、大きな木たらいに注ぐだけでも一苦労だった。

そこに、マチルダさんから支給されていた『灰石鹸(はいせっけん)』(この世界で一般的に使われる、油と灰を練り合わせた洗浄剤)を削り入れる。


まずは色落ちしにくい白いシャツ類から、もみ洗いを開始した。


ザブッ、ザブッ。

冷たい水音と、石鹸の泡が弾ける音が、静かな裏庭に響く。

地味で、腰の痛くなる重労働だ。


私が額の汗を手の甲で拭い、二つ目の木たらいに差し掛かった時だった。


「かすみさんっ! ただいま戻りました!」


背後から、元気な犬のような声が降ってきた。

振り返ると、午前の演習を終えたばかりのルーカスさんが立っていた。

金色の髪は汗で少し張り付いているけれど、その爽やかな笑顔は相変わらず眩しい。


「おかえりなさい、ルーカスさん。演習はどうでしたか?」


「最高でした! 朝からあんなに美味しくて温かいご飯を食べたおかげで、体が信じられないくらい軽くて! 俺、今日の模擬戦で全員の剣を叩き落としちゃいました!」


えへへ、と誇らしげに笑う彼は、本当に尻尾を振る大型犬にしか見えない。

朝食の効果がさっそく戦績に表れたようで、私も鼻が高かった。


「それはよかったです。……あ、でもルーカスさん」


私が、ルーカスさんの足元から続く『あるもの』に視線を落とすと、彼はビクッと肩を揺らした。


彼が手に持っているのは、あの時、熱湯でぐらぐらに煮込まれて子ども服サイズに縮み上がってしまった、哀れな制服の残骸たちだった。

私の薬草タライでの修復作業により、多少は繊維がほぐれたものの、やはり彼が着るには小さすぎる『寸足らずの服』のままだ。


「あ、う……その、これは……」


ルーカスさんは、シュンと犬耳を垂れ下げたような顔になり、縮んだ制服を背中に隠そうとした。


「あの、怒らないでくださいね。かすみさんのおかげで少しは伸びたんですけど、やっぱり腕が入らなくて……。今日の演習、予備の古い服で行ったんです」


「怒っていませんよ。そもそも、羊毛の服を熱湯で一時間も煮込んだら、魔法使いでも元には戻せませんから」


私がクスッと笑うと、ルーカスさんはホッとしたように息を吐き、そして私の目の前にある巨大な洗濯物の山と、泡だらけの木たらいを見つめた。


「かすみさん。それ、全部一人で洗うんですか?」


「ええ。寮母の仕事ですから」


「ダメです! そんなの、かすみさんの細い腕が折れちゃいます! 俺がやります、俺に任せてください!」


ルーカスさんは慌てたように駆け寄り、私が洗おうとしていた重いマントを引っ張り出そうとした。


「待って、待って! ルーカスさん、ストップです!」


「えっ!?」


「気持ちはすごく嬉しいんですが、ルーカスさんに任せたら、またこのマントを熱湯の鍋に放り込む気でしょう?」


私がジト目で睨むと、ルーカスさんは図星を突かれたように「うっ」と呻いて視線を逸らした。


「そ、それは……だって、煮込んだほうが汚れも菌も落ちるって、俺ずっと信じてて……」


「気持ちは分かりますが、布には正しい洗い方というものがあるんです。それに、白い服と色柄物を一緒に洗うと、色が移って大変なことになりますよ」


「色が移る!? 布は熱に弱くて、色まで移るんですか!? 服って、なんて繊細で恐ろしい生き物なんだ……」


本気で戦慄している王国最強の騎士を見て、私は思わず吹き出してしまった。


「……ふふっ。剣の扱いは誰よりも上手なのに、生活のこととなると本当にからっきしなんですね」


「うぅ……面目ないです……。俺、剣を振ることしか教わってこなかったので……」


落ち込むルーカスさんに、私は濡れた手でポンポンと彼の腕を叩いた。


「じゃあ、これから少しずつ覚えていきましょう。力仕事を手伝ってもらえると、私もすごく助かります」


「本当ですか!?」


パァァッ、とルーカスさんの顔に光が戻る。


「はい。まずはそこの井戸から、この空のたらいに綺麗な水をいっぱいまで汲んでください。すすぎに使います」


「了解しました! 水汲みなら得意です!」


ルーカスさんは嬉しそうに頷き、重い木のバケツを片手で軽々と持ち上げて井戸へ向かった。


そこからの作業は、驚くほどスムーズに進んだ。

私が石鹸でもみ洗いと押し洗いをした後、ルーカスさんが持ち前の筋力を活かして、分厚いマントやズボンをしっかりとすすぎ、力強く絞ってくれるのだ。

私が体重をかけてもなかなか水気が切れない分厚い布が、彼の手にかかると、あっという間に固く絞られた状態になる。


「すごい……! ルーカスさん、絞るの上手ですね!」


「へへっ、任せてください! 剣の素振りで鍛えた握力が、まさかこんなところで役に立つなんて思いませんでした!」


二人で並んで水を跳ね返しながら作業をしていると、不思議と重労働のはずの洗濯が、楽しい水遊びのように感じられてきた。

彼は私が教える「布の素材による洗い分け」や「汚れのひどい部分のつまみ洗い」の知識を、目を輝かせながら熱心に聞いてくれた。


「かすみさんって、本当にすごい魔法使いみたいです」


木たらいの中で泡立つ石鹸を見つめながら、ルーカスさんがぽつりと言った。


「俺たちが何日も放置して、悪臭を放っていた服が、かすみさんの手にかかると、あっという間にいい匂いになっていく。……俺、服はただ着るだけの防具だと思ってましたけど、ちゃんと手入れすると、こんなに気持ちいいものだったんですね」


その真っ直ぐな尊敬の眼差しに、私は少しだけ胸が詰まった。


やがて、すべての洗濯物を洗い終え、裏庭に張ったロープに干していく作業に入った。

パンッ、パンッ、とシワを伸ばす軽快な音が響く。


「うわぁ……」


すべてを干し終えた時、ルーカスさんが感嘆の声を漏らした。

風に揺れる真っ白なシーツ。

きちんと洗われて本来の凛々しい紺色を取り戻した制服たち。

そしてその端っこには、少しだけ伸びたけれどやっぱり寸足らずの『縮んだ制服』たちが、申し訳なさそうに行進するように並んで揺れていた。


その光景がなんだかおかしくて、二人で顔を見合わせて笑ってしまった。


「良い匂いですね」


ルーカスさんが、風に揺れるシーツに顔を近づけて目を細めた。


「お日様の匂いがします。かすみさんの匂いと、太陽の匂い」


その言葉を聞いた瞬間。

私の脳裏に、冷たくて、重い、前世の記憶がフラッシュバックした。


『おい、今日のシャツ、なんか生乾きの匂いがするぞ』


不機嫌にネクタイを締めながら、元夫の健一が吐き捨てた言葉。

雨続きでどうしても外に干せず、部屋干しで工夫した苦労など、彼は見向きもしなかった。


『洗濯なんて、洗濯機のボタンを一つ押すだけだろ? 干すのだって大した手間じゃない。それすらまともにできないのかよ。専業主婦って本当に気楽な身分だな』


ボタン一つ。

誰でもできること。

価値のない、底辺の作業。


そう言われ続けて、私もいつしか「私のやっていることには何の価値もない」と思い込むようになっていた。

シーツから漂う太陽の匂いに気づく余裕なんて、あの頃の私には一ミリもなかった。


――けれど。


「かすみさん?」


心配そうなルーカスさんの声に、私はハッと我に返った。


「あ、ごめんなさい。少しぼーっとしてしまって」


「疲れたんじゃないですか? 一人でこんな大量の洗濯、やっぱり無茶ですよ。……かすみさん、本当にありがとうございます」


ルーカスさんは、私に向かって深く、深く頭を下げた。


「俺たち、戦うこと以外、本当に何もできなくて。かすみさんが来てくれなかったら、今頃ゴミの山に埋もれて、臭い服を着て、腐ったものを食べてたと思います」


彼は顔を上げ、空のように澄んだ青い瞳で私を真っ直ぐに見つめた。


「俺たちの生活を守ってくれて、ありがとうございます。かすみさんの手は、俺たちの剣と同じくらい、この第七分隊にとって必要なものです」


その言葉が、ひび割れていた私の心に、温かい水のように染み込んでいく。


「……っ」


不意に視界が滲んで、私は慌ててエプロンで目元を拭った。


『家事しかできない』と言われ、捨てられた私。

でも、その『家事』に、今、目の前の王国最強の騎士が心からの敬意を払ってくれている。

ボタン一つなんかじゃない。

冷たい水に耐え、重い布を絞り、太陽の光に当てる。

その一つ一つの工程が、彼らの明日を戦う力になり、心地よい眠りを守る盾になっているのだ。


「……どういたしまして、ルーカスさん」


私は、鼻をすすりながら、満面の笑みを浮かべた。


「洗濯物は、まだお日様の匂いをたっぷり吸い込ませないといけません。その間に、お昼ご飯の準備をしますね。……今日は、ルーカスさんがたくさん力仕事をしてくれたから、お肉を少し多めに焼きます」


「本当ですか!? やったぁ!!」


ルーカスさんは「かすみさん最高です!」とバンザイをして喜び、私の後を尻尾を振るようにしてついてきた。


冷え切っていた私の心が、少しずつ、確かに温もりを取り戻していくのを感じる。

この異世界に来て、本当によかった。


私がそんな風に、穏やかな幸福感に包まれて廊下を歩いていた、その時だった。


バチッ……! バチチチッ!!

ボンッ!!


「えっ!?」


「うわっ、なんだ!?」


突然、二階の廊下から、空気を焦がすような嫌な音と、小さな爆発音が響き渡った。

見上げると、カイルくんの部屋のドアの隙間から、紫色の魔力の火花がパチパチと散っている。


「か、カイルくん!? また部屋で魔法を暴発させてるの!?」


「やばい、かすみさん下がって! あいつの部屋、またゴミが飽和状態になって魔力が乱れてるんだ!」


私は頭を抱えた。


感動的な洗濯日和の余韻は、一瞬にして吹き飛んでしまった。

どうやら、第七分隊の『生活改善』の道のりは、私が思っている以上に前途多難らしい。


(続く)

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