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夫に捨てられた専業主婦ですが、異世界騎士団の寮母になったらイケメン達が全員ダメ男でした  作者: 他力本願寺


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第53話 異界観測鏡に、見たくない男が映りました

王都を脅かした魔物騒動から、数日が過ぎました。

すべてが落ち着きを取り戻し始めた頃、私はマチルダさんに呼ばれ、王宮の地下深くにある冷たい石造りの部屋へと足を踏み入れていました。


私の背後には、護衛として同行してくれた第七分隊の五人が、静かに並んで立っています。


「香澄。あなたは先日、国王陛下から生活功労章を授与され、王国の正式な一員として認められたわ。……でも、その前に、王国法で定められた『魂籍登録(こんせきとうろく)』の儀式を行わなければならないの」


マチルダさんが、部屋の中央に鎮座していた巨大な鏡を覆う布を、静かに取り払いました。

そこには、鈍い銀色の光を放つ、古く荘厳(そうごん)な装飾が施された鏡が現れました。


「これは『異界観測鏡(いかいかんそくきょう)』。王宮の地下深部に保管された、希少な観測魔道具よ」


マチルダさんは、真剣な顔つきで私に向き直りました。


「勘違いしないでね。これは、元の世界への帰還の門ではないわ。あなたの魂に残った『向こうの世界の縁』を、最後に一度だけ映し出す観測具。……人や物を通すことは、絶対にできない」


マチルダさんの言葉に、私はゴクリと息を呑みました。

過去の世界。私を見下し、私を捨てた、あの冷たい世界。


「これは強制ではないわ。でも、過去との縁を一度だけ正式に見て、自分の意思で『この世界に定着する』と宣言するための儀式なの。……見るか見ないかは、あなたが決めていいのよ」


私は、ギュッと両手を握りしめました。

見たくない。あの男の顔なんて、もう二度と見たくない。

そう思う反面、心のどこかで、あの惨めだった自分に本当の意味で決着をつけなければ、私は前に進めないのではないかという思いもありました。


私が一晩中悩み抜いても出せなかった答え。

鏡の前で立ちすくむ私の隣に、音もなく、漆黒の服を着たジンさんが歩み寄ってきました。


「……過去を、自分の目で終わらせろ」


ジンさんの低く、静かな声が、私の背中をそっと押してくれました。


「……俺たちは何があっても、ここにいる」


振り返ると、ルーカスさんが力強く頷き、セオドアさんが静かに眼鏡を押し上げ、カイルくんが「さっさと終わらせてこい」と笑い、ノエルくんが両手でガッツポーズをしてくれていました。


彼らが、私にはついています。

もう、あの頃の、誰にも見られず孤独に泣いていた私ではないのです。


「……はい。見ます」


私が覚悟を決めて鏡の前に立つと、マチルダさんが魔力を流し込みました。

水面のように波打った鏡の表面が、次第にクリアな映像を映し出し始めます。


そこに映ったのは。


「え……?」


足の踏み場もないほどにゴミが散乱した、見覚えのあるマンションの一室でした。

テーブルの上にはカビの生えたコンビニ弁当の容器が山積みになり、床には空き缶と脱ぎ捨てられた衣服が散乱しています。


それは、私がいなくなってから半年が経過した、元夫・健一の部屋の惨状でした。


『くそっ……! なんで俺が平社員に降格なんだよ! いつもいつも、誰も彼も俺を馬鹿にしやがって……!』


鏡の向こうから、聞き慣れた苛立ちの声が響きました。

そこにいた健一は、身なりもボロボロで、無精髭を生やし、酷く憔悴(しょうすい)しきっていました。

仕事で降格し、人間関係も崩壊し、完全に生活が破綻している様子が、画面越しに痛いほど伝わってきます。


『あぁもう! 靴下はどこだ! なんで俺がこんな目に……っ!』


八つ当たりのようにゴミの山を蹴り飛ばす健一。

そこには、何の反省もありませんでした。自分の生活が破綻したのは周りのせいだと、相変わらず誰かのせいにし続けているだけの男の姿。


(……この人は、何も変わっていないんだわ)


私が静かにそう思った、その時でした。

鏡の向こうの健一の血走った目が、不意に、こちら側──私の方へとギョロリと向けられました。


異界からは、こちらの姿は見えないはずです。

しかし、彼の執念とも言える身勝手な怒りが、魂の縁を伝って私の気配を察知したのでしょう。


『……香澄か?』


ドクン、と。

私の心臓が、嫌な音を立てて跳ねました。


『香澄……!! お前、どこに隠れてた!!』


健一が、鏡の向こう側で狂ったように画面に駆け寄り、血走った目で叫び声を上げました。


『今すぐ戻ってこい!! 俺の生活が滅茶苦茶なんだよ!! さっさと俺の飯を作れ!!』


その声を聞いた瞬間。

頭では分かっているのに。私の体は、十二年間植え付けられた恐怖とトラウマによって、蛇に睨まれた蛙のように完全に硬直し、ガタガタと震え始めてしまったのです。


(続く)

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