第50話 国王陛下が、家事を国防と認めました
静まり返った王宮の大広間に、国王アルベルト陛下の、低く重圧のある声が響き渡りました。
「……神殿上層部による王印の偽造、ならびに特級回復術師の不当な人身売買的運用。そして、それに加担したヴァルトハイム侯爵家。すべての証拠は揃った」
陛下は、セオドアさんたちが提出した書類の束からゆっくりと顔を上げ、罪人たちを冷徹に見下ろしました。
「神殿の使者たちを直ちに捕縛せよ。過去三十年にわたるすべての命令書を再調査し、不正に関わった者は一人残らず極刑とする。……また、ノエル・シルヴァーレインの神殿籍は完全に抹消し、第七分隊への正式な所属を認める」
「あぁ……っ、そんな……」
「お助けを、陛下! どうか、どうかお慈悲を……!」
泣き叫ぶ神殿の使者たちが、近衛騎士たちに両脇を抱えられ、無様に引きずり出されていきます。
「ヴァルトハイム侯爵。貴殿の爵位は本日をもって剥奪し、領地の半分を王家直轄とする」
陛下の無慈悲な宣告に、侯爵はその場に崩れ落ち、泡を吹いて気を失ってしまいました。
「そ、そんな……嘘よ、嘘ですわ! 私が、こんな……っ」
扇を握り潰し、床にへたり込んでいたクラリッサ様は、現実を直視できずに首を横に振り続けています。
「クラリッサ・ヴァルトハイム。そなたには、地方の修道院での生涯の奉仕を命ずる。……二度と、王都の土を踏むことは許さぬ」
それは、貴族社会において、処刑に等しい『社会的な死』の宣告でした。
彼女は絶望のあまり声を上げることもできず、虚ろな目のまま、騎士たちに連行されていきました。
私を見下し、踏みにじろうとした悪意は、こうして完全に粛清されたのです。
「さて。……第七分隊の寮母、香澄とやら。前へ」
罪人たちが退場し、少しだけ空気が澄んだ大広間で。
国王陛下が、今度は穏やかな、けれど威厳に満ちた声で私を呼びました。
「は、はいっ」
私は緊張で肩を震わせながら、一歩前に出ました。
私のすぐ後ろでは、五人の騎士たちが、私の背中を守るように温かく見守ってくれています。
「第七分隊の目覚ましい戦績の向上。そして、今回の神殿の腐敗を暴くに至った彼らの結束力。……その中心には、常にそなたの存在があったと聞く。そなたは、彼らにどのような魔法をかけたのだ?」
国王陛下の問いかけに、私は大きく深呼吸をしました。
もう、俯く必要はありません。
私は、自分のやってきたことに、絶対の誇りを持っているからです。
「……私は、魔法なんて使えません。ただの寮母です。毎日、温かいご飯を作って、寮を清潔に保ち、彼らの帰りを待っていただけです」
私は、震える手を胸の前でぎゅっと握りしめ、言葉を紡ぎました。
「家事は、ただの雑用ではありません。食べること、眠ること、清潔でいること。笑うこと、休むこと、誰かに『おかえり』と言ってもらえること」
大広間にいるすべての貴族たちが、私の言葉に静かに耳を傾けています。
「それは、戦う人たちが明日も生きて帰るための、何よりも大切な土台です。……私は、私の仕事を誇りに思います」
言い切った私の言葉が、静かな議場に凛と響き渡りました。
前世で、元夫から『家事しかできない無能』と見下され続けてきた私。
でも、私のやってきたことは、無価値なんかじゃなかった。
誰かの命を繋ぎ、心を救う、立派な『力』だったのです。
「……見事な覚悟だ」
国王陛下は、満足そうに深く頷かれました。
「剣を振るうことだけが戦いではない。兵たちの心身を支える『日々の生活の管理』こそが、王国を救うのだ。……そなたのその労働は、国防に等しい価値がある」
国防。
その言葉の重みに、私は思わず涙が溢れそうになりました。
「香澄よ。そなたの功績を称え、我が国最高の栄誉である『王国生活功労章』を授与する。さらに、王宮家政部門の特別顧問として、直属で迎え入れたいのだが……どうだろうか?」
大広間が、どよめきに包まれます。
平民が、王宮の特別顧問に抜擢されるなど、建国以来の異例の事態です。
しかし。
「もったいないお言葉、心より感謝申し上げます」
私は、深く頭を下げてから、後ろにいる五人の顔を振り返りました。
彼らは皆、少しだけ不安そうに、けれど私の決断を信じて見つめてくれています。
「ですが、特別顧問のお話は、どうか辞退させてください。……私の本職は、第七分隊の寮母ですから」
私の答えに、国王陛下は一瞬驚いたように目を見開き、やがて愉快そうに大声を上げて笑われました。
五人の騎士たちも、心底ホッとしたように、パァッと顔を輝かせています。
「はははっ! そうか、そうか。王国最高の騎士たちは、なんとも幸せ者だな。……よかろう、そなたの好きにするがいい!」
こうして。
私を裁くはずだった公開裁定は、私という存在と、家事という労働の価値が、国境を越えて歴史的に大絶賛される場となったのです。
* * *
重い扉が開き、大広間から廊下へと出た、その瞬間でした。
「──先生、おめでとうございます!!」
「えっ……?」
王宮の長い廊下の両脇に。
かつて私が、第七分隊の寮で『家事の本当の価値』を教えた、あの他分隊の新兵たちが、ズラリと一列に並んで待っていました。
数十人の若き騎士たちが、バサッ!と一糸乱れぬ動きで、私に向かって深く、最敬礼の姿勢をとったのです。
「あ、あなたたち……」
「先生の教えのおかげで、俺たちも立派な騎士になれます! 本当に、ありがとうございました!」
彼らの真っ直ぐな尊敬の眼差しに、私はついに堪えきれず、両手で顔を覆って泣き崩れてしまいました。
ルーカスさんが、私の肩を優しく抱き寄せてくれます。
私がやってきた、名もなき毎日の労働が。
この世界で、こんなにもたくさんの人たちを笑顔にし、認められた。
私は今、間違いなく、世界で一番幸せな寮母でした。




