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夫に捨てられた専業主婦ですが、異世界騎士団の寮母になったらイケメン達が全員ダメ男でした  作者: 他力本願寺


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第49話 侯爵令嬢の扇は、私の言葉で砕けました

王宮の大広間(おおひろま)は、重苦しい静寂に支配されていました。


第七分隊の五人が提示した、偽造された王印の証拠、暗号通信の解読記録、そして神殿の裏帳簿(ちょうぼ)

それらの動かぬ証拠を前にして、神殿の使者たちは膝から崩れ落ち、ヴァルトハイム侯爵(こうしゃく)は顔面を蒼白(そうはく)にしてガタガタと震えていました。


もはや、彼らに言い逃れできる余地はどこにもありません。

国王陛下の御前で悪質な不正が完全に暴かれた今、彼らを待っているのは国家反逆罪に等しい重罰のみです。


「お、お父様……? 何を黙っておいでなのですか! このような下賎な者たちがでっち上げた偽造証拠など、すぐに否定してくださいませ!」


その中でただ一人、状況を理解できずにヒステリックな声を上げたのは、クラリッサ様でした。

彼女は父親にすがりつこうとしましたが、侯爵は力なく首を振るばかりで、娘の顔を見ようともしません。


信じていた絶対的な権力が崩壊していく様を目の当たりにして、クラリッサ様の美しい顔が、屈辱と混乱で醜く歪んでいきました。


そして、彼女の憎悪に満ちた瞳が、ゆっくりと私へと向けられました。


「……すべて、あなたのせいですわ」


ギリッ、と。

彼女の手の中で、高価な宝石があしらわれた(おうぎ)が軋む音がしました。


「あなたが……たかが家事しかできない平民の分際で、私のすべてをめちゃくちゃにしたのよ! 私の華やかな未来も、お父様の地位も!」


彼女は、ドレスの裾を振り乱しながら、私に向かってツカツカと歩み寄ってきました。

その目には、私を力でねじ伏せ、これまで通り見下してやろうという、傲慢な意志が燃え盛っています。


平民風情(へいみんふぜい)が! 私は侯爵令嬢(こうしゃくれいじょう)よ! あなたごときが、私の婚約予定者(こんやくよていしゃ)を、私から奪っていいと思っているの!?」


大広間に響き渡る、金切り声。

それは、かつて前世で、元夫から投げつけられた罵倒の声と重なるようでした。


『お前みたいな無能な女が、俺の人生の邪魔をするな!』


過去の私なら。

自分には何の価値もないと信じ込まされ、息を潜めて生きていた私なら、その場にうずくまって、「ごめんなさい」と泣いて謝っていたでしょう。


けれど。

今の私は、もうあの頃の、空っぽで惨めな専業主婦ではありません。


私の背後には、私の作るご飯を「世界一美味しい」と言ってくれる、大切な家族がいます。

私の家事を「誇り」だと言ってくれる人たちがいます。


だから、私は一歩も引きませんでした。


「……私は、ルーカスさんを奪ったつもりはありません」


大広間の空気をピンと張り詰めさせるような、静かで、透き通るような声。

私自身の口から紡がれたその声は、驚くほど真っ直ぐに、迷いなく響きました。


「なっ……! 言い訳を──」


「ただ、毎朝ご飯を作りました。毎晩、『お疲れ様』と声をかけました。彼らが少しでも安心して眠れるように、居場所を整えてきただけです」


私は、クラリッサ様の怒りに燃える目を、真っ向から見つめ返しました。


「それを『奪った』とおっしゃるなら──」


私は、一度だけ深く息を吸い込み、彼女への決定的な言葉を放ちました。


「あなたは三年間、ルーカスさんに何をして差し上げたんですか?」


「──っ!?」


クラリッサ様の顔から、サァッと血の気が引きました。

彼女の唇がワナワナと震え、何かを言い返そうと開かれましたが、そこからは意味のある言葉は一つも出てきません。

絶句(ぜっく)したまま、彼女はまるで幽霊でも見たかのように、私を凝視していました。


彼女は、自分の身分と美貌にあぐらをかき、彼に寄り添う努力を何一つしてこなかった。

その事実を突きつけられ、プライドの根幹を完全に折られたのです。


そこへ、私の隣に、大きな影が並び立ちました。

ルーカスさんでした。


純白の軍服に身を包んだ彼は、王国の剣聖としての圧倒的な威圧感を放ちながら、冷たい声でクラリッサ様に追撃を放ちました。


「かすみさんの言う通りです。……俺はあなたを選ばなかったのではありません。選べるような感情を、あなたから一度も受け取らなかっただけです」


「あ、あぁ……っ」


バキィッ!!


静寂に包まれた大広間に、異様な音が響きました。

クラリッサ様が、耐えきれなくなった屈辱と絶望のあまり、両手で強く握りしめていた美しい扇を、真っ二つにへし折ってしまったのです。


砕けた扇の欠片が、カランと虚しい音を立てて床に転がりました。


彼女はそのまま膝から崩れ落ち、顔を両手で覆って、すすり泣くことしかできなくなりました。

侯爵令嬢としての誇りも、私を見下していた虚栄心も、私の言葉とルーカスさんの拒絶によって、完全に打ち砕かれたのです。


(……終わったんだわ)


私は、張り詰めていた肩の力を、そっと抜きました。

前世からの呪縛を、自分自身の言葉で、完全に乗り越えることができた。

その達成感が、じわじわと胸の奥に広がっていきます。


『──静粛に』


その時、一段高い玉座(ぎょくざ)から、国王アルベルト陛下がゆっくりと立ち上がりました。

大広間の全員が、一斉に姿勢を正し、陛下の言葉を待ちます。

神殿と侯爵家への、そして私たち第七分隊への、最終的な裁定(さいてい)が下されようとしていました。


ふと。

私の背後に立っていたジンさんが、音もなく私の横に並びました。


そして、他の誰にも見えないように、彼の手が私の手を、そっと、包み込むように握ってくれたのです。

彼の体温が、少しだけ冷たくなっていた私の手に、じんわりと温もりを伝えてくれます。


「……よく、言った」


耳元で囁かれた、かすれた低い声。

それは、今日一日、彼が初めて発した言葉でした。


ジンさんの不器用で優しい労いに、私は小さく微笑み返し、彼の手をしっかりと握り返しました。

私たちの戦いは、いよいよ最後の結末を迎えようとしていました。

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