第45話 ダメ男たちは、王国最強のプロフェッショナルでした
神殿への徹底抗戦を宣言した、その日の夜。
第七分隊の寮は、かつてないほどの張り詰めた、けれど恐ろしく頼もしい空気に包まれていました。
「……セオドア、暗号通信の解読が終わったぜ。やっぱり神殿とヴァルトハイム侯爵家の間で、不正な金のやり取りがあった形跡がある」
居間の大きなテーブルで、カイルくんが空中に幾重にも展開した紫色の魔法陣を操作しながら、羊皮紙に素早くペンを走らせていました。
普段は片付けもできずに部屋を散らかしている彼ですが、今は王国最高の宮廷魔導師としての桁違いの集中力で、神殿の複雑な暗号を次々と丸裸にしています。
「ご苦労。……こちらも三百年前まで遡って神殿との契約書を解析したが、彼らが治癒能力者を『所有』することは明確な協定違反だ。論理的に考えて、奴らの法的根拠は完全に崩壊している」
セオドアさんが、うず高く積まれた古文書の山の中で、銀縁眼鏡を鋭く光らせました。
いつもならお湯を沸かすことすら計算式で台無しにする彼が、今は冷徹な戦術の天才として、敵を法的に追い詰める罠を完璧に構築しています。
「僕の方も、昔の友達に連絡が取れたよ! 神殿でどんな扱いを受けていたか、明日、証言してくれるって!」
ノエルくんが、光の蝶を窓の外へ放ちながら力強く頷きました。
泣き虫で甘えん坊だった末っ子の顔はもうありません。過去のトラウマに立ち向かい、自ら仲間を集める勇敢な回復術師の顔でした。
シュッ……。
その時、部屋の隅の影が揺れ、漆黒の装束に身を包んだジンさんが音もなく現れました。
「……本院の地下金庫。裏帳簿の写し、取ってきた」
彼がテーブルに置いたのは、神殿の不正な金の流れが克明に記された束。
誰も一人では眠れなかった不眠症の青年は、王国最強の諜報員として、神殿の厳重な警備を易々とすり抜け、致命的な証拠を奪い取ってきたのです。
そして、玄関の扉が開き、重厚な足音が響きました。
「戻りました。……騎士団総長と、国王陛下に直接面会してきました」
純白の軍服を纏ったルーカスさんが、静かな、けれど圧倒的な覇気を漂わせて入ってきました。
いつもの太陽のような笑顔はありません。そこにあるのは、敵を容赦なく叩き斬る『剣聖』としての威厳。
「ノエルと、かすみさんを守るためなら、俺たちは王命に背いてでも剣を抜くと伝えてきました。……陛下も、俺たちの覚悟を理解してくださった」
服のボタンすら自分で直せなかった私たちの隊長は、全責任を背負い、権力の頂点に対して一歩も引かない覚悟を突きつけてきたのです。
(……すごい)
私は、厨房の入り口から彼らの姿を見つめ、思わず息を呑んでいました。
生活面ではあんなにポンコツだった彼らが、今は恐ろしいほどに有能で、息を呑むほどに格好いい。
これが、王国最強と呼ばれる第七分隊の、本当の姿。
(私は、あの人たちと一緒に戦うことはできない)
剣を振るうことも、魔法を使うことも、法律を読み解くことも、私にはできません。
(でも、あの人たちが万全の状態で戦えるように、土台を作ることはできる。それが、私の戦い方なんだわ)
私は、エプロンの紐を強く結び直しました。
頭をフル回転させている彼らのために、消化に良く、脳の疲労を回復させる栄養計算を完璧に施した夜食を作らなければ。
私はすぐに火を起こし、温かい具沢山のスープと、片手で食べられるサンドイッチ、そして疲労回復に効く甘い蜂蜜漬けのナッツを用意しました。
「皆さん! 夜食ができましたよ。少し手を止めて、温かいうちに食べてください」
私がトレイに乗せて運んでいくと、五人の纏っていた張り詰めた空気が、フワッと柔らかく解けました。
「うわぁ、いい匂い! かすみさん、ありがとうございます!」
「……論理的に考えて、今の私の脳にはこの糖分が必須だった。感謝する」
「あー、腹減ってたんだよな。アンタの飯食うと、一気に頭が冴えるぜ」
彼らは、いつものように私の作ったご飯を美味しそうに頬張ってくれました。
どんなに凄いプロフェッショナルでも、やっぱり彼らは私の大切な、可愛い家族です。
「……美味しい」
ジンさんがスープを飲み干し、小さく息を吐きました。
そして、彼らは全員で顔を見合わせ、深く頷き合いました。
カイルくんが解読した暗号通信。
セオドアさんが見つけた協定違反の証拠。
ジンさんが奪ってきた裏帳簿。
ノエルくんが集めた証言。
ルーカスさんが通した覚悟。
五人が、それぞれの『武器』を、私の前のテーブルにドンッ!と力強く置きました。
「明日──」
ルーカスさんが、青い瞳に鋭い光を宿し、静かに、けれど確かな殺気を込めて宣言しました。
「これで、連中を斬ります」
私の作ったご飯で完全にエネルギーを補給した王国最強の騎士たちは、愛する家族を守るため、反撃の刃を静かに研ぎ澄ませていました。




