第43話 査問会という名の、私への審判が始まりました
「第七分隊の皆様は、これより先への立ち入りを禁じられています。別室での待機をお願いします」
王宮の奥深く、重厚な扉の前で、冷酷な声が告げました。
「はぁ!? ふざけるな、かすみさんを一人で中に入れるわけにいかねぇだろうが!」
カイルくんが声を荒らげ、ルーカスさんも大剣の柄に手をかけんばかりの剣幕で前に出ようとします。
「皆さん、待ってください」
私は、怒りで我を忘れそうになっている彼らを、両手を広げて制止しました。
「これは王室直属の使者から受けた、正式な出席命令です。私なら大丈夫ですから、ここで待っていてください」
私がなるべく気丈に微笑むと、副隊長のセオドアさんが、スッと私の前に進み出ました。
そして、分厚い書類の束が入った革のファイルを、私の手にしっかりと握らせてくれたのです。
「……香澄。中には、私がこの数ヶ月で計測した彼らの魔力効率と、君の食事の栄養素の相関データがすべて論理的にまとめられています。……君の正しさは、私が証明する」
「セオドアさん……。はい、ありがとうございます」
「お姉ちゃん……絶対、無理しないでね」
ノエルくんが不安そうに見つめる中、ジンさんが無言で私の背中をトン、と軽く押してくれました。
彼らの温かい体温と信頼を背中に感じながら、私は一人、重い扉の向こうへと足を踏み入れました。
* * *
査問会の会場は、すり鉢状になった議場で、私を見下ろすように十数名の貴族や高官たちが座っていました。
その中には、先日王宮の廊下で出会ったクラリッサ様によく似た、傲慢そうな初老の貴族──ヴァルトハイム侯爵の姿もありました。
さらに、真っ白な法衣に身を包んだ神殿の使者も同席しています。
表向きは「第七分隊の戦績向上の理由確認」という名目でしたが、彼らの視線は、獲物を値踏みするような冷ややかなものばかりでした。
「では、第七分隊寮母、香澄。前へ」
進行役の合図とともに、私への尋問が始まりました。
最初は、食事のメニューや生活時間の管理など、ごく普通の質問でした。
しかし、議事が進むにつれ、その内容は徐々に歪み始めました。
「──要するに、ただの家事だろう? そんなもので、あの第七分隊の戦績が劇的に向上するとは到底思えんな」
ヴァルトハイム侯爵が、鼻で笑うように口を開きました。
「平民の女が一つ屋根の下で、若い男たちをたぶらかしているのではないかね? 風紀紊乱、不貞行為によって彼らを支配しているという報告も上がっているが」
議場に、クスクスと下劣な嘲笑が響きます。
(……っ)
前世なら、こんな大勢の偉い人たちに囲まれて侮辱されたら、震えて何も言い返せなかったでしょう。
でも、私の手には、セオドアさんが徹夜で作ってくれた『証拠』があります。
私を信じて、扉の向こうで待ってくれている家族がいます。
私は、スゥッと深く息を吸い込み、堂々と顔を上げました。
そして、手元のファイルを開き、よく響く声で読み上げ始めました。
「……彼らの戦績向上は、決して不健全な支配などではありません。こちらをご覧ください。第七分隊の過去三ヶ月における、魔力回復率の推移データです」
「なっ、なんだその資料は!?」
「彼らの主な食事に含まれる魔力回復成分のグラム数と、就寝時間の規則化による睡眠サイクルの改善データです。……彼らが戦場で最大の力を発揮できるのは、毎日の適切な栄養管理と、心身の休息を徹底した、論理的な生活基盤の成果です」
私が一つ一つの数値を読み上げ、彼らの悪意ある憶測を『客観的な事実』で完璧に打ち砕いていくと、査問官たちは次第に言葉を失い、議場は静まり返りました。
ヴァルトハイム侯爵も、苦虫を噛み潰したような顔で沈黙しています。
(言えた……。セオドアさん、皆さんのおかげです)
私が密かに安堵の息を吐きかけた、その時でした。
「──なるほど。たかが平民の分際で、小賢しいデータを用意してきたようですね」
それまで沈黙していた、真っ白な法衣を着た神殿の使者が、ゆっくりと立ち上がりました。
「しかし、そのような出自の怪しい女が生活を支配している環境は、極めて不適切だ。神聖なる我が神殿の『資産』を預けておくには、あまりにも劣悪すぎる」
「え……?」
神殿の使者は、懐から王室の印が押された一枚の羊皮紙を取り出し、議場全体に響き渡る声で高らかに宣言しました。
「よって、我々神殿本院は、これより第七分隊の特級回復術師、ノエル・シルヴァーレインの『神殿本院への即時帰還命令』を発動する!」
ドクン、と。
心臓が、嫌な音を立てて跳ねました。
振り返ると、議場の入り口の少し開いた扉の隙間から、別室で待機していたノエルくんの顔が見えました。
彼の顔は、まるで幽霊でも見たかのように真っ青に蒼白になり、ガタガタと震えていました。
『僕、お姉ちゃんがいなくなったら生きていけないよぉ……っ!』
つい先日、泣きながら私にしがみついてきたノエルくんの姿が脳裏を過ります。
彼から、帰る場所を奪う?
あんなに優しい子を、ただの『資産』だと言い放った?
気がつけば、私は議場の中央で、強く両手を握りしめ、彼らを真っ直ぐに睨みつけていました。
「……撤回してください」
「なんだと? 平民風情が、神殿の決定に口を出す気か!」
「撤回してくださいと言っているんです!!」
私は、この異世界に来てから初めて。
自分自身のためではなく、大切な家族を守るために、議場に響き渡るほどの大きな声を張り上げました。
「ノエルくんは、あなたたちの資産なんかじゃありません! あの子は、心を持った一人の人間です!!」
私を裁くはずだった査問会は、ついに隠されていた神殿の黒い闇を露わにし、私たち第七分隊の本当の戦いの火蓋が切って落とされたのでした。




