第42話 他分隊の騎士たちが、なぜか我が家の門前に並んでいます
「……あの、皆様。王宮の人事部で、明確にお断りしたはずですが……」
朝の陽光が降り注ぐ、第七分隊の寮の門前。
私が困惑の声を漏らした先には、なぜか他分隊の見慣れない騎士たちが、ズラリと長い列を作っていました。
「香澄殿! そこをなんとか、考え直していただけないだろうか!」
先頭に立っていた第三分隊の隊長が、ピカピカに磨き上げられた巨大な両手鍋を抱えながら、私に向かって必死に頭を下げました。
「我が隊の新兵たちは、君が先日作ってくれたあのスープの味が忘れられず、夜な夜な枕を濡らしているのだ! 頼む、一日だけでもいい、厨房の視察に来てくれ!」
「いやいや、香澄殿を迎えるなら我が第五分隊だ! 月給五倍、いや、六倍出そう! 予算なら隊員の装備費を削ってでも捻出する!」
隣にいた第五分隊の副隊長が、血走った目で契約書を突きつけてきます。
「待て待て、第一分隊を差し置くつもりか。我々は国王陛下直属の精鋭だぞ。香澄殿が来てくれるなら、陛下もさぞお喜びになるはずだと匂わせておこう……!」
「ひゃっ、陛下のお名前まで出さないでください……っ」
先日の引き抜き騒動は、私が直接王宮へ出向いてお断りしたことで、無事に終わったと思っていました。
しかし、彼らは諦めるどころか、実力行使とばかりに直接我が家の門前に押しかけてきたのです。
手には野菜の入った木箱や、高級なお茶菓子、さらにはフライパンまで持っている人もいます。
すでに寮の前の通りは、他分隊の騎士たちで完全に通行妨害状態となっていました。
(どうしよう……ご近所迷惑になっちゃう)
私がエプロンの裾を握りしめ、どうやって穏便にお引き取り願おうかと悩んでいた、まさにその時でした。
「──おい。朝っぱらから俺たちの寮の前で、何の真似だ?」
地を這うような、恐ろしく低い声。
振り返ると、朝の訓練を終えて戻ってきた第七分隊の五人が、背後に立っていました。
「る、ルーカスさん!」
「かすみさん、下がっていてください。……こいつら、言葉で言っても分からないみたいですから」
ルーカスさんが、普段の太陽のような笑顔を完全に消し去り、氷点下の瞳で他分隊の騎士たちを睨みつけました。
彼の手が、背中の大剣の柄にゆっくりとかかります。
「……論理的に考えて、他隊の敷地前での許可なき集会は、王国騎士団法第十五条に抵触する。今すぐ立ち去らねば、全員の減給処分を上に進言する用意があるが?」
セオドアさんが、銀縁眼鏡をキラリと光らせながら、手元の手帳にスラスラと彼らの顔と所属をメモし始めました。
「ちっ、うっせぇ羽虫どもが。かすみさんに群がってんじゃねぇよ。お前ら、まとめて炭になりたいのか? あぁ?」
カイルくんが、両手から紫色の炎をチリチリと燃え上がらせ、一歩前に出ます。
「お姉ちゃんは僕たちのなんだから! 勝手に横取りしようとする悪い子たちには、僕の神聖魔法でお仕置きしちゃうよ!」
ノエルくんが、可愛らしい顔で杖を構えながら、容赦のない魔力の圧を放ちます。
そして、ジンさんは何も言わず、ただ三本の短剣を指の間に挟み、先頭にいた第三分隊隊長の首筋にスッと冷たい視線を送りました。
「ひぃっ……!」
第七分隊の、王国最強の男たちが放つ本気の殺気。
それに当てられた他分隊の騎士たちは、顔を青ざめさせ、ガチガチと歯を鳴らしました。
「わ、わかった! 今日はこのくらいにしておこう!」
「香澄殿、また明日来るからな!」
彼らは捨て台詞を吐きながら、蜘蛛の子を散らすように逃げていきました。
「まったく……かすみさんが優しすぎるから、あいつら図に乗るんですよ」
ルーカスさんが、大剣から手を離し、大きなため息をつきました。
「すみません……。でも、皆さんが追い払ってくれて助かりました。ありがとうございます」
私が微笑みかけると、五人は一瞬だけ顔を赤らめ、すぐに「「「「「当然です(だ)」」」」」と口を揃えました。
相変わらず、私のことになると過保護すぎる彼らに、私は呆れつつも温かい気持ちになりました。
* * *
その日の夜。
他分隊の対応や、普段の家事で少し疲れが溜まっていた私は、夕食の後片付けを終えた後、居間のソファでうたた寝をしてしまいました。
(……ん……)
微睡みの中、ふわりと温かいものが肩に掛けられるのを感じました。
「……こんなところで寝たら、風邪を引きますよ、かすみさん」
ルーカスさんの優しい声が、耳元で聞こえました。彼が自分の上着を掛けてくれたようです。
「ルーカス、抜け駆けは感心しないな。香澄の体温維持には、こちらの毛布の方が論理的だ」
セオドアさんの声と共に、ふかふかの毛布が追加されました。
「おい、アンタら、かすみさんが重いだろ。……ほら、俺が暖炉の火を強めにしてやったから、これで十分だ」
カイルくんがぶっきらぼうに言いながら、私の頭をそっと撫でる感触がありました。
「僕だって、お姉ちゃんにぬくぬくしてほしいもん! はい、僕のクッション!」
ノエルくんが、私の足元に柔らかいクッションを差し込んでくれます。
「……寝顔、可愛い」
ジンさんが、私の頬に落ちていた前髪を、壊れ物に触れるようにそっと払いのけてくれました。
(みんな、集まってきちゃった……)
私は薄目を開けて気づいていましたが、彼らの不器用で真っ直ぐな優しさが心地よくて、そのまま目を閉じていました。
「……なぁ。かすみさん、俺たちのところから、いなくならないよな」
カイルくんが、ポツリと小さな声で呟きました。
「当たり前だ。俺たちが、絶対に手放すもんか」
ルーカスさんが力強く答え、他の皆も静かに頷く気配がしました。
彼らの放つ温かな体温と、優しい言葉に包まれながら、私は深い眠りへと落ちていきました。
* * *
しかし、その穏やかな平和は、長くは続きませんでした。
翌朝。
寮の門前に現れたのは、いつものマチルダさんでも、他分隊の騎士たちでもありませんでした。
王室の紋章が入った豪奢な馬車と、真っ白な軍服に身を包んだ、王室直属の使者だったのです。
「第七分隊寮母、香澄殿ですね」
使者は、冷徹な目で私を見下ろし、一枚の羊皮紙を突きつけました。
「王宮査問会への出席命令です。……直ちに、ご同行願います」
その言葉に、背後にいた五人の騎士たちの空気が、一瞬にして凍りつきました。
王宮の深い闇が、ついに私を飲み込もうと、その口を大きく開けた瞬間でした。




