↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夫に捨てられた専業主婦ですが、異世界騎士団の寮母になったらイケメン達が全員ダメ男でした  作者: 他力本願寺


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
41/60

第41話 侯爵令嬢は、私の隊長を返してほしいそうです

「──あら。平民の家政婦風情が、ずいぶんと自分を高く売るのね」


王宮の人事部を出ようとした私の背中に、氷のように冷たい声が投げかけられました。


振り返った先に立っていたのは、豪華なフリルがあしらわれたドレスに身を包む、絵画のように美しい女性でした。

美しく結い上げられた金色の髪に、宝石を散りばめた(おうぎ)


侯爵令嬢(こうしゃくれいじょう)、クラリッサ・ヴァルトハイム。

彼女は、私を見るなり、親の仇でも見るかのような強烈な嫌悪(けんお)の目を向けました。


「先ほどの話、少し聞こえましたわ。他分隊からの好条件をすべて蹴って、第七分隊にしがみつくなんて。……本当に、浅ましい(あさましい)女ですこと」


クラリッサ様は、コツ、コツ、とヒールの音を響かせて私に歩み寄ってきました。

その圧倒的な貴族の威圧感に、私は思わず一歩後ずさりそうになります。


「あなたが、あの第七分隊の隊長を(たぶら)かしている平民ね?」


「誑かす、ですか……?」


「とぼけないでちょうだい! 三年前に私の婚約の申し出を断ったルーカスが、どうしてあなたのような女の側にいるのよ!」


パチンッ!と、彼女は手にした扇を苛立たしげに閉じました。


「三十も過ぎた、子どもも(はら)めないような年増女のくせに。家事しかできない底辺の平民が、侯爵家の名にかけて、絶対に許しませんわ!」


ビクッ、と。

彼女の放った言葉の刃に、私の肩が大きく跳ねました。


『三十過ぎた、家事しかできない無能女』


前世の夫、健一から何百回と投げつけられた呪いの言葉。

私の一番柔らかくて弱い部分を抉るその言葉に、冷たい汗が背中を伝い、視界がグラリと揺れかけました。


ごめんなさい、私なんかが、生きていてごめんなさい。

また、いつものように萎縮(いしゅく)して、俯いて、ただ嵐が過ぎ去るのを待とうと──。


(……ううん。違う)


目を閉じかけた私の脳裏に、第七分隊の皆の顔が浮かびました。

「かすみさんのご飯は世界一です」と笑うルーカスさん。

私を心配して、怒って、守ろうとしてくれる大切な家族たち。


私は、もう一人じゃありません。

だから、こんな理不尽な言葉に、もう怯えたりしない。


私は、ゆっくりと、深く深呼吸をしました。

そして、逃げることなく、クラリッサ様の冷たい瞳を真っ直ぐに見つめ返しました。


「……私は、ルーカスさんに『結婚してください』と言ったことは、一度もありません」


「なっ……! 言い訳──」


「私はただの寮母です。毎日、温かいご飯を作っているだけです。夜帰ってきた彼らに『お疲れ様』と言って、温かいお茶を淹れているだけです」


声を荒らげることなく。

ただ静かに、事実だけを、私の誇りだけを口にしました。


「それで彼の心が私に傾いているのだとしたら──」


私は、ぎゅっとエプロンの端を握りしめ、言葉を紡ぎました。


「それは、あなたが三年間、彼にそれをしてあげなかった結果ではないでしょうか」


「──っ!?」


クラリッサ様の美しい顔が、サァッと青ざめ、次いで屈辱に真っ赤に染まりました。

彼女の握りしめた扇が、ワナワナと小刻みに震えています。


「ふっ……くくっ」


不意に、廊下の奥から小さな笑い声が聞こえました。

見ると、通りすがりの他分隊の騎士たちが、クラリッサ様の言い負かされた様子を見て、ヒソヒソと嘲笑(ちょうしょう)を漏らしていたのです。


「……っ! こ、この下賤な平民が! 覚えていなさい、絶対に後悔させてやりますわ!!」


周囲の視線に耐えきれなくなったクラリッサ様は、真っ赤な顔で私を睨みつけると、ドレスの裾を翻して逃げるように立ち去っていきました。


(……言えた)


彼女の背中を見送りながら、私は小さく息を吐き出しました。

膝は少し震えていたけれど、私はもう、言葉の暴力にただ殴られ続けるだけの私ではありませんでした。


* * *


その日の夜。

王宮の地下深くに位置する、薄暗い来賓用の密会室(みっかいしつ)


「……忌々しい。あの平民の女、よくも私に恥をかかせてくれましたわね」


クラリッサは、苛立ちに任せて高級なティーカップを壁に投げつけ、粉々に砕きました。

そんな彼女の背後に、音もなく白い装束をまとった男が歩み寄ります。

神殿本院から派遣された、特務の使者でした。


「お怒りのようですね、クラリッサ様」


「当然ですわ! お父様が神殿の便宜を図って差し上げているのですから、あなたたちも少しは私の役に立ちなさいな」


クラリッサの八つ当たりにも、神殿の使者は不気味な笑みを崩しませんでした。


「ええ、もちろん。我々も、あの第七分隊には少し『返していただかなければならない財産』がありますからね」


使者は、テーブルの上に一枚の書類を滑らせました。

そこには、第七分隊の若き治癒術師、ノエルの名前が記されていました。


「あの生意気な平民女と、第七分隊の回復術師。……我々の計画のためにも、両方とも、早急に片付けるしかありませんね」


王宮の深い闇の中で。

私と、私の大切な家族を脅かす黒い陰謀(いんぼう)が、静かに産声を上げていました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。