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夫に捨てられた専業主婦ですが、異世界騎士団の寮母になったらイケメン達が全員ダメ男でした  作者: 他力本願寺


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第18話 片付けられない魔導師に『山を作るな』と叱りました

「だから! 俺の分の弁当はないのかって聞いてんだよ!」


階段の踊り場で顔を真っ赤にして怒鳴るカイルくんに、「今から作りますよ」と答えると、彼はあからさまにホッとした顔をして食堂へと降りていった。


セオドアさんに持っていったのと同じ、片手で食べられる『月麦(つきむぎ)』の薄焼きパンのお弁当。

ただし、育ち盛りで体力を使う魔導師のカイルくんには、少しだけ中身をアレンジすることにした。


甘辛く炒めたお肉の量を倍に増やし、風味づけに少しだけ辛味のある香辛料を振る。そして、厚焼き卵の代わりに、半熟に焼いた目玉焼きを丸ごと包み込んだ。

かぶりついた時に、とろりとした黄身がお肉のタレと絡み合う、若者向けのガッツリとした味わいだ。


「はい、カイルくん。お待たせしました」


食堂のテーブルで腕を組んで待っていた彼に、紙に包んだ出来立てのお弁当とお茶を差し出す。


「……ふん。まぁ、食ってやってもいいけどな」


カイルくんは相変わらず憎まれ口を叩きながらも、ひったくるようにそれを受け取り、すぐに大きな口を開けてかぶりついた。


「んっ……!」


目を見開くカイルくん。

甘辛いお肉と半熟の黄身が口の中で弾けたのだろう。彼は無言のまま、ものすごい勢いで咀嚼し、あっという間に一つ目を飲み込んでしまった。


「おい……これ、すげぇ美味いな。肉と卵が合わさって……って、別に感動してねぇし! 普通だし!」


「はいはい。美味しいならよかったです。おかわりもありますから、ゆっくり食べてくださいね」


照れ隠しに声を荒らげるカイルくんに苦笑しながら、私は食堂を出て、一階の共有の談話室へと向かった。

午後のお掃除の前に、少しだけ換気をしておこうと思ったのだ。


談話室の重い扉を押し開ける。


「……え?」


私は、思わずその場で立ち尽くした。


綺麗に整頓されていたはずの談話室の真ん中。

みんなで使う大きなテーブルの上に、見覚えのある『地層』ができあがっていたのだ。


読みかけの古い魔導書、インクの切れた羽ペン、用途の分からない金属の部品、そして少し黒ずんだマント。

それらが、まるで新しい塔を建設するかのように、うずたかく積み上げられている。


「……カイルくん?」


私は静かに、けれど確実に怒気をはらんだ声で、食堂にいる赤い髪の青年を呼んだ。


「ん? なんだよ、今食って……げっ」


お弁当を片手に談話室を覗き込んだカイルくんは、テーブルの上の惨状と私の顔を交互に見て、あからさまに目を泳がせた。


「このテーブルの上の『とりあえずの山』は、何ですか?」


私が腕を組んで尋ねると、カイルくんはバツが悪そうに視線を逸らした。


「い、いや……俺の部屋、アンタと一緒に片付けただろ? で、今朝ちょっと探し物をしてたら、また散らかりそうになったから……とりあえず、邪魔なものを外に出しとこうと思って……」


「外に出すって、共有スペースに持ち出してどうするんですか! ここはみんなが憩う場所ですよ!」


「だって、捨てられないんだよ! でも部屋に置いといたらまた怒られるし、どうしていいか分かんなくて、とりあえず山にしとけばいいかなって……」


とりあえず山にする。

それは、片付けが苦手な人が最も陥りやすい罠だ。

彼は先日、自室を綺麗にしたものの、根本的な「物の管理の仕方」までは身についていなかったのだ。


孤児院で育ち、何も持っていなかったからこそ、手に入れたものを手放すのが怖い。

その気持ちは分かるけれど、だからといって共有スペースをゴミ屋敷の出張所にしていい理由にはならない。


「カイルくん。お弁当を食べ終わったら、ここで特別講習です」


「はぁ!? 講習ってなんだよ!」


「『片付けの三分類』の講習です! さあ、早く食べて手を洗ってきてください!」


私がピシャリと言うと、カイルくんは「理不尽だ……」とブツブツ文句を言いながらも、急いでお弁当の残りを口に詰め込み、洗い場へと向かった。


数分後。

談話室のテーブルを挟んで、私とカイルくんは向かい合った。


私は、彼の持ち出した荷物の山を前に、三つの空き箱を用意した。


「いいですか、カイルくん。片付けの基本は、物を『要る』『要らない』『保留』の三つに分けることです」


「保留……?」


「はい。今のカイルくんに一番必要な箱です」


私は一つ目の箱をポンと叩いた。


「まず『要る』。これは今使っているものや、絶対に手放せない大切なものです。これは自分の部屋の、定位置に戻します」


「……おう」


「次に『要らない』。壊れて使えないものや、明らかにゴミであるもの。これは思い切って捨てます」


「でも、俺は……」


「そこで、三つ目の『保留』の箱です」


私が三つ目の、少し大きめの箱をカイルくんの前に押し出すと、彼は不思議そうに目を瞬かせた。


「どうしても捨てられない、でも今は使っていない。迷って決断できないものは、全部この『保留』の箱に入れてください」


「迷ったら、入れていいのか……?」


「はい。この箱に入れたものは、絶対に捨てません。倉庫の風通しの良い場所に保管して、半年後にもう一度、中身を確認するんです。時間が経てば、『やっぱり要らないな』と冷静に判断できるようになることも多いんですよ」


「……絶対に、勝手に捨てねぇんだな?」


「捨てません。約束します。だから、テーブルの上に『とりあえずの山』を作るのだけはやめてください」


私が真っ直ぐに彼の黄金色の瞳を見つめて言うと、カイルくんは小さく息を吐き出した。


「……分かったよ。やればいいんだろ、やれば」


彼はぶっきらぼうに言いながらも、テーブルの上の山に手を伸ばし始めた。


「この本は……もう読まねぇけど、捨てたくない。保留だ」

「このペンは、先が割れてるから……要らない、捨てる」

「この部品は、次の実験で使う。要る」


私が教えた通り、彼は不器用ながらも一つずつ真剣に物と向き合い、三つの箱に分類していく。

その素直な横顔は、口の悪さとは裏腹に、まるで新しい遊びを覚えた子どものように一生懸命だった。


「アンタの言う通りだな。迷ったら保留に入れればいいって思うと、なんか……少し気が楽だわ」


カイルくんがぽつりと言う。


「でしょう? 片付けは、心と思考の整理でもあるんです。少しずつ慣れていけばいいんですよ」


私が微笑んで彼の作業を見守っていると。

彼が重い金属の部品を持ち上げようとした時、その右手の甲に、不自然な白く引きつれた痕があるのが見えた。


「カイルくん、その手……」


私は思わず、彼の手首をそっと掴んでいた。

大きな手の甲から手首にかけて、古い火傷の痕が痛々しく残っていたのだ。


「あ……」


カイルくんはビクッと肩を震わせ、慌てて手を引っ込めようとした。


「見んなよ。汚ぇだろ」


彼は顔を背け、火傷の痕を隠すように反対の手で覆い隠そうとする。


「……いつの怪我ですか?」


私が静かに尋ねると、彼はしばらく沈黙した後、諦めたように小さな声で答えた。


「……ガキの頃。孤児院の裏庭で、見様見真似で魔法の練習をしてた時だ。炎の出力調整が分かんなくて、暴発させて……大やけどした。治癒魔法をかけてくれる奴なんていなかったから、そのまま痕が残っちまったんだよ」


誰にも教えられず、たった一人で。

彼はボロボロの絵本のような魔導書を握りしめ、火傷の痛みに耐えながら、自分の力だけを頼りに魔法を習得してきたのだ。

天才と呼ばれる彼の裏にある、血の滲むような努力と孤独の証だった。


「汚くなんてありません」


私は、彼が隠そうとしていた手を、もう一度両手でそっと包み込んだ。


「え……っ」


「これは、カイルくんが一人で生きて、頑張って戦ってきた証じゃないですか。とても立派で、誇らしい痕ですよ」


私の言葉に、カイルくんは目を見開き、そして息を呑んだ。


前世の私は、自分の手についた家事の傷や手荒れを、夫から『生活感があって萎える』と蔑まれていた。

自分の生きた証を否定されることが、どれほど心を抉るかを知っている。

だからこそ、私は彼のこの傷を、絶対に否定したくなかった。


「……アンタって、ほんと……」


カイルくんは、私の手から自分の手を引き抜くことはしなかった。

ただ、その黄金色の瞳を潤ませて、耳の先まで真っ赤に染め上げながら、ぽつりと呟いた。


「ずるいよな。……そんな風に言われたら、俺、アンタの言うこと、全部聞きたくなっちまうじゃんか」


「ふふっ。じゃあ、これからは『とりあえずの山』を作らないって約束してくれますか?」


私がわざと意地悪く笑って念を押すと、カイルくんは「……おう」と小さく頷き、照れ隠しのようにそっぽを向いた。


彼の大きな手が、私の手の中で、ほんの少しだけ握り返してくれたような気がした。


やがて、テーブルの上の惨状は綺麗に三つの箱に分類され、共有スペースに再び平和が戻った。

「要る」ものは自室へ、「保留」の箱は倉庫へ、「要らない」ものはゴミ袋へ。


「よし、これで完璧ですね! お疲れ様でした、カイルくん」


「……おう。サンキュ」


カイルくんが少しだけ照れくさそうに笑い、自室へ戻ろうとした時だった。


「あーっ! これ!」


談話室の入り口から、パタパタと足音を立てて走ってきたのは、回復術師のノエルくんだ。

彼は、私が片付けるためにまとめておいた『保留』の箱を覗き込み、目を輝かせた。


「カイル、これ僕の部屋からなくなったと思ってたお菓子の空箱! 限定品のやつ! なんでカイルが持ってるの!?」


ノエルくんが箱の中から引っ張り出したのは、色鮮やかな装飾が施された、甘い糖菓の可愛らしい空き箱だった。

よく見れば、同じような空き箱や、キラキラした包み紙が、『保留』の箱の中にいくつか紛れ込んでいる。


「……っ!! ち、ちげぇよ! それは俺が食ったんじゃなくて、廊下に落ちてたから……!」


カイルくんは顔を真っ赤にして慌てふためいた。


「えー? でもカイル、前にも僕のキャンディ美味しそうに見てたもんね? 甘いもの好きなの?」

「うるせぇ! 俺は甘いものなんか嫌いなんだよ! ガキの食いもんだろ!」


必死に否定するカイルくんを見て、私はピンときた。

孤児院育ちの彼は、きっと幼い頃、あのような綺麗なお菓子をもらう機会なんてなかったのだろう。

だから、口では「嫌い」と言いながらも、ノエルくんが落とした綺麗な包み紙や空き箱を、無意識に捨てられずに集めてしまっていたのだ。


「……カイルくん」


私がくすくすと笑いながら見つめると、カイルくんは「笑うな!」と顔を真っ赤にして逃げるように二階へと駆け上がっていった。


「カイル、照れてる。可愛いねぇ」

ノエルくんがのんびりとした声で言いながら、空き箱を抱きしめている。


ツンデレで、生意気で、でも本当は誰よりも素直で寂しがり屋な魔導師。

彼の不器用な秘密を一つ知ることができて、私はなんだかとても温かい気持ちになっていた。


(続く)

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