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夫に捨てられた専業主婦ですが、異世界騎士団の寮母になったらイケメン達が全員ダメ男でした  作者: 他力本願寺


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第17話 副隊長にお弁当を渡したら、仕事がはかどりすぎました

「私にも、その朝の『管理』を要求できないだろうか」


数日前、ルーカスさんの身支度を手伝った私に、セオドアさんは眼鏡を光らせながらそう言った。

けれど、ここ最近の彼は、朝の食堂にすら顔を見せない日が続いていた。


「また徹夜ですか……」


朝食の片付けを終えた私がため息をついていると、厨房の勝手口からマチルダさんが顔を出した。


「香澄、おはよう。セオドアの様子はどう?」


「それが、昨日の夜からずっと自室の執務スペースに籠もりきりで……。朝ご飯の時もノックをしたんですが、『手が離せない』と断られてしまいました」


私が心配そうに言うと、マチルダさんは「やっぱりね」と眉間を揉んだ。


「来週から始まる合同演習の作戦立案で、あの子のところに各分隊の資料が全部集まっているのよ。セオドアは戦術の天才だけど、集中すると完全に自分の体のメンテナンスを忘れる悪癖があるの」


「悪癖、ですか」


「ええ。以前も三日三晩食事を抜いて働き続け、最終的に作戦会議のど真ん中で倒れて大騒ぎになったことがあったわ。……香澄、悪いけれど、何とかしてあの子の口に食べ物を押し込んできてくれないかしら」


「分かりました。任せてください」


私は力強く頷き、エプロンの紐を結び直した。


『おい! 忙しいのに飯なんて食ってる暇あるか! 俺の邪魔をするな!』


ふいに、前世の記憶が蘇った。

元夫の健一も、仕事が忙しくなると食事を疎かにする人だった。

私が心配して夜食を持っていっても、彼は感謝するどころか『押し付けがましい』と怒鳴り散らした。自分の限界をコントロールできないくせに、私の気遣いを『無能な専業主婦の暇つぶし』と見下して突っぱねたのだ。


でも、今の私には分かる。

食事はただの栄養補給じゃない。疲れた脳と心を正常に保つための、一番大切な「管理」なのだ。


セオドアさんは、食事の時間を惜しんでいる。

さらに、書類を汚したくないはずだ。

それなら、私が作るべきものは決まっている。


「お箸もスプーンも使わずに、片手でサッと食べられるもの……お弁当ですね」


私は手早く調理に取り掛かった。


まずは『月麦(つきむぎ)』の粉を水で練り、薄く丸く伸ばしてフライパンで焼き上げる。もちもちとした食感の薄焼きパンのようなものだ。

次に、昨日多めに作っておいた干し肉の煮込みを細かくほぐし、『甘珠葱(あまたまねぎ)』と一緒に甘辛く炒め合わせる。

そこに『火鶏卵(ひどりらん)』の厚焼き卵と、塩もみした青菜をたっぷりと用意する。


薄く焼いた月麦の生地に、これらを彩りよく重ね、くるくると棒状に巻き込んでいく。

食べやすいように真ん中で斜めに半分に切ると、茶色のお肉、鮮やかな黄色の卵、緑の青菜が美しい層になって顔を出した。


「よし。これなら片手で持てるし、タレがこぼれる心配もありません」


私はこれを清潔な紙で包み、小さな木箱に入れた。

一緒に、頭をスッキリさせる効果があるミントに似たハーブティーを水筒に詰める。


準備を整えた私は、二階の奥にあるセオドアさんの部屋へと向かった。


コンコン、とドアを叩く。


「……誰だ。今は手が離せないと言ったはずだが」


中から聞こえてきたのは、ひどく掠れた、不機嫌な声だった。


「セオドアさん、香澄です。少しだけ入りますね」


私がドアを押し開けると、そこには想像以上の修羅場が広がっていた。

広い机の上には羊皮紙の山が築かれ、床にまで丸められた図面が散乱している。

その中心で、セオドアさんが銀縁眼鏡の奥に濃い隈を作り、羽ペンを猛烈な勢いで走らせていた。


「香澄か。すまないが、今は食事を摂る時間すら惜しい。この演習の成否は、あと数時間で私が組み上げる陣形にかかっているんだ」


彼は顔すら上げず、冷たい声でそう言った。


「知っています。だから、時間をかけずに食べられるものを持ってきました」


私は机の端のわずかなスペースに、持ってきた木箱をそっと置いた。


「……食事は不要だと……」


「論理的に考えて」


セオドアさんの言葉を遮るように、私はわざと彼の口癖を真似て言った。


「糖分が不足した脳で三時間悩み続けるより、五分間だけ食事の休憩を取って脳に栄養を行き渡らせた方が、結果的に作戦立案の速度も精度も向上するはずですよね?」


ピタリ、と。

セオドアさんの羽ペンが止まった。


彼は顔を上げ、驚いたように私を見た。

そして、コホンと一つ咳払いをして、眼鏡のブリッジを中指でクイッと押し上げる。


「……確かに、君の言う通りだ。疲労による思考効率の低下は、すでに私の計算外の誤差を生み出し始めている」


「でしょう? さあ、少しだけ手を休めてください」


私が木箱の蓋を開けると、中から食欲をそそる甘辛いお肉と卵の匂いがふわりと立ち上った。


「これは……?」


「月麦の生地で具材を巻いた、サンドイッチのようなものです。紙の下の方を持てば、片手で食べられますよ。手が汚れないので、資料を読みながらでも大丈夫です」


セオドアさんは、少し躊躇いながらも、紙に包まれたそれを一つ手に取った。

そして、じっとそれを見つめた後、小さく口を開けて一口かじった。


「……っ」


その瞬間、彼の硬く強張っていた顔の筋肉が、ふわりと解けるのが分かった。

甘辛いお肉の旨味と、卵の優しい甘さ、青菜のシャキシャキとした食感が口の中で絶妙に混ざり合っているはずだ。


「……美味しい」


ぽつりと漏れたその声は、いつもの理屈っぽい響きではなく、素直な少年のようだった。


「良かったです。お茶もここに置いておきますね」


セオドアさんは、片手でそれを持ったまま、もう片方の手で再び羽ペンを走らせ始めた。

しかし、そのペンの動きは先ほどまでの焦燥感に満ちたものではなく、滑らかで、驚くほど速く、迷いがなかった。

脳にしっかりと栄養が届き、彼本来の『天才』としての処理能力が完全に蘇ったのだ。


「……香澄」


あっという間に一つを平らげたセオドアさんが、二つ目に手を伸ばしながら、静かな声で私を呼んだ。


「はい」


「……この食事は、私が手を汚さず、時間をかけずに食べられるようにと、君がわざわざ形状を工夫してくれたものだな」


「ええ、そうですよ」


「……計算外だ」


セオドアさんは、羽ペンを置き、私の方を真っ直ぐに向いた。

銀縁眼鏡の奥のグレーの瞳が、静かに揺れている。

そして、彼の耳の端が、みるみるうちに赤く染まっていった。


「私はただ、『食事の時間を削って効率を上げたい』としか考えていなかった。だが君は、『私の状況に合わせて、最適な食事の形』を瞬時に提供してくれた。……これは、ただの栄養補給ではない。君が私のために思考を尽くしてくれた、究極の『管理』だ」


彼は、わざと難しい言葉を並べているけれど。

その赤い耳と、私を見つめる真剣な眼差しが、彼なりの最大の「デレ」であることを私は知っている。


健一は、私の気遣いを怒鳴りつけて払いのけた。

けれどこの人は、私の小さな工夫の価値を誰よりも正確に読み取り、こうして言葉にして心から感謝してくれるのだ。


「……感謝する、香澄。君の気遣いのおかげで、私は最高の作戦を完成させられそうだ。……君の存在は、私の人生において最も有益な計算外だよ」


「……どういたしまして。作戦、頑張ってくださいね」


私は嬉しさと少しの気恥ずかしさで微笑み、空になった木箱を抱えて彼の部屋を後にした。


廊下に出ると、窓から差し込む陽の光が心地よかった。

今日もまた一つ、彼らの役に立つことができた。その実感が、私の胸の奥をぽかぽかと温めてくれる。


「ふふっ。お弁当、カイルくんやノエルくんたちのお昼ご飯の分も作っておこうかな」


私がそんなことを考えながら、階段を降りようとした時だった。


「……おい」


廊下の角から、不機嫌そうな声がした。

振り返ると、壁に寄りかかるようにして立っていたのは、魔導師のカイルくんだった。


「カイルくん? どうしたんですか?」


カイルくんは、私の抱えている空の木箱と、セオドアさんの部屋のドアを交互に睨みつけた。


「……アンタ、今、あいつの部屋にいたのか」


「はい。セオドアさんが忙しくて朝から何も食べていなかったので、片手で食べられるお弁当を持っていったんです」


私が素直に答えると、カイルくんはチッと小さく舌打ちをした。

そして、ずんずんと私に近づいてきて、その赤い髪をくしゃくしゃと掻き回した。


「あいつばっかりずるい。俺だって、昨日夜遅くまで魔導具の調整やってたのに……」


カイルくんは、ぷいっとそっぽを向きながら、けれどその黄金色の瞳の端っこで私をチラリと見て、ぼそりと呟いた。


「……俺のは?」


「え?」


「だから! 俺の分の弁当はないのかって聞いてんだよ!」


顔を真っ赤にして怒鳴るカイルくんに、私は思わず吹き出してしまった。


「ありますよ、ちゃんと。今から下で作ろうと思っていたところです」


「……マジか。じゃあ、早く作れ。俺、腹減って死にそうなんだよ」


「はいはい。食堂で待っていてくださいね」


私は木箱を抱えたまま、足取り軽く階段を降りた。


副隊長に、魔導師。

誰も彼もが、私の作ったご飯を求めて、私の手による「管理」を待っている。

『家事しかできない』と言われた私の手は、今日もこの寮を回すために、忙しくて、そして幸せなのだ。


(続く)

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