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夫に捨てられた専業主婦ですが、異世界騎士団の寮母になったらイケメン達が全員ダメ男でした  作者: 他力本願寺


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第14話 ご飯を食べるようになっただけで、戦績まで上がるなんて聞いてません

「魔法の薬でも使ったのかって、王宮の査問委員会が疑ってるくらいよ! ……あなたたち、一体何をしたの!?」


早朝の食堂に響き渡った、王宮人事官マチルダさんの声。

彼女の手からテーブルにバサァッ!と叩きつけられた束のような書類には、第七分隊の直近の討伐記録や任務達成率がびっしりと書き込まれていた。


「俺たち、別に特別なことは何も……」

「ただ、毎日温かくて美味い飯を食って」

「清潔な服を着て、」

「ぐっすり眠って、」

「……生きてるだけだ」


ルーカスさん、セオドアさん、カイルくん、ノエルくん、ジンさんが、それぞれきょとんとした顔で答える。

そして全員の視線が、なぜかエプロン姿の私へと集まった。


「……えっ。わ、私ですか?」


私が戸惑って自分を指差すと、マチルダさんは大きく深呼吸をして、額に手を当てた。


「そうよ。原因はどう考えてもあなたしかいないじゃない。……香澄、あなたがここに来てから、この子たちがどれだけ非常識な強さになっているか、分かっているの?」


「非常識な強さ、と言われましても……」


私はエプロンの裾を握りしめた。

確かに、彼らには温かいご飯を作り、洗濯の仕方を教え、部屋を片付け、眠れるように手伝った。

けれど、それは私が三十五年の人生と十二年の結婚生活でずっとやってきた『ただの家事』だ。魔法を使ったわけでも、特別な薬を飲ませたわけでもない。


「マチルダさん、私はただ、寮母としての仕事をしていただけです。ご飯を作って、お掃除をして……それが任務に関係あるんでしょうか?」


私が恐る恐る尋ねると、マチルダさんは呆れたような、けれどひどく優しい目を私に向けた。


「大ありよ。……いいこと、香澄。人間はね、土台が崩れていたら本来の力なんて発揮できないの」


マチルダさんはテーブルの上の書類を一枚引き抜き、ルーカスさんの前に突きつけた。


「まず、隊長のルーカス。これまでは熱湯で縮んだ寸足らずの制服を無理やり着ていたせいで、肩の可動域が狭まり、剣の振りが遅くなっていたわ。でも、香澄が正しい洗濯で服を綺麗に保ってくれるようになったおかげで、本来の体の動きを取り戻し、剣撃の速度が二割も上がっているのよ!」


「えへへっ、かすみさんがお日様の匂いにしてくれた服、すごく軽くて動きやすいんです!」


ルーカスさんが尻尾を振るように笑うと、マチルダさんは次にセオドアさんを睨んだ。


「副隊長のセオドア。あなたは空腹のまま戦術を組んでいたせいで、任務の後半になると脳に栄養がいかず、判断力が低下していたわ。でも今はどう? 朝から温かい汁物と卵を食べて、脳の回転が最大化されている。今週のあなたの戦術指揮は、針の穴を通すように完璧で、被害はゼロよ!」


「……論理的に考えて、食事による糖分と塩分の摂取が、思考の維持に不可欠であることは自明の理だからな」


セオドアさんは澄ました顔で眼鏡を押し上げているが、耳の端が少し赤い。


「次はカイル!」


「げっ、俺かよ」


「あなたは、ゴミ屋敷のせいで常に魔力が乱れていたわ。部屋の中に淀んだ空気が溜まっていたせいで、魔法の出力が安定しなかった。でも、香澄が部屋を徹底的に片付けて換気をしてくれたことで、魔力経路の詰まりが完全に解消されたわ。今週のあなたの炎の威力、ちょっとした砦くらいなら吹き飛ばせるレベルになっていたわよ!」


「べ、別に……アンタが部屋を片付けたからじゃねぇし。俺が本気を出しただけだ」


カイルくんはぷいっとそっぽを向いたが、マチルダさんの言葉は止まらない。


「そしてノエル。お菓子だけで命を繋いでいたあなたが、香澄の作る栄養たっぷりの雑炊や温かい食事を毎日食べるようになった。その結果、あなたの体にきちんとした血が作られ、治癒魔法の連続使用回数が倍以上に跳ね上がっているわ!」


「うん! お姉ちゃんのご飯を食べると、体の底から魔力が湧いてくるの。僕、もう任務で倒れたりしないよ」


ノエルくんがえっへんと胸を張る。


「最後に、ジン」


マチルダさんの視線が、食堂の隅に座る無口な諜報員に向けられる。


「極度の不眠で神経がすり減っていたあなたは、香澄の用意した寝床と……その、何かしらの安眠のおかげで、ぐっすりと眠れるようになった。疲れが取れたことで五感が研ぎ澄まされ、あなたの索敵範囲は今までの三倍以上に広がっているわ。敵の奇襲をすべて未然に防いだのは、あなたの功績よ」


「……あぁ。……よく、眠れたからな」


ジンさんは、静かに私の方を見て、小さく頷いた。


マチルダさんは書類を置き、両手を腰に当てて、深く、深くため息をついた。


「栄養状態の改善が、体力と魔力を底上げする。睡眠環境の改善が、判断力と集中力を高める。清潔な衣服が、動きの効率と士気を上げる。片付いた部屋が、事故を防ぎ気の巡りを良くする。……どれも、理屈で言えば当たり前のことよ」


彼女は、真っ直ぐに私の目を見た。


「でも、その『当たり前』の土台を完璧に整えることが、どれほど難しくて、どれほど価値のあることか。……香澄、あなたはただの家事だと思っているかもしれないけれど、あなたのやっていることは、王国最強の騎士たちに最高の武器と盾を与えているのと同じなのよ」


ドクン、と。

私の胸の奥で、心臓が大きく跳ねた。


『お前は家事しかできない』

『俺の足を引っ張るだけだ』

『誰でもできる底辺の作業だろうが』


元夫である健一の、冷たくて鋭い言葉。

十二年間、私の心を縛り付け、私からすべての自信を奪い去った呪いの言葉。

私は、誰の役にも立てない、無価値な人間なのだとずっと思い込んでいた。


――けれど。


「かすみさん」


ふいに、ルーカスさんが私の前に進み出て、真っ直ぐに私を見た。


「俺たち、剣の振り方や魔法の使い方は知ってましたけど、自分を生かすための『暮らし方』は何も知りませんでした。かすみさんが来てくれて、温かいご飯を作ってくれて、綺麗にしてくれて……俺たち、本当に救われたんです」


「……その通りだ。香澄、君が整えてくれる日常は、我々が前線で戦うための最大の防壁だ。君がいなければ、我々はとっくに自滅していただろう」


セオドアさんが、深く頭を下げる。


「アンタの作る飯は美味いし……部屋も、前よりはずっと居心地がいい。だから……ありがとな」


カイルくんが、照れ隠しのように頭を掻きながら言う。


「お姉ちゃんのご飯、魔法よりすごいよ。僕、お姉ちゃんがいなきゃヤダ」


ノエルくんが、私のエプロンをぎゅっと握りしめる。


「……あんたの音が、……俺を、生かしている」


ジンさんが、静かに、けれど確かな熱を込めて告げる。


五人の騎士たちの言葉が、温かい光の粒になって、私の中に降り注いでいく。

彼らは私を便利に使っているわけじゃない。

私の三十五年間の人生で身につけた『家事』という能力を、心から尊敬し、必要だと言ってくれているのだ。


私がやってきたことは、無駄じゃなかった。

誰でもできる底辺の作業なんかじゃ、絶対にない。

私の手は、こんなにも立派な騎士たちの命を支え、そしてこの国を守る力になっているんだ。


「……っ、う……」


気がつけば、私の目から大粒の涙がボロボロと溢れ出していた。

止まらなかった。

悲しいからじゃない。嬉しくて、誇らしくて、張り詰めていた心がほどけていくような涙だった。


「ちょっ、かすみさん!? なんで泣くんですか!?」

「俺たち、何か気に障るようなことを……!?」


慌てふためく五人を前に、私は両手で顔を覆いながら、何度も何度も首を横に振った。


「ちがっ、違うんです……! 嬉しくて……私、皆さんの役に立てて、本当に……よかったなって……!」


しゃくりあげながらそう言うと、五人はホッとしたように息を吐き、そして、どうしていいか分からないというように私の周りをオロオロと囲んだ。


「あーもう、泣くなよ。……ほら」

カイルくんが、不器用に清潔な布を差し出してくれる。


「……ありがとう、ございます」


私が涙を拭っていると、マチルダさんがふふっと優しく微笑んだ。


「これで分かったでしょう、香澄。あなたはもう、ただの迷い人じゃない。このアルディア王国にとって、絶対に欠かせない『奇跡の寮母』なのよ」


「奇跡、だなんて……大げさです」


「大げさなものですか。上層部なんて、あなたに報奨金を出そうかって話まで出ているくらいなんだから」


「ほ、報奨金!?」


驚く私を見て、マチルダさんは満足そうに頷いた。


「とにかく、これからも彼らのことを頼んだわよ。あなたの生活管理が、この国の防衛線を底上げしているんだから」


「はい……! 私、精一杯頑張ります!」


私が力強く頷くと、マチルダさんは「いい返事ね」と笑い、そして……不意に、少しだけ悪戯っぽい、けれど真剣な光を帯びた目で私を見つめた。


「でも、問題が一つだけあるわね」


「問題、ですか?」


マチルダさんの言葉に、五人の騎士たちもピタリと動きを止めた。


彼女は、五人の顔をぐるりと見渡し、最後に私を見て、不敵に笑った。


「これだけあなたに頼り切っている現状……もしあなたが、一日でもこの寮からいなくなったら、一体どうなるのかしらね?」


「え?」


「戦場では無敵の騎士様たちも、あなたがいないと、また服は縮み、台所は燃え、部屋は爆発し、栄養失調で倒れ、一睡もできなくなるんじゃないの?」


その言葉に。


ルーカスさんは青ざめ。

セオドアさんは眼鏡をずらし。

カイルくんは息を飲み。

ノエルくんは私の袖をさらに強く握りしめ。

ジンさんは微かに肩を震わせた。


「た、隊長。もし明日かすみさんが風邪で寝込んだら、朝飯はどうなるんだ……?」

「……論理的に考えて、我々は餓死するか、台所を爆発させて道連れにするかの二択だ」

「やめろ! 俺の部屋の掃除は誰がやるんだよ!?」

「僕、お姉ちゃんがいなくなったら生きていけない……」

「……探す。……世界の果てまで」


五人が真顔で呟き始めた恐ろしい想像に、私は思わず呆れ笑いを漏らしてしまった。


「大丈夫ですよ。私はどこにも行きませんから」


私がそう言うと、五人は一斉に私を見て、心底ホッとしたように息を吐き出した。


王宮にまでその成果が知れ渡った、私の家事スキル。

でも、マチルダさんの言う通りかもしれない。

この人たちは、あまりにも私に頼りすぎている。


(……でも、今はまだ、もう少しだけ。私がこの人たちの日常を守ってあげたいな)


私は、少しだけ騒がしくなった食堂を見渡しながら、心の中でそっとそう呟いた。

私を認めてくれたこの場所が、私はもう、どうしようもなく好きになっていた。


(続く)


【間話】捨てられたのはどちらか? ~家事も反省もできない愚かな男~

「……ちっ、なんだよこの臭い。ミカのやつ、掃除くらいまともにしとけよな」


仕事帰りの夜、都内の分譲マンションに足を踏み入れた健一は、玄関の扉を開けた瞬間に鼻を突く異臭に顔をしかめた。


香澄を追い出してから、数週間。

かつてモデルルームのように清潔だったリビングは、今や見る影もない。脱ぎ散らかした靴下、コンビニ弁当の空き殻、飲みかけのペットボトルが散乱し、フローリングにはいつこぼしたか分からないコーヒーの染みがこびりついている。


健一は不機嫌そうにカバンを放り出すと、真っ暗なリビングのソファに腰掛けた。


香澄がいなくなった後、健一は離婚したての独身生活を謳歌するつもりだった。「家事なんて誰でもできる雑用だ」「アイツがいなくても、金を出して業者を呼ぶか、新しい女を見つければいい」そう思っていた。


だが、現実は残酷だった。


洗濯機の回し方すら分からず、ようやく洗ったタオルは生乾きの雑巾のような臭いを放っている。香澄がいた頃、タオルがいつもふかふかで、太陽と柔軟剤のいい匂いがしていたのは、彼女が天候を読み、洗濯槽をこまめに除菌し、完璧なタイミングで取り込んでいたからだということに、彼はまだ気づいていない。


「おーい、ミカ。起きてるか?」


健一は、香澄の代わりに家に居ついている若い恋人のミカを呼んだ。だが、寝室から出てきた彼女は、スマートフォンの画面を見たまま不満げに口を尖らせた。


「ねえ健一、部屋汚すぎ。お腹空いたんだけど。なんかデリバリー頼んでよ。……掃除? 業者呼べばいいじゃん、うちらの貴重な時間、そんな雑用に使うの無駄だよ」


ミカは、家事を一切しない女だった。

香澄が健一の健康状態を考えて、毎日栄養バランスを計算して作っていた色とりどりの夕食。

仕事で疲れて帰ってきた彼を癒やしていた、清潔な部屋と、湯気が立つお風呂。

それらがどれほど贅沢なものだったのか、健一は失って初めて、その「欠乏」に苛立ち始めていた。


翌朝、さらなる悲劇が健一を襲った。


「……っ、名刺がない!? 予備のストックはどこだ!」


大事な会議があるというのに、香澄がいつもなら完璧に補充していたはずの名刺入れは空だった。

クローゼットを開ければ、シワだらけのシャツしか残っていない。香澄が毎日、汗だくになりながらアイロンをかけ、真っ白に仕上げていたワイシャツのありがたみを、彼はここでようやく思い知ることになる。


結局、寝癖も直しきれず、シワの寄ったシャツのまま出社した健一を待っていたのは、上司からの冷ややかな視線だった。


「……佐藤くん。最近、少し身だしなみがだらしないんじゃないか? 私生活が荒れていると、仕事の精度も疑われるぞ。しっかりしてくれ」


「……申し訳、ありません」


健一は頭を下げながら、胃のあたりがキリキリと痛むのを感じた。

香澄がいれば、朝食に温かいスープが出て、磨き上げられた靴と完璧な持ち物が揃っていたはずだった。


(アイツ、家事くらいしか能がないと思ってたけど……。少しは役に立ってたのか……?)


一人で立ち寄ったコンビニの、底が上げ底になった冷たい弁当を啜りながら、健一はふと、香澄の笑顔を思い出した。

だが、その記憶は今の自分の惨めさを肯定するようで、彼はすぐにそれを打ち消した。


「……いや、あんなおばさん。今頃どこかで野垂れ死んでるだろ」


健一は、自分が捨てた女性が、今この瞬間、異世界の光り輝く場所で、王国最強の騎士たちに「香澄さん!」「お姉ちゃん!」と囲まれていることなど、夢にも思っていなかった。




一方その頃、異世界の第七分隊寮。


「香澄さーん! おかわりありますか!」

「……論理的に考えて、このシチューのコクは芸術の域に達しているな」

「お姉ちゃん、僕の分も半分あげるから、あーんして?」


「もう、ノエルくんったら。皆さん、ゆっくり食べてくださいね。明日も早いんですから」


活気あふれる温かな食卓。

香澄は、現代の元夫の苦境など、もはや思い出すことすらない。

彼女の目は、今を一生懸命に生きる騎士たちの、輝くような笑顔だけを見つめていた。


(続く)

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