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ep6 記憶


「ねぇ、ハニエル。」


旅が始まり、ハニエルを先頭に歩きながら、ルイスは声をかけた。


「ん?」


「ハニエルの探してる人の、手掛かりってあったりするの?」


「あぁ……そうだね。まだ話していなかったね。」


ハニエルは一度息を整え、歩きながら静かに語り始めた。


「私の持つ情報では、その人の生まれ変わりは、

現時点で年齢は二十二歳前後、性別は男性。

分かっているのは、それだけなんだ。」


「それだけ……?」


「うん。天界には、魂の転生を記録をしている書物がある。でも、そこに記されているのは、魂がいつ転生したかや性別程度でね。

詳しいことまでは分からないんだ。」


「そうなんだ……。」


それだけでは、あまりにも手掛かりが少ない。

ルイスは思わず眉を寄せた。


そんな様子を見て、ハニエルは続ける。


「でもね、前にもルイスに話した通り、私は深く関わった人間の匂いや気配を、感覚的なもので辿ることができる。

たとえ転生していても、魂そのものは変わらないから。」


「魂……。」


「ただ、転生すれば前世と全く同じではなくなる。

だから探すのは、どうしても難しくなるんだ。

本当に……感覚に頼るしかなくてね。」


「なるほど……。

でも、その“感覚”で探せるっていうのは、すごく大きいと思う。」


ルイスは少し前向きに言って、ふと思い出したように続けた。


「ちなみに、今はその人の気配、感じたりしてる?」


「……何となくだけど。」


ハニエルは立ち止まり、北東の方角を指差した。


「ここから、あの方向に……感じる。」


「あっちか……!」


ルイスはぱっと顔を上げる。


「よし! じゃあ、頑張ってハニエルのその人、見つけよう!!」


「うん。」


ハニエルは、静かに微笑んだ。


二人は、北東へと歩き出した。




一日中歩き続け、辺りが薄暗くなってきた頃。

さすがに疲れが出てきた二人は、休憩を取ることにした。


「はぁ〜……疲れたぁ……。お腹減ったぁ……。」


ルイスは倒れ込むように地面に座り込む。


「大丈夫?」


ハニエルも、隣に腰を下ろした。


「ハニエルは、お腹減らないの?」


「天使は、食べなくても生きていけるから……。」


「えっ!? そ、そうなの?!」


初めて知る天使事情に、ルイスは目を丸くする。


「食べようと思えば食べられるよ。

ただ、特に必要ないだけ。」


「そうなんだ……。」


ルイスは少し考えてから言った。


「じゃあさ、僕は食べるけど……

一人で食べるのも何だし、ハニエルも食べてみる?」


「えっ……でも、ルイスの分が……」


「大丈夫! 食料は少し多めに持ってきたし、

街に入ったらまた調達すればいいから。」


そう言って、ルイスはリュックを漁り、保存食のパンを取り出した。

それを半分に割り、ハニエルに差し出す。


「はい、どうぞ。」


「……ありがとう。」


「パン、食べたことある?」


「……うん。あるよ。」


ハニエルは、どこか懐かしむように微笑んだ。


「どうしたの?」


「いや……昔、あの人にも、パンを食べさせてもらったことがあってね。」


「そうだったんだ……。」


少し間を置いて、ルイスはそっと尋ねる。


「あの……もし言いたくなかったらいいんだけど、

ハニエルの探してる人って、どんな人だったの?」


「……どんな人、か……。」


ハニエルは少し考えてから答えた。


「とても繊細で、優しくて……

そして、すごく愛情深い人だったよ。」


その表情は、ルイスが今まで見たことのないものだった。

その人が、どれほど大切な存在だったのかが、はっきりと伝わってくる。


「あ……ふふっ……。」


「えっ? な、なに?」


突然笑い出したハニエルに、ルイスは戸惑う。


「あ、ごめんね。

初めてその人と出会った時のことを思い出してた。」


「出会い?」


「うん。

実はね、その出会い方が、ルイスとの出会い方とそっくりなんだ。」


「そうなの?」


「彼——エリアスって言うんだけど。

エリアスも、ルイスと同じように、人間の悪党に捕まっていた私を助けてくれたんだよ。」


「えっ……!!」


「その後も、ずっと私のことを心配してくれて……

こんな私を、愛してくれた。」


ハニエルは、少しだけ間を置いて続けた。


「そして、誓ったんだ。

——来世では、共に人間として、同じ時間を歩んで生きていこうって。」


「人間……?」


「私は、エリアスの生まれ変わりを見つけて、人間になる。

それが、エリアスとの“約束”だよ。」


「天使って、人間になれるの?!」


「条件を満たせばね。」


ハニエルは、静かに語る。


「天使は、守護天使から大天使になって、ようやく一人前とされる。

その大天使になること。

それが、一つ目の条件。」


「もう一つは……?」


ルイスは、思わず息を呑んだ。


「自分を愛してくれる人間からの口づけ。

それで、条件は満たされる。」


「口づけ……。」


まるで、お伽話のようだと思った。


「エリアスと出会った頃の私は、まだ守護天使だった。

大天使になるには、少なくとも五百年はかかるからね。」


「ご、五百年……。」


「今の私は、主天使。

一つ目の条件は、もう満たしている。

だから……あとは、エリアスを見つけるだけ。」


ルイスは、胸の奥に小さな違和感を覚えた。

——もし、前世の記憶がなかったら……。


そう口に出そうとした、その時。


「エリアスはね。」


ハニエルが先に言った。


「もし自分が転生したら、見つけてほしいって言ってた。

だから、私は探す。」


その瞳は、迷いのない本気の色をしていた。


「……そっか。」


ルイスは、それ以上何も言えなかった。

人間には想像もできないほどの時間、彼女は待ち続けてきたのだと、分かったから。


「じゃあ、僕も全力で探すよ。」


「えっ?」


「ハニエルには、幸せになってもらわなきゃ。」


無邪気な笑顔で、ルイスは言った。


「何百年も悪魔と戦ってきたんでしょ?

こんなに頑張ってるんだから、幸せにならなきゃだよ。」


「……ルイスの、そういうところも。」


ハニエルは微笑む。


「エリアスと、そっくりだ。」


「えっ、そこまで似てるの?」


「うん……。」


「ははっ。

もしかして、僕がエリアスの生まれ変わりだったりして〜?」


冗談のつもりだった。


「……。」


ハニエルは、一瞬だけ目を見開き、そして静かに言った。


「……そうだったら、いいのにね。」


そう言って、何事もなかったかのように立ち上がる。


「じゃあ、ちょっとこの辺に悪魔がいないか見てくるよ。」


背中から、白く大きな翼が現れ、ハニエルは空へと舞い上がった。


「今のは……どういう意味だったんだろ……。」


一人残されたルイスは、答えのない疑問を胸に、小さく呟いた。



  ◆ ◆ ◆



翌朝、ルイスは肌を刺す寒さで目を覚ました。

ゆっくりと身体を起こすと、すでにハニエルは起きており、静かに身支度を整えていた。


「おはよう、ルイス」


「お、おはよう……」


昨夜はハニエルが戻ってきてから、そのまま野宿することになった。

野宿に慣れていないルイスの身体は、思った以上にこわばっている。


「よく眠れた?」


いつもと変わらない調子で、ハニエルが尋ねる。


「うん。……寝れたよっ」


そう言って上半身を伸ばすが、あちこちが悲鳴を上げた。


「そう。今日は少し、あの森を通って行こうと思う」


ハニエルは、少し離れた場所に広がる、深く鬱蒼とした森を指さした。


「あそこ通るの……」


ルイスは露骨に顔を引きつらせる。


「昨日の夜、見回りしていたら悪魔の気配がしたんだ。

ルイスの修行には、ちょうどいいでしょ?」


「う、うん……そうだね……」


気は進まないが、悪魔討伐の修行だと思えば仕方がない。

ルイスは自分にそう言い聞かせた。


―――


森の中は想像以上に険しく、足場も悪い。

体力が削られる速度が、明らかに早かった。


(だから通りたくなかったんだよな……)


そんなことを思いながらも、先を行くハニエルの背中を追う。

彼女は相変わらず、疲れひとつ見せず淡々と進んでいた。


「ルイス、止まって」


突然立ち止まったハニエルに、ルイスは勢い余って頭をぶつけてしまう。


「痛っ……!

ど、どうしたの、ハニエル……?」


「悪魔に囲まれてる」


「えっ!?」


「四体……いや、五体いるね」


その言葉と同時に、茂みの奥から不気味な風貌の悪魔たちが姿を現した。


「ルイス、剣を抜いて」


そう言って、ハニエルは一瞬で羽から剣を顕現させる。


「うん!」


ルイスも腰の剣を抜いた。


「ルイスは前方の二体を。

私は後方の三体をやる」


「わ、わかった!!」


ハニエルは迷いなく後方の悪魔へ斬りかかる。

ルイスも負けじと、前方の悪魔に向かって踏み込んだ。


「はあああっ!!」


前回の戦いで掴んだ感覚が、確かに身体に残っている。

一体目の急所を正確に突き、悪魔を倒す。


しかし、背後からもう一体が襲いかかってきた。


「くっ……!!」


剣で攻撃を受け止める。


(押し返せ……!

力を入れろ……!!)


「こんのおおおっ!!!」


全身の力を込めて押し返し、一瞬生まれた隙を逃さず剣を振るった。


「グッ……グアアァァァッ!!」


悪魔は苦しげな声を上げ、やがて黒い塵となって消えていった。


「はぁ、はぁ……」


乱れた呼吸を整えていると、ハニエルが上空から舞い降りてくる。


「ハニエルも、終わった?」


「うん。終わったよ。

一気に二体も倒せるなんて、すごい成長だね」


「あはは……それほどでも……」


照れたように頭を掻くルイス。


「でも、今の悪魔たちは一番弱い部類なんだ。

まだまだ可愛い方だよ」


「えっ……そうなの……?」


一気に肩を落とすルイス。


「次は、もっと強い悪魔に挑戦しようか」


淡々とそう言って、ハニエルは先へ進んでいった。


「あれ、結構強いと思ってたのに……はぁ……」


ルイスはとぼとぼと、その背中を追いかける。


◆ ◆ ◆


数日間、森の中を歩き続けて、ルイスにはひとつ気になることがあった。

それは――お風呂問題だ。


何日も入れておらず、悪魔との戦闘で汗もかいた。

正直、匂いも気になって仕方がない。


それに、朝から晩まで女の子と二人きり。

身だしなみとして、どうしても気になってしまう。


黙々と先を歩くハニエルに、ルイスは後ろから声をかけた。


「ハニエル……

そろそろ、お風呂とか入りたいな……」


ハニエルは足を止め、少し考え込む。


「お風呂か……

この辺りにはないけど、もう少し進めば湖があったはずだよ。

そこで軽く水浴びしよう」


「ほんと?助かったぁ……」


二人は湖を目指して歩き出した。




茂みをかき分けて進むと、目の前に澄み切った湖が広がった。


「ここだね」


「わ……すごく綺麗だ……透き通ってる……」


「よかったね。ルイス、浴びてきなよ」


「ハニエルは入らないの?」


「天使は人間ほど頻繁に水浴びはしないけど……

せっかくだし、私も入ろうかな」


「じゃあ、先にハニエル――」


そう言い終わる前に、ハニエルは目の前で服を脱ぎ始めた。


「えっ!?

ちょ、ちょっと、ハニエル!待って!!」


慌てて目を覆うルイス。


「え?服を脱がないと濡れちゃうでしょ?

ほら、ルイスも一緒に早く入ろう」

そう言いながらハニエルは地面に服を脱ぎ捨てた。


「う、うわあああっ!!」

ルイスは完全にパニックだ。


「ほら、ルイス」


手を引かれ、水辺へ。


「わっ、ちょっと!濡れちゃう!

分かったから!入るから!!」


諦めて服を脱ぎながら、心の中で叫ぶ。


(天使はこういうの、気にしないのか……?

僕だけが意識しすぎなのか……!?)


ふと視線を向けると、水浴びをするハニエルの姿が目に入った。

水に濡れたその姿は、あまりにも綺麗で、思わず息を呑む。


不意に、視線が合う。


「ルイスも、早くおいで?」


「……っ」


顔を真っ赤にして視線を逸らし、水へ入る。


冷たい水が、熱くなった身体を一気に冷やした。


「気持ちいいね」


はにかむように微笑むハニエル。


「…………」


距離が近すぎて、ルイスには刺激が強すぎた。

勢いよく頭まで水に沈め、必死に気持ちを落ち着かせる。


水浴びを終え、すぐに再び出発したが、

このときの記憶は、緊張しすぎてあまり覚えていなかった。



  ◆ ◆ ◆


あれから数日後。

長く続いた森を無事に抜け、ルイスたちは港を擁する、少し栄えた街へと辿り着いた。


森の中では何度か悪魔と遭遇したものの、

ハニエルの的確なフォローもあり、戦いは概ね順調に進んでいた。


「やっと街に着いたね。

今日は一旦、宿を探して休憩しよう」


「えっ!宿!?

やったー!久しぶりにベッドで寝れるー!」


ぱっと表情を輝かせるルイス。


「ふふっ、ご機嫌だね」


そう微笑みながらも、ハニエルは周囲へ意識を向ける。

人混みのざわめきの奥に、あの気配がないか――静かに探る。


(ここにも……いない、か……)


「ハニエル!

今日はちょっと奮発して、美味しいものでも食べようよ!!」


「あっ……うん、そうだね」


一瞬の間を挟んで、そう答えた。


「どうしよっかな〜、何食べようかなぁ〜!」


久しぶりの街の活気に、ルイスの足取りは軽い。


「明日はここから船に乗るから、

食料も今のうちに多めに買っておこう」


「えっ、船!?

僕、船に乗るの初めてだよ!」


「楽しみだな〜!」


そう言って、繁華街の方へと駆け出していくルイス。

その背中を見つめながら、ハニエルはふと、小さく笑みをこぼした。



それから先、旅は二人だけのものではなくなっていくことをこの時の二人はまだ知らない———


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