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ep4 強さと手段



今日もいつも通り、ハニエルとルイスの修行が始まった。


「こないだの悪魔との実戦で、ルイスが動けなくなった理由、何だと思う?」


唐突な問いに、ルイスは少し考えてから口を開いた。


「えっと……初めて悪魔を見て、やっぱり怖くて……身体が、言うことを聞かなかったんだと思う」


自然と視線が落ちる。


「うん。じゃあ、今のルイスに足りていない感情は何だと思う?」


「足りてないもの……? 勇気、とか……根性……?」


「違うよ」


ハニエルは即座に否定した。


「正解は、殺意だ」


「……殺意」


「人の憎しみや恨みから生まれる殺意は、狂気に近い力になる。

ルイスには、それがまだ足りない。だから恐怖心が勝ってしまう」


淡々と、しかし確信を持った口調でハニエルは続ける。


「現に、ルイスの父親は悪魔に殺されたんだろう?

父を殺した存在は、本来なら憎み、恨むべき相手のはずだ。その感情を、目の前の悪魔にぶつけるんだよ」


「……なるほど……」


ルイスは目を閉じ、父の姿を思い浮かべた。

強くて、優しくて、頼れる存在だった父。

その父が悪魔に殺されたと聞かされた日のことを思い出し、胸が締め付けられる。


(父さん……)


「今から、私のことを“父親を殺した悪魔”だと思って、かかってきて」


そう言って、ハニエルは翼から一本の剣を生み出した。


「えっ!? そ、そんな……無理だよ!

ハニエルのこと、悪魔だなんて思えない!」


慌てて制止するルイスに、ハニエルは静かに言った。


「あくまで練習。でも、とても大事なことだよ。やってみよう」


剣を構えるハニエルを前に、ルイスは逡巡した末、剣を握り直した。


「……わかった……」




 ———-




「はぁ……はぁ……」


「全然、殺意が足りない。これじゃ悪魔は倒せないよ」


「だって……」


当然だ。相手はハニエルだ。

どれだけ頭で分かっていても、殺意など湧くはずがなかった。


「……やっぱり無理だよ。練習でも、ハニエルにそんな気持ち向けられない」


正直にそう告げると、ハニエルは少し考え込む。


「……そうか。それは、もう親しい関係になってしまったから、だよね」


「……うん」


それだけが理由ではない。

ハニエルを傷つける想像自体が、どうしてもできなかった。


「仕方ないな……アレを使うか……」


「……アレ?」


ハニエルはため息をつき、ふいに周囲へ声を投げた。


「ウリエル。そこにいるんでしょ? 隠れても気配で分かるよ」


(ウリエル……?)


突然、近くの木に向かって話し始めたハニエルに、ルイスは戸惑う。


次の瞬間——

ハニエルが手にしていた剣を、枝へ向かって投げ放った。


「ぎゃっ!!!!!」


叫び声とともに、誰かが枝から勢いよく落下する。


「えっ!? 今、誰か……!?」


駆け寄った先にいたのは、人ではなかった。

白い羽を持つ、青年の姿。


「いっ……痛ぇ!!

ハニエル! さすがに乱暴すぎだろ!」


「覗き見してるウリエルが悪い」


「覗き見だぁ?

俺はただ、ここで気持ちよく昼寝してただけだっつーの」


「……どうだか。事あるごとに私を尾行するの、やめてくれない?」


「自意識過剰じゃないの〜?

たまたま俺の担当区域がこの辺なだけだ」


「……担当区域?」


会話についていけず、ルイスは首を傾げる。


「ああ、ルイスには言ってなかったね。

天使にはそれぞれ、天界から任務区域が割り当てられるんだ。

このウリエルは、ここ一帯の担当らしい。本当かは知らないけど」


「だから本当だっての!!」


ウリエルが声を荒げる。


「そ、そうなんだ……」


同じ天使でも、ここまで性格が違うのかと、ルイスは内心驚いていた。


「で、ウリエル。ちょっとルイスの修行相手になってくれない?」


「はぁ!?

なんで俺がそんな面倒なこと……」


「どうせ任務サボってるでしょ。暇なんだから」


「失礼だなぁ。俺は争いが嫌いな平和主義者なんだよ」


「じゃあ交換条件。

私がウリエルの任務を全部引き受ける。その間、ルイスの相手をして」


「……マジで?」


「ちゃんと相手するならね」


「……分かったよ。やりゃいいんだろ」


「えっ……?」


状況が飲み込めず、ルイスは困惑する。


「というわけでルイス。

今からウリエルが練習相手。私よりは気楽でしょ?」


「……いや、その……」


「先に言っとくけど、俺は武術得意じゃねぇからな。

頭脳派なんだ、俺は」


「ウリエルは私より弱いから、大丈夫だよ」


「お前、男のプライド粉砕するの楽しいのか……?」


「じゃ、私は任務に行ってくるね。

ルイス、またあとで」


翼を広げ、ハニエルは空へと飛び立った。


「あっ……う、うん……」


不安を残したまま見送るルイスに、ウリエルが声をかける。


「……はぁ。

んじゃ、始めるか。ルイス、だったよな?」


「は、はい……よろしくお願いします」


こうして——

初対面の天使ウリエルとルイスによる、謎の修行が始まった。



————



カキィン!

キィィ——ン!!


剣同士がぶつかり合う甲高い音が、夜の森に響く。


「おい、どうした。もっと本気出せよ」


「っ……!!」


(武術は得意じゃないって言ってたけど……やっぱり天使は強い。

人間とは、根本的に違う……)


ルイスは、ウリエルの軽々とした剣捌きに必死で食らいついていた。


「ほら、よそ見してんな。——よっ!」


横から鋭く振るわれる刃。


「ぐっ……!!」


ルイスは剣で受け止め、必死に耐える。


(そうだ……ハニエルが言ってた。

戦う上で、僕に足りないのは——憎しみや恨みからくる殺意……)


思い出す。

父のことを。


目の前にいる存在を、自分の父を殺した悪魔だと想像する。


(大好きだった父さん……

悪魔……よくも父さんを……)


その瞬間、ルイスの中で何かが変わった。

剣を握る手に、今までにない力がこもる。


(……なんだ?

こいつ……今、何か……)


ウリエルは、その変化を見逃さなかった。


「はぁぁあああっ!!!」


ルイスは勢いよくウリエルを押し返し、一気に距離を詰める。


「……フン。やっと本気出してきたか」


今度はウリエルも手加減せず、真っ向から迎え撃つ。


(悪魔……

絶対に許さない。俺が消滅させる!!)


踏み込み、全身の力を込めて剣を振るう。


「おっと……!」


ウリエルが紙一重で避けた、その瞬間。


ルイスは体勢を崩さず、低い位置から回り込み——

下から強く、ウリエルの剣を打ち払った。


カラン——ッ!!


剣は弾かれ、地面に突き刺さる。


「……ほう」


ウリエルは口元を少し緩めた。


「やればできんじゃねぇか」


「はぁ……はぁ……。

……で、できた……」


乱れる呼吸を整えながら、ルイスは姿勢を正す。


「今のお前の目、いい目してたぜ。

その感覚、忘れんなよ」


ウリエルはそう言って、地面に刺さった剣を引き抜いた。


ウリエルとの修行は、その後も数時間続いた。



————



修行が終わる頃には、辺りはすっかり暗くなり、冷たい空気が満ちていた。


ルイスは焚き火のそばで身体を温めながら、ウリエルと並んでハニエルの帰りを待っていた。


「……ハニエル、まだ戻ってこないね」


「ったく。あいつのことだ、どっかで無茶してんじゃねぇのか?」


ウリエルは地面に寝転びながら答える。


「ウリエルの分の任務も引き受けるって言ってたけど……

ハニエル自身の任務は、大丈夫なのかな……?」


「……」


少し間を置いて、ウリエルは口を開いた。


「ハニエルは俺の一個上の階級、主天使だ。

俺はその下の大天使」


「主天使は、地上の悪魔討伐の統括役。

だから個人任務はそこまで多くねぇ。

——つまり、多少の自由は効く」


「……そうなんだ。

……あ、だから旅をしてるって言ってたのか……」


「……お前、それ知ってんのか?」


ウリエルの声色が、わずかに変わる。


「えっ……あ、いや……

探している人がいるって話を、聞いただけで……」


空気が変わったことを感じ、ルイスは言葉を濁した。


「……俺は辞めとけって言ったんだけどな……」


低く、小さな呟き。


「えっ?」


(今、なんて……?)


「なぁ」


ウリエルは横目でルイスを見る。


「お前、ハニエルに惚れてんのか?」


「ふぇっ!?

な、なに言って……!!

ぼ、僕はそんな——!!」


「ルイス」


背後から、聞き慣れた声がした。


「うわぁっ!?

ハニエル!!?」


絶妙すぎるタイミングで現れたハニエルに、ルイスは思わず声を上げる。


「遅くなってごめん。少し長引いてしまって」


空から静かに降り立ったハニエルは、そう言って微笑んだ。


「い、いや!

僕は全然大丈夫だよ。

ハニエルこそ、遅くまでお疲れ様!」


「おーい。俺もここにいるんですけどー」


ウリエルが手を振る。


「あぁ、ウリエル。

……ルイスに変なこと、吹き込んでないだろうね?」


相変わらず冷たい視線。


「何もしてねぇよ。

ほんと信用されてねぇなぁ……」


その声は、ほんの少しだけ寂しそうだった。


「修行はどうだった?」


ハニエルはウリエルを無視して、ルイスに尋ねる。


「うん。

ウリエルのおかげで、だいぶ掴めた。

実戦でも、できそうな気がする」


「そう……。

ウリエル、助かったよ」


短くそう言って、視線を向ける。


「任務任せちまったしな。

じゃ、俺は退散するとするか」


ウリエルは立ち上がり、その場を離れようとした。


「あっ!

ウリエル!

……今日は、ありがとう!」


ルイスの声に、ウリエルは振り返らず、手だけ振って去っていった。


(なんだかんだ、ちゃんと付き合ってくれたし……

いい人だったな……)


「ウリエルって、ハニエルの友達なの?」


「はっ?

あれと友達なわけないだろ」


心底嫌そうに、ハニエルは即答した。


「ただの天界での同期だよ」


(……そんなに嫌いなんだ……

ウリエル、ちょっと可哀想かも……)


「……はは。

そ、そうなんだ……」


苦笑いするルイスに、ハニエルは続ける。


「もう遅いし、今日はここまで。

ルイスも、そろそろ帰った方がいい」


「あっ……うん……

……あの、ハニエル!」


「どうしたの?」


「……明日、僕も悪魔退治に行きたい」


覚悟を決めた目で、ルイスは言った。


「……もう、いいの?」


「うん!

コツは掴めたし、この感覚を忘れないうちに実戦に行きたいんだ!」


「……そう。

わかった。じゃあ、明日一緒に行こう」


ハニエルは静かに微笑んだ。


———


こうして、ルイスは

二度目の悪魔との実戦へと向かうことになる。


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