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ep3 悪魔討伐


神聖な森の奥深く——

澄んだ空気を切り裂くように、二振りの剣がぶつかり合う音が響いていた。


今日も、いつもと変わらず、ルイスの修行は行われている。


「っ……! はああああ!!」


ルイスは気合いとともに、勢いよくハニエルへ斬りかかった。

しかし、その刃は容易く受け止められる。


カキン、と乾いた音を立てて、ハニエルの剣がルイスの剣を受け止めた。


「うん……だいぶ形になってきたね」


剣を交えたまま、ハニエルは落ち着いた声で言った。


「えっ? そ、そうかな?!」

ルイスは思わず声を弾ませる。


だが、その次の瞬間。


「……でも——」


ハニエルは一気に力を込め、ルイスを押し返した。

体勢を崩した隙を逃さず、低い位置へと回り込み、脇腹へ刃を走らせる。


「なっ……!!」


「胴がガラ空きだよ、ルイス」


寸前で止められた刃。

ハニエルはゆっくりと剣を下ろした。


「……っ。くそっ……」

ルイスは歯を噛みしめ、悔しそうに息を吐く。


「ふふ……でもね」

ハニエルは柔らかく微笑んだ。

「前よりずっと良くなってきてる。あとは——敵の動きを見極める“洞察力”が必要だね」


「……洞察力か……」

ルイスは額を流れる汗を、ポケットから取り出したハンカチで拭いながら呟いた。


「敵は予想外の動きをするし、思わぬ方向から攻撃してくることもある。

そこを見抜けるようになれば、一気に勝利への糸口が見えてくるよ」


ハニエルは少し考え込むように、頬杖をついた。


「……そうだな。じゃあさ」

ふと顔を上げる。

「実際に、もう悪魔と戦ってみる?」


「えっ!?」

ルイスは目を見開いた。

「ま、まだ無理だよ! ただでさえハニエルにも全然勝ててないのに……!!」


「私に勝つことなんて、無理だよ」


淡々と放たれたその言葉が、

鋭く、ルイスの胸に突き刺さる。


「うっ……」

思わず言葉を失う。


「最初にも言ったでしょ。やっぱり実戦あるのみだよ。

私がちゃんとフォローするから、やってみよう」


「えっ……ええっ……」


綺麗な顔をして、ハニエルは時々とんでもないことを言う。

やはり天使と人間では、感覚そのものが違うのだろうか——。



———-


その夜。


ルイスとハニエルは、森のさらに奥深くへと足を踏み入れていた。

悪魔が現れるのを待つためだ。


「ハニエル……本当にやるの……?」

ルイスは不安を隠しきれず、声を落として尋ねる。


「うん。大丈夫だよ」

ハニエルは迷いなく答えた。

「私がついてるから」


「そう……なんだけどさ……」

早すぎるのではないか——

そう思いながらも、ルイスはなぜかハニエルに逆らえなかった。


それから、一時間ほどが経った。


「……悪魔、出てこないね……」


「うん……」

ハニエルは、どこか遠くを見るように答える。


「や、やっぱり今日は——」

「ルイス」


ハニエルが静かに名を呼び、向かい側を指さした。


「……悪魔。出たよ」


「えっ……?」


視線の先。

茂みの奥に、不気味な黒い影が蠢いている。


「よし、行くよ」


そう言うと、ハニエルは一気に駆け出した。


「あっ! ま、待ってハニエル!!」

ルイスも慌てて後を追う。


走りながら、ハニエルは瞬時に翼から剣を顕現させた。

影へ追いつくと、迷いなく刃を振るう。


—— 一閃。


悪魔は抵抗する間もなく、光の中へと消滅した。


「……っ!!」

ルイスは、初めて目の当たりにした悪魔との戦闘に、言葉を失う。


「ルイス、後ろ!!」


「えっ——」


振り向いたその瞬間。

そこには、もう一体の悪魔が立っていた。


人に似た輪郭を持ちながら、怪物のような歪な容貌。

コウモリのような、黒く濁った翼。


「ァァ……アァ……」


不気味な声を発しながら、悪魔はゆっくりと近づいてくる。


(こ……これが……悪魔……。

初めて……見た……)


圧倒的な威圧感に、ルイスの足は地面に縫い止められたように動かなかった。


鋭い爪が振り上げられる。


「ルイス!!」


ハニエルの叫びで、ルイスは我に返る。

間一髪、転がるようにして攻撃を避けた。


「っ……はぁ、はぁ……」

立ち上がろうとするが、赤く光る悪魔の目が、恐怖となって全身を縛りつける。


「くそっ……!! はああああ!!!」


焦りのまま、ルイスは突っ込んだ。

剣を振りかざし、悪魔の腹部へと叩き込む。


ズシッ——


確かに、当たった。

……はずだった。


「かっ……硬い……?!」


刃は、皮膚を貫いていなかった。


「ァァア……ヴアアァァ!!」


悪魔はルイスの剣を掴み、そのまま力任せに振り払った。


「うああぁっ!!」


吹き飛ばされ、地面に叩きつけられる。


「ァァ……ヴヴ……」


悪魔は容赦なく、再び迫ってくる。


「はぁ……はぁ……はぁっ……」

(動け……動け……。

殺される……殺されるっ……!!)


必死にそう思うのに、身体は言うことを聞かない。

腰が抜けたように、動けなかった。


——その時。


目前まで迫っていた悪魔が、突然その場に崩れ落ちた。


「ルイス、大丈夫?!」

どうやら、ハニエルが後方から悪魔を倒してくれたようだ。


「ハ……ハニエル……」


「ごめんね、ルイス。無茶をさせた」

駆け寄り、心配そうに覗き込む。

「怪我はない?」


「う……うん……。だい……大丈夫……」

動悸が止まらず、額を冷や汗が伝う。


「……今日は、一旦撤退しよう」


動けなくなったルイスを見て、ハニエルはそう告げた。


その日の悪魔退治は、ここで中断となった——。


  ◆ ◆ ◆



翌朝——

ルイスは、身体中が鉛のように重く、起き上がることができなかった。


(昨日の悪魔退治……。

僕、何もできなかった……)


まぶたを閉じると、昨夜の光景が蘇る。

迫りくる悪魔の赤い目。

動かない身体。

そして、助けられた自分。


(ハニエルにも……情けないところを見せてしまった……)


自分の無力さと情けなさに、胸がぎゅっと締めつけられる。


「ルイスー? 起きてるー?」


部屋の外から、母の声が聞こえた。

ルイスは重い身体を無理やり起こし、ふらつきながら部屋を出る。


すると、母の様子がどこかいつもと違っていた。


「どうしたの? 母さん」


「あっ、ルイス。ちょっとこっち来てくれる?」


母に促され、玄関へ向かう。

扉を開けると、母はポストの下を指さした。


「これ……ルイスのハンカチよね?」


そこには、昨日使っていたハンカチと、

白い布に包まれた、たくさんの林檎が置かれていた。


「こ、これ……」


「朝、ポストを確認しようとしたら置いてあったのよ。

ルイス、何か心当たりある?」


——きっと、昨日。

悪魔の攻撃を避けようとして転んだ時に、落としたんだ。


(ハニエルが……届けてくれたのか……?

それに、この林檎……)


どうやって家が分かったのか。

疑問は尽きないが、ルイスは母に笑って答えた。


「うん……。たぶん、わかるよ。

今から、その人にお礼を言ってくる」


そう言うと、急いで家を出る準備をした——。



———-


「ハァ……ハァ……」


息を切らしながら、ルイスはいつもの修行場所へ辿り着いた。


「ハニエルっ! ハニエル!!」


静まり返った森に、声が響く。


「ハニエルっ! いないのか?!」


辺りを見渡しても、姿は見えない。


(ハニエル……どこに……)


別の場所を探そうと、歩き出したその時。


「あれっ……ルイス?」


背後から聞こえた声に、ルイスは振り返る。


そこには、両腕いっぱいに果実を抱えたハニエルが立っていた。


「ハ、ハニエル?!

よかった……いた……。

そ、それは……?」


「あっ……これ?

ルイスにあげようと思って……取ってきた」


「……!

やっぱり、あのハンカチと林檎……ハニエルが?」


「うん……。

元気になってほしくて……。

迷惑だったかな……?」


どこか不安そうに話すハニエルの姿は、

まるで叱られるのを待つ子供のようで——

ルイスの胸が、きゅっと締めつけられた。


「そ、そんなことない!

すごく……嬉しかった。ありがとう」


「……よかった」

ハニエルは、ほっとしたように微笑んだ。


「ハニエル……あの……」

ルイスは意を決して口を開く。

「昨日……僕、何もできなくて……。

ごめん……」


拳を握りしめる。


「せっかく、ハニエルが時間を削って教えてくれたのに……

何の成果も出せなくて……」


「……」

少し間を置いて、ハニエルが口を開いた。


「……いや。私こそ、ごめん」

視線を落とし、静かに続ける。

「強引に、実戦をやろうなんて言って……

ルイスの気持ち、ちゃんと考えられてなかった」


「ち、違うっ!」

ルイスは慌てて首を振る。

「謝らないで!

悪いのは……実力不足な僕だ……!」


「……」

ハニエルは、しばらく俯いたままだった。


「……あのっ」

ルイスは、思い切って一歩踏み出す。

「我儘なのは分かってるけど……

もう一度、チャンスをくれないか?」


深く、頭を下げる。


「次こそ……必ず、自分の力で悪魔を倒す。

だから……少しだけ、もう少しだけ……

修行に付き合ってほしい……。お願いします」


「ルイス……」

ハニエルは、優しく声をかけた。

「頭、上げて」


ゆっくり顔を上げると、ハニエルは穏やかに微笑んでいた。


「もちろん、付き合うよ。

今度は、無茶はさせない」


「っ……!!」

ルイスの顔が一気に明るくなる。

「ありがとう!! ハニエル!!」

ルイスはホッと笑みが溢れた。


「もっともっと頑張らなきゃ…。

……あれ? そういえば……」


ふと、疑問が浮かぶ。


「ハニエル、どうして僕の家が分かったの?」


「……」

一瞬、間を置いて。


「ルイスの匂いと、気配を辿った」


「えっ?! に、匂い?!

天使って、そんなことできるの?!」


「深く関わった人間ならね。

匂いや気配、感覚的なものを手がかりに探せる」


少し言いづらそうに、付け加える。


「……あと、ハンカチにルイスの匂いがついてたから」


「……っ」


感心する気持ちと同時に、

自分の匂いを嗅がれていたと気づき、

ルイスの顔は一気に熱くなった。


「どうしたの? ルイス」


「い、いやっ!

な、何でもない……!」


しばらく、ルイスの顔は林檎のように真っ赤だった。


こうして——

ハニエルとルイスの修行は、

もう少しだけ、続くことになった。


———


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