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ep1 君を助けにきた


少し曇りがかった朝の空。

物寂しさを含んだ冷たい空気が、少年の身体を震わせた。


「うぅっ……寒い……」


「ルイス、これ持っていきなさい」


家の扉を開け、母が急ぐようにマフラーを渡す。


「ありがとう、母さん」


「気をつけてね」


「うん、行ってきます!」


ルイスはマフラーを巻き、駆け足で仕事へ向かった。



———


人気のない早朝の街は、まるで世界に自分ひとりだけが取り残されたようだった。


数年前から始めた機工職の仕事は辛く、好きになれない。

けれど戦死した父の代わりに、母の負担を少しでも減らしたかった。


繁華街を抜け、近道の路地裏へ入ろうとしたとき——


「おう!今日も早いな、ルイス!」


「あっ、おはよう!パウロさん!」


店の準備をしていた花屋の店主・パウロが声をかけてきた。

ごつい体にノースリーブという謎の服装の、明るいおじさんだ。


「今日は冷えるなぁ」と言いながら薄着のパウロに、ルイスは苦笑する。


「そうだね……(いや絶対寒いでしょ…)」


パウロは続けた。


「そういえば新しい花が入荷したんだ。今度また買いに来てくれよ」


「へぇ〜!母さん喜ぶかも。どんな花?」


談笑していると、路地の影から男たちの低い声が聞こえた。


「どうする? この街、探せばまた上物が見つかるんじゃねぇか?」


「もう勘弁してくれ。俺は限界だ。第一、“これ”以上の獲物なんてそうそうねぇだろ」


ルイスが視線を向けると、パウロが小声で言った。


「あいつら、最近噂の連中だ。身寄りのない若い女を攫って売り飛ばす悪党だ。絶対近づくなよ」


(そんなやつらが、この街に……)


男たちの後ろの荷馬車に目を移すと——

何かが中にいるようだった。


ちょうどその時、男の片方が場を離れ、ひとりだけになった。


胸の奥で、理由もなく強い感覚が湧き上がる。


(……助けなきゃ)


他人のはずなのに、どうしようもなくそう思った。


パウロがルイスの視線に気づく。


「おい、見るなって。絡まれたら厄介だ」


「パウロさん……」


「ん?なんだ?」


「お願いがあるんだけど——」



———-


「ったく、あいつどんだけ長く糞してんだ。置いてくぞ……」


ひとり残った男がぼやいていると——


「す、すみませ〜ん!」


「……は?」


そこには、いつも威勢のいいパウロがやけに腰を低くして立っていた。


「な、何だぁお前」


「じ、実は迷ってしまってねぇ……ちょーっと道を教えてほしいんだけど……」


(ったくルイス、俺にこんな役やらせやがって……! 早くしろよな!!)


パウロが必死に気を逸らす間、ルイスは荷馬車の後ろへ忍び寄った。


(パウロさんごめんっ……! 少しだけ待ってて!)


幌の中に滑り込むと——

そこには、ひとりの少女が囚われていた。


だが次の瞬間、ルイスは息を呑んだ。

白い翼。

淡く輝く黄金の瞳。

この世のものとは思えない美しさ。


時間が止まったようだった。


「……天、使……?」


少女は静かにルイスを見つめ返した。

その透明な視線に我に返り、彼は慌てて縄をほどきながら言った。


「君を助けに来た。一緒に逃げよう」


「……助けに?」


「時間がないんだ。さあ——行くよ」


縄を解き終えるとルイスは、迷いなく少女を抱き上げた。


「えっ……」


突然抱えられて驚きつつも、少女は抵抗しなかった。


外を見ると、パウロの誤魔化しがもう限界に近い。


(ごめん、パウロさん……! 今度花たくさん買うから!!)


ルイスは少女を抱えたまま静かに抜け出し、全力で走り出した。


抱きしめられた少女の身体に、少年の体温が伝わる。

なぜかその温もりは、ひどく安心できた。


一瞬だけ、懐かしさに似た感覚さえ胸をよぎる。


(……なに、この感じ……?)


2人はそのまま、鬱蒼とした森へと駆けていった。




———-



「ハァ、ハァ……」


ルイスたちは、あれから森の奥まで必死に走ってきた。


「さすがに……ここまで来れば……大丈夫、だよね……」


まだ14歳であるルイスにとって、恐らく自分より年上である少女を抱えたままの全力疾走はかなりきつかった。息も汗も止まらない。

ルイスは、繊細なガラス細工でも扱うように少女をそっと地面へ下ろし、自分もその隣に座り込んだ。


「あ、あのっ……」


少女が遠慮がちに声をかけようとした瞬間、ルイスがはっと顔を上げる。


「あ!! 怪我! どこも傷つけられてない?! あいつらに何かされたとか……!」


「あっ……う、うん。大丈夫。」

少女は目を丸くして答える。


「そっか……よかった……」


安堵と疲労が一気に押し寄せたのか、ルイスはその場に仰向けに倒れ込んだ。


「あ、あの……助けてくれて、ありがとう」

ぎこちなく頭を下げる少女。


「そんな、僕が勝手に助けただけだから。でも……無事で本当によかった」

ルイスは疲れているのに、どこか温かい笑顔を向けた。


その笑顔を見た瞬間、少女の胸がきゅっと縮まる。

(また……この感じ……何だろう……)


「僕はルイス。……君は、その姿……人間じゃないよね?」


少女は少し表情を引き締め、落ち着いた声で答えた。


「……私は天使。昨晩、悪魔との戦闘を終えて疲れて眠ってしまったところを、男たちに囚われてしまった。君には迷惑をかけてしまった…。」


「悪魔……?」


ルイスはその言葉に思わず反応した。


「天使にとっては、悪魔退治は仕事の一つだよ」

ハニエルは腕を組んで言う。


その言葉が、ルイスの記憶を刺激した。


父さんが生きていた頃、よく話してくれた──

“天使は昔、人間と共に悪魔を討つ存在だった”と。

希少で、姿すら滅多に見られない、と。


(父さんの言ってたこと……本当だったんだ……)


少女は森の奥へ視線を向け、険しい表情になった。


「この辺りにはまだ悪魔の気配がある。早めに片付けたい」


「──あ、あのさ!!」

ルイスは勢いよく身体を起こした。


「その悪魔退治! 僕も……僕も一緒にやらせてくれないか?!」


「……え?」

ハニエルは目を丸くする。


「僕の父さん……昔は悪魔退治をしてた騎士だったんだ。でも、悪魔との戦闘で死んじゃって……。だけど僕、ずっと父さんみたいな強い騎士になりたかった!

いつか母さんや街の人を守れるようになりたいんだ!」

ルイスは拳を握りしめながら話し続けた。

「…父さんの所属していた聖紋騎士団は、16歳から入団できる。けど、そのためには試験に受からなければいけないんだ。僕の今の実力じゃ、到底受からない。だから、強くならなきゃなんだ…」


ルイスは一度、言葉を区切る。


「……騎士団に入る人たちは、小さい頃から訓練してる人ばかりで……家柄だって、代々続いてるような人が多いし……」


少しだけ視線を落とす。


「僕は、父さんがいなくなってから、そういう訓練も受けてないし……特別、才能があるわけでもない」


それでも――


「だからこそ、自分で強くならなきゃいけないんだ」


「……」


少女は黙ってルイスを見ていた。

出会ったばかりの少年なのに──胸の奥に、なぜか“力になりたい”という感情が静かに芽生えていく。


「……やっぱり、駄目……かな……」

ルイスが俯きかけた瞬間。


「いいよ」


「……え?」


「助けてもらった恩もある。ルイスに、悪魔の倒し方、教えてあげる」


「えっ!!? ほ、ほんとに!?」


ルイスは飛び上がる勢いで少女の両手を掴んだ。


「ありがとう!! 本当にありがとう!! あ、君の名前は……?」


勢いに圧倒されながらも、少女は答える。


「は、ハニエル……」


「ハニエル! よろしく!!」

ルイスは満面の笑みでハニエルの両手を上下にぶんぶん振った。


「……うん。よろしく」


「僕、ちょうど明日仕事休みだから、ハニエルの予定が大丈夫なら──あーーーーーっ!!!」


突然の叫びに、ハニエルの肩がビクリと跳ねた。


「ど、どうしたの?」


「ぼ、僕! 今から仕事行かなきゃいけなかったんだ!! ごめん! また明日!!」


ルイスは大慌てで走り出す。


「えっ、ちょ……」

ハニエルは彼の勢いにただ呆然。


が──ルイスは急に止まって振り向いた。


「あっ!! 明日! この時間にここで会える?!」


「……大丈夫だけど」


「ありがとう!! じゃあ、また明日!!」


そう叫んで、ルイスは森を駆け抜けていった。


「……また、明日……」


誰もいなくなった静かな森で、

ハニエルはそっと呟いた。


胸の奥が、ほんの少しだけ温かかった。

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