プロローグ
満ちた月光が森を照らす夜だった。
静寂の奥で、悪魔と少女の戦いがようやく終わろうとしていた。
少女の背には、大きな白い翼。
淡い黄緑の長い髪が流れ、透き通る肌に黄金の瞳が揺れる。
薄く灰を含んだ白いワンピースが、風にふわりと舞った。
「はぁ……疲れた……」
悪魔をすべて倒し、そっと地上へ舞い降りた少女は、ひとつ息をついた。
ここ数日、彼女は天界からの任務に追われ、休まず悪魔と戦い続けていた。
一気に片づけた結果、いくら天使とはいえ体力は限界だった。
「少しだけ……休もう……」
疲労が頂点に達し、近くの大樹にもたれかかった。
静かに目を閉じると、意識はすぐ深い眠りへと落ちていった。
◆ ◆ ◆
——どれほど時間が経ったのだろう。
「おい、これ……だいぶ高く売れるぞ」
「森の抜け道で上物が拾えるとはな」
男たちの低い声が、聞こえてくる。
目を開けると、両手首も足首も固く縛られていた。
その瞬間、少女はハッと息をのむ。
(……またやっちゃった)
任務後に眠りこけ、悪党に捕まる——
それは彼女が昔から抱える“悪癖”だった。
どうやら今回も、人身売買を営む運び屋に拾われたらしい。
正直、逃げようと思えば逃げ出せる。
だが身体はまだ本調子とは言えず、無理に動けば返って危険だ。
少女は隙が生まれる瞬間を待つことにした。
荷馬車が規則的に揺れる。
その感覚は、揺籠のように心地よかった。
(……また眠ってしまいそう……)
瞼が重くなっていく。
意識が朦朧とする中で、馬の蹄が土を叩くたび、運命の歯車が静かに軋む音がした。
その小さな寝息の裏で、運命はすでに動き始めていた。




