ep10 人間と悪魔
ハニエルたちは、エルデの東の地域へと向かっていた。
ここ最近、野宿が続いていた三人は、そろそろまともな宿に泊まりたい頃合いだった。
レオの話では、この先に大きくはないが、それなりに栄えた街があるらしい。三人はそこを目指して歩いている。
歩きながら、ルイスがふと思い出したように口を開いた。
「そういえばさ、この前戦った悪魔、人間の言葉を話してたよね。悪魔って、言葉を話せるの?」
「……悪魔は、人間の姿形に近づけば近づくほど強くなる。見た目だけじゃなく、精神も同じように成長する。だから、強い悪魔ほど饒舌に喋るんだよ」
ハニエルはそう説明した。
「じゃあ、人間とまったく同じ姿をした悪魔もいるってこと?」
「うん。いるよ。中には人間の世界に紛れ込んで生きている悪魔もいる」
「そ、そんな……」
「悪魔は人間を殺して正気を奪い、強くそして賢くなる。自分が生き抜くためならどんな汚い手だって使う」
「俺も昔、人間の姿をした悪魔と遭遇したことがある」
会話に加わるように、レオが言った。
「アイツらは人の善意につけ込んで、あらゆる手で人を貶める」
「そんなの……見分けがつかないじゃないか……」
(もしかして、僕は気づかないまま、今まで悪魔と接していたのかもしれない……)
ルイスの背筋を、ぞっとした寒気が走った。
「そうだね。見分けられるのは、私たち天使くらいだ。だからこそ、悪魔が力をつける前に討伐したいんだけど……」
「ここ数年、悪魔の数も一向に減らねぇしな。どうなってんだよ」
レオは気だるそうに頭をかいた。
「天界からの悪魔討伐の任務も増えている。私ひとりでは、人探しと同時にこなすのがどうしても難しくてね……」
「だから……ルイスとレオがいてくれて、すごく心強いよ」
ハニエルは、どこか嬉しそうに微笑んだ。
「……エリアスのことは、絶対に一緒に見つけよう」
その表情を見て、ルイスは強く言った。
「エリアス?」
後ろを歩いていたレオが首を傾げる。
「ハニエルが探してる魂の、前世の名前だよ」
「へぇ。名前からして、ひ弱そうな男だな。そんな奴、とっとと忘れて俺と――」
ドスッ!
乾いた音とともに、ルイスの拳がレオの腹にめり込んだ。
「ル、ルイスてめぇ……!」
レオは腹を押さえてうずくまる。
「ハニエルに変なこと言わないでください。次は股間を狙います」
ルイスは、ゴミを見るような目でレオを見下ろした。
「く、クソガキが……!」
「……二人とも、早く行くよ」
ハニエルは少し呆れながら、歩き出した。
———
やがて三人は街へと辿り着いた。
建物は少し古びているものの、店も多く、通りはそれなりに賑わっていて、穏やかな空気が流れている。
「ここなら宿も見つかりそうだね」
ルイスは辺りを見回した。
「あ〜……酒が飲みてぇ」
「まずは宿探しです。ちゃんと探してください」
ルイスはだるそうなレオに注意した。
この街は子供が多いのだろうか。あちこちで小さな子供たちがはしゃいでいる。
子供が多い街は、それだけ豊かな証だ。ルイスは思わず微笑んだ。
ハニエルに話しかけようと振り返ると、彼女は足を止め、どこか遠くを見つめていた。
「……ハニエル? どうしたの?」
「……何でもない」
そう言って、ハニエルは再び歩き出す。
少し気になりながらも、ルイスはその背中を追った。
———
三人は何とか宿を見つけ、街の酒場で夕食を取ることにした。
「っあ〜!!」
レオはビールジョッキを一気に煽った。
「す、すごい……! 酒場って、こんなに美味しそうなご飯があるんですね!」
ルイスは目の前の料理に目を輝かせている。
「ハニエルも食べようよ! 美味しそうだよ!」
いつもよりテンションの高いルイスに、ハニエルは微笑んだ。ルイスは子供のように夢中で食べている。
「そういやよ」
少し頬を赤らめたレオが、ハニエルに声をかける。
「天使は人間になれるって言ってたけど、どうやるんだ?」
「……条件は二つ。
一つは、天使の階級で“大天使”になること。私はすでにその上の“主天使”だから、それは満たしている」
「もう一つは……自分を愛してくれる人間からの口づけ」
「……ふっ、御伽話かよ」
レオは鼻で笑い、ハニエルの顎に手を添えて顔を近づけた。
「その王子様のキスを待ってるってわけか?」
「俺がキスして、人間にしてやろうか?」
二人の距離は、もうキスしてしまいそうなほど近かった。
「……レオとしても、ならないよ。あくまで、私を愛してくれている人間との口づけだから」
「っ――!! れおっ! なにやってるんですか!!」
口いっぱいに料理を詰め込んでいたルイスが叫んだ。
「はにえるから、はなれ……ごほっ! ごほっ!!」
思いきりむせて、喉を詰まらせる。
「ルイス! 大丈夫?」
ハニエルは慌てて背中をさすった。
「ぐ……くるしい……」
「ったく……」
レオはため息をつき、再び酒をあおった。
◆ ◆ ◆
翌朝、ルイスとレオは同じ部屋に泊まっていたが、そこにレオの姿はなかった。
昨夜、酒場を出る際、レオは二人組の美女に声をかけられ、そのままどこかへ消えてしまったのだ。
「……はぁ」
ルイスはため息をつきながら、ハニエルの部屋へ向かった。
(なんであんな奴がモテるんだ……。やっぱり顔なのか……!?)
モヤモヤしたまま、ドアをノックする。
「ハニエル? 起きてる?」
返事はない。
ドアを少し開けて中を覗くと、部屋は空っぽだった。
「……出かけたのか」
「しょうがない……。僕ひとりでレオを探しに行くか……」
不満げにつぶやきながら、ルイスは宿を後にした。
————
賑わう商店街の一角で、十歳前後の少年が買い物をしていた。
「おい、坊主! これサービスだ、持ってけ!」
気前のいい店主が野菜を手渡す。
「ありがとう、おじさん」
少年の名はアベル。
彼は――悪魔だった。
それも、人間の姿をした悪魔である。
五年前――
アベルは天使に追われ、消滅させられそうになりながら逃げ回っていた。そんなとき、たまたまこの街を通りかかり、ひとり暮らしの老人に声をかけられた。
老人は、アベルを孤児だと思ったのだろう。
何も聞かず、家に招き入れ、毛布と食事を与えてくれた。
「しばらく、ここにいるといい」
そう言って、アベルをそのまま受け入れたのだ。
(助かった……。ここで少し匿ってもらおう。
この爺さんも、利用するだけ利用して……そのうち殺せばいい……)
そう思っていたはずだった。
だが、その計画は、思いもよらぬ形で狂い始める。
ある朝、リビングから大きな物音がして、アベルは目を覚ました。
「な、なんだ?」
駆けつけると、老人が床に倒れていた。
「お、おい! 大丈夫かよ、爺さん!」
「ああ……すまんねぇ。最近、足が悪くて……。はは、年には敵わん」
老人は力なく笑った。
老人は毎日、見ず知らずのアベルのために身の回りの世話をしてくれていた。今朝も、きっと朝食を作ろうとして転んだのだろう。
「……無理すんな。ほら、手貸すから」
アベルは老人の手を取り、起き上がらせた。
「ありがとう……アベル。お前は優しい子だね」
優しく微笑むその顔に、アベルの胸が少しだけ痛んだ。
(……違うよ、爺さん。
俺は悪魔だ。
人を殺して、力をつけて……この姿になった……
優しくなんかない……)
その日から、アベルは老人の家の手伝いをするようになった。
買い出しや、庭の畑の世話。足の悪い老人の代わりに、できることを覚えていった。
(……まぁ、命を助けてもらったしな。少しくらい恩返ししてやるか……)
最初は、ただの気まぐれだった。
だが、老人は何をするたびに、必ず言った。
「ありがとう……アベル」
その言葉を、アベルは生まれて初めて向けられた。
そして、それは思っていた以上に心を温めた。
ある夜、ベッドに入り、眠る前にアベルはふと尋ねた。
「なぁ、爺さん……」
「ん? どうした?」
「……俺さ……ここにいても、いいのか……?」
悪魔である自分が、人間のふりをして暮らしていること。
それが、急に怖くなったのだ。
「……私はね、アベルと一緒に暮らせてとても幸せだ。
いていいんだよ。好きなだけ、ここに居なさい」
老人はそう言って、優しくアベルの頭を撫でた。
———
それからアベルは、人間のふりをしてこの街で生き続けてきた。
サービスで貰った野菜をバッグに入れ、老人の待つ家へ戻ろうとした、その時だった。
どくん、と心臓が強く脈打つ。
「……!」
視線の先にいたのは、天使。
主天使――ハニエル。
(あれは……天使……!? 羽は消してるが、間違いない……なんでこんな所に……)
その瞬間、ハニエルと目が合った。
「っ……やばい!」
アベルは、反射的にその場から走り出した。
ハニエルは、静かにその背中を見送っていた。
————
全速力で走り、アベルは老人の家へ飛び込んだ。
「はぁ……はぁ……」
(大丈夫だ……。逃げ切れた……)
「おや? どうした、アベル?」
老人が心配そうに声をかける。
「い、いや……野良犬に追いかけられて……」
「野良犬? 怪我はないか?」
「大丈夫……。ちょっと休む……」
(あの天使は、かなり強い。
この街にいることも、時間の問題で気づかれる……どうする……)
アベルの胸は、動悸でいっぱいだった。
⸻
「はぁ……一体どこにいるんだよ……」
ルイスはレオを探して、繁華街を歩き回っていた。
「っていうか、なんで僕がレオを探さなきゃいけないんだ……?
なんかだんだん腹立ってきた……。もうレオなんか放っておいて、ハニエルと二人で――」
その瞬間、路地の先に見覚えのある男が転がっているのが目に入った。
路上でみっともなく寝転がっているレオだった。
「……っ、この人は……なんでこうも……」
ルイスは拳を握りしめ、込み上げる怒りを必死に抑える。
「レオ……起きてください……」
呼びかけても、反応はない。
「起きろ……。
起きろ!! この変態クズ野郎ー!!!!」
ついに堪忍袋の緒が切れ、ルイスは寝ているレオを思いきり蹴飛ばした。
「痛っっ!? な、何すんだよ……!
つーか、ここどこだ……?」
半分寝ぼけたまま、レオが体を起こす。
「レオ、こんなところで何してるんですか」
「何って……うっ……うゔぇ……」
レオはその場で盛大に吐いた。
「……二日酔いになるまで飲んだんですね。本当にだらしない……」
ルイスの視線は、あからさまな軽蔑を帯びていた。
「ゔゔっ……気持ち悪ぃ……」
「もう……しょうがないですね!!」
ルイスは渋々、レオに肩を貸して宿へ連れて行こうとする。
「あーもう……あれほど迷惑かけるなって言ったのに……」
ぶつぶつと文句を言いながら歩いていると、ふわりと何かが空から舞い降りてきた。
「ルイス」
現れたのは、羽を広げたハニエルだった。
「ハニエル! どこに行ってたの?」
「悪魔を追ってた。やっと居場所が掴めたの。
しかも、人間の姿をしている」
「えっ!? それって……大変だ!
あっ、でも今レオが酔いつぶれてて……」
「レオが……?」
ハニエルは首を傾げ、ぐったりしたレオを見つめた。
「……うーん」
少し考えたあと、ハニエルはそっとレオの腹部に手を当て、穏やかな光を灯す。
「どう? 少しは楽になった?」
「うっ……ゔーん……。た、たぶん……」
まだ気分は悪そうだが、さっきより明らかに顔色が良くなっていた。
「ハニエル……! 二日酔いまで治せるの?」
「……やったことないけど、なんとなく、こんな感じかなって……」
「はっ、そうだ! 悪魔がいるんだよね!? 早く行こう!」
「うん。ついてきて」
三人は急いで、その場所へ向かった。
⸻
「なぁ、爺さん」
「ん? どうした、アベル?」
「俺さ……そろそろ、ここを出ようかなって思うんだ」
「……」
老人は、驚いたように目を見開いた。
アベルは、自分が天使に見つかり、悪魔であることが露見する前に、この家を出ようと決めた。
「いつまでも世話になってるわけにはいかないしな……。
まあ最近は、俺のほうが世話してるけど」
冗談めかして笑う。
「俺がいなくなったら、買い物とかは近所の人に頼めよ。
足が悪いんだから、無理すんな」
「アベル……」
「長い間、ありがとな……爺さん……。
俺――」
その瞬間、家のドアがノックされた。
「すみませーん! どなたかいらっしゃいますか?」
「!?」
アベルの額に冷や汗が浮かぶ。
「おや……お客さんかな……?」
老人はゆっくりと立ち上がり、ドアへ向かおうとした。
アベルの心臓が大きく脈打つ。
「……じ、爺さん……開けるな! 開けちゃダメだ!」
「ん……?」
戸惑う老人の耳に、外から再び声が届く。
「どなたかいませんかー?」
(天使の仲間か……!? もうここがバレたのか……!?)
次の瞬間――
ドアが勢いよく開かれた。
「……っ!?」
そこに立っていたのは、神々しい光をまとった主天使。
「人間の皮をかぶった悪魔……。
今から、お前を処刑する」
主天使・ハニエルが、アベルを真っ直ぐに見据えていた――。
本日、pixivにてメインキャラクターのイメージイラストを更新したので、もしよければチェックしてみてください。
絵は練習中の身なので温かい目で見ていただければと思います…m(_ _)m
▽pixiv
https://www.pixiv.net/users/13376224




