ep9 天への導き
「そういえばよ、探してる人ってのはどんな奴なんだ?」
三人での旅が始まり、道を歩いている最中。
レオがふと、ハニエルに問いかけた。
「あぁ……。私が昔、親しくしていた人でね。今は魂が転生して、別の人間として生きている」
「転生……。ほんとにそんなことあんだな……」
「転生した彼は、今は二十二歳前後の男性として生きている――それくらいしか、分からないんだ」
「天使の力で調べられたりできねーのか?」
「ハニエルは、過去に深く関わった人間なら、たとえ転生しても、その魂の気配や感覚を辿ることができるんだよ」
なぜか得意げに、ルイスがレオへ説明する。
「でも、転生してしまうと、魂は同じでも、外見や匂い、気配の“形”は多少変わってしまう。
やはり、それだけを頼りに探すのは少し難しいし、時間もかかるんだ」
ハニエルは、ルイスの言葉に補足するように静かに続けた。
「なるほどな……。
それで、俺やルイスを使って、昔の男を一緒に探してもらおうってことか……」
「レオ……言い方……」
ルイスは、思わず鋭い視線を向ける。
「別にいいよ。それに、言ってることは間違ってないしね」
ハニエルは、淡々とそう返した。
「でも、見つけてどうすんだ? 所詮、天使と人間だろ?」
「私は、彼を見つけて人間になるのが最終目的。
天使は、ある条件を満たせば、人間として生きることができるんだ」
「そーいうことかよ。なーんだ。
どうせ、その男と“来世も一緒に……”とか言って、誓い合ったんだろ?」
レオは腕を頭の後ろに組み、気だるそうに続ける。
「いまだに、あっちから迎えにも来ねぇ男なんて、大したことねーよ」
「ちょっ、レオ!
そんな言い方はないんじゃないのか?!」
ルイスは慌てて、レオに食ってかかる。
「女ってのはな、次の男ができたら、案外すぐに過去の男なんて忘れるもんだ」
そう言いながら、レオはハニエルの肩を引き寄せた。
「……だから……そんな奴、忘れて。
俺にしとけばいいんじゃね?」
「なっ!!!!
何やってるんですかああ!!!」
ルイスは慌てて二人の間に割って入り、レオとハニエルを引き離す。
「……」
ハニエルは、呆れたような、冷ややかな視線でレオを見ていた。
「レオ! あなたは、そういうところです!!
女性なら誰でもいいんですか!?
ハニエルだけは、絶対に手を出したらダメですからね!!」
ルイスは、ハニエルを庇うように立ち、必死に訴える。
「誰でもいいわけねーだろ?
最初から思ってたけど、マジでタイプだ」
真顔で、レオはそう言い切った。
「っ!!
この変態クズ野郎!!
二度とハニエルに触るな!!」
――相変わらず、ルイスとレオは相容れない関係だった。
————
三人は、アルヴァ聖王国の首都アルヴァから、東部にある都市・エルデへ向かっていた。
農地や牧草地が広がり、平民や職人が多く暮らす土地だ。
国を支える背骨とも言える地域だが、国からの経済的支援は十分とは言えず、努力が報われているとは言い難い。
そのため、王都に不満を抱く住人も少なくなかった。
「レオは、騎士団のときエルデにはよく来てたの?」
ハニエルが尋ねる。
「あぁ、まぁな。東に行けば行くほど悪魔も多くなるからな。
一番危険なのはノクスだが」
「確か、この国で一番最東端の都市か……」
ハニエルは思い出すように呟いた。
「今は昔ほどじゃねぇが、治安も悪いし、圧倒的に貧困層が多い地区だ。
孤児も多い。騎士団時代は、任務でアルヴァに保護した孤児もかなりいた」
「同じ国でも、地域によってそんなにも違うんだね……」
ルイスは、深刻そうな表情で言った。
「これでも、前よりは良くなった方なんだがな。
ただ、王都は悪魔討伐に力を入れすぎた……」
暗い話題になり、空気がわずかに重くなる。
そのとき――
ハニエルが、ふいに足を止めた。
「……ハニエル?」
ルイスが声をかける。
「悪魔の気配……。
この先の町の方から、悪魔の気配がする」
「えっ!? 本当に?」
「急ぐか」
レオは短く言った。
三人は、足早に先を急いだ。
————
辿り着いたのは、小さな集落だった。
町の入り口には人の気配がなく、異様なほど静まり返っている。
「誰もいない……」
ルイスは、辺りを見回しながら呟いた。
「妙だな……。
この辺りは、それなりに人が出歩いてるはずだが……」
そう言いかけたレオが、はっと息を呑む。
「……っ!!」
視線の先――
路地の影で、血を流して倒れている人影があった。
「亡くなっているね……」
ハニエルが、静かに言う。
「そんな……」
ルイスはさらに先へと進み、息を詰まらせた。
道のあちこちに、無数の死体が倒れていた。
「こっ、これは……!!」
「悪魔の仕業だね。
しかも、かなりの数でこの集落を襲ったんだろう」
後ろから、ハニエルが告げる。
ルイスは、初めて目にする凄惨な光景に足がすくんだ。
(人間は……こんなにも簡単に、悪魔にやられてしまうのか……)
「胸糞悪ぃな……。
とっとと、その悪魔を片付けちまおうぜ、天使サマよ」
レオは、不快感を隠さずに言った。
「そうだね……。行こうか」
しかし、ルイスは動けずにいた。
無惨に倒れた人々の姿から、視線を離せない。
人の死体を見るなど、今まで一度もなかったのだ。
その様子に気づき、ハニエルがそっと近づく。
「ルイス、大丈夫?」
「えっ、あ……う、うん……」
冷や汗が、止まらなかった。
レオも気づいたのか、ルイスに声をかける。
「俺とコイツだけで行ってきてもいいんだぜ。
お子様のお前は、ここで留守番してりゃいい」
「……どうする? ルイス。
今回は悪魔の数も多いし、ここで待っててもいいんだよ」
ハニエルは、優しく問いかけた。
「……っ。
大丈夫……。僕も、一緒に行くよ」
ルイスは、気力を振り絞るように答えた。
「……意地張りやがって……」
レオは面倒くさそうに呟き、先に歩き出す。
ハニエルは、ルイスを気にかけながら、集落のさらに奥へと進んでいった。
進めば進むほど、道に転がる死体の数は増えていく。
中には、幼い子供の姿もあった。
「た……助け……」
かすれた声が聞こえ、ルイスははっとする。
まだ息のある男性が、こちらに気づき、必死に手を伸ばしていた。
足に深い傷を負っている。
「っ!! 大丈夫ですかっ!」
ルイスはすぐに駆け寄った。
「あ、悪魔が……襲って……」
「ルイス、その人を安全な場所に」
ハニエルはそう言いながら、消していた翼を現し、剣を手に取った。
「囲まれてるな……」
レオも、腰に差した剣を抜く。
建物の影から、こちらに気づいた悪魔たちが、次々と姿を現した。
「クソ野郎どもが……」
レオは、低く怒気を含んだ声で睨みつける。
合図もなく、ハニエルとレオは同時に剣を構え、悪魔へ斬りかかっていった。
レオの動きは、さすが元騎士団少佐と思わせるものだった。
無駄が一切なく、次々と悪魔を仕留めていく。
そして二人は、言葉を交わさずとも互いの動きを瞬時に読み取り、戦場を支配していた。
「す、凄い……」
経験と実力の差。
ルイスは、ただ圧倒される。
「ぐっ……」
背後から、先ほどの男性の苦しそうな声が聞こえた。
ルイスは我に返り、リュックから包帯を取り出し、応急処置を施す。
「よし……。
このまま、ここで安静にしていてください。
僕は仲間たちと、悪魔を倒してきます」
そう言って、ルイスは戦う二人のもとへ向かった。
(僕も……二人の役に立ちたい。
戦わなきゃ……!!)
ルイスも剣を抜き、悪魔へ斬りかかる。
今まで戦ってきた悪魔よりも、明らかに力が強く、人間に近い外見をしていた。
「ぐっ……!!!」
刃は、悪魔の手によって止められる。
「コゾウ……
ソンナコウゲキジャ、ワタシニハキカナイ」
「っ!?!?!」
ルイスの背筋が凍る。
悪魔が、人間の言葉を話したのだ。
悪魔がルイスに反撃しようとしたその瞬間――
レオが、即座に悪魔へ斬りかかった。
「ボケッとすんな、ルイス!!
足手纏いになるなら、出てくんじゃねぇ!!」
「……レオっ……!!」
(そうだ……!
二人の足手纏いになったら、意味がない……!)
辺りには、無数の死体が転がっている。
突然、訳も分からず命を奪われた人々。
何の罪もない人間の平和を、簡単に壊す悪魔。
そんな存在が、許されていいはずがない。
ルイスの胸に、強い憎悪が渦巻く。
「……お前たちは……絶対に、許さない」
そう言い放ち、再び悪魔へ斬りかかった。
刃は届くが、深くは入らない。
「……クソッ!!」
(落ち着け……。
確実に、慎重に……悪魔の急所を……)
一瞬、ハニエルとレオを見る。
(二人とも、無駄な動きが一切ない。
勢いだけじゃダメだ……見極めるんだ……)
次の瞬間、悪魔が再び襲いかかってきた。
(見極めろ!! 見極めるんだ!!)
「ここだっ……!!!」
攻撃をかわし、一瞬の隙を突いて、急所へ剣を突き立てる。
「グッ……ヴアアァァ!!!」
悪魔は呻き声を上げ、その場に崩れ落ちた。
「やった!!」
だが、その直後――
背後から、別の悪魔が襲いかかろうとする。
レオが即座に気づき、斬り払った。
「油断すんな!! ルイス!」
「す、すみません!!」
三人は、ひたすらに悪魔を討ち続けた。
ルイスのことはハニエルとレオが常にフォローに回っていた。
「はぁ、はぁっ……」
気がつくと、目の前の悪魔たちはすべて黒い塵となり、静かに消滅していた。
(……全部、倒したのか……?)
ルイスは乱れた呼吸を整えながら、周囲を見回す。
「ルイス、よくやったね」
背後から、ハニエルがルイスの肩にそっと手を置き、優しく微笑んだ。
「ハニエル……!
ありがとう……。でも、ハニエルとレオのフォローがなかったら、とっくに死んでたよ……」
「だろーな。そんなんじゃ騎士になれねーぞ。お前はとろすぎる」
剣を鞘に収めながら、レオが口を挟む。
「っ……」
「レオ。ルイスだって、頑張ったんだ」
ハニエルはルイスを庇うように言った。
「俺はそんな甘くねーよ。
コイツは本当の戦場を知らねぇ。騎士を目指すなら、このレベルの悪魔を倒せて当然だろ」
きっと、レオはこれまで騎士として、過酷で厳しい世界を見てきたのだろう。
いつもだらしなくて腹の立つ男だが、レオの言葉が正しいことも分かってしまう。
(……悔しいけど……)
ルイスは唇を噛みしめた。
「はぁ……。とりあえず、まだ助かりそうな人たちを探して手当てするよ。二人とも、手伝って」
ハニエルは小さく息をつきながら、怪我人の救助へと向かった。
⸻
ルイスとレオは怪我人を抱え、次々とハニエルのもとへ運ぶ。
被害を免れた住人たちにも声をかけ、道に倒れている人々を町の広場へ集めてもらった。
ハニエルは一人ひとりの前に膝をつき、傷口に手を当てる。
すると、穏やかな光が溢れ、徐々に傷が癒えていった。
「傷が……塞がってる……!!
ハニエルって、治療もできたの!?」
ルイスは驚きながら声を上げる。
「致命傷でなければね。
治癒は得意分野じゃないから、応急処置程度だけど……」
常にそばにいるせいで感覚が麻痺していたが、ハニエルは神に仕える天使だ。
そうした力を持っていても不思議ではない。
ルイスはその光景を、静かに見つめていた。
「……これで、怪我人は全員だね」
休むことなく治療を続け、ハニエルはようやく立ち上がった。
「助からなかったのは……百人くらいか」
レオがタバコをふかしながら、低く呟く。
「……うん……」
助けられなかった命がある。
広場に並ぶ亡骸を見て、ルイスの胸は締めつけられた。
「なんで……こんなことに……。くっ……ううっ……」
近くで、愛する妻を失った男が、冷たくなった手を握りしめ、泣き崩れていた。
ルイスとレオは、ただその場で立ち尽くすことしかできない。
その時、ハニエルが静かに立ち上がり、男のもとへ歩み寄った。
「ご主人。今から奥様たちの魂を、迷わぬよう天へ導きます」
「あなたは……」
男はハニエルの翼に気づき、一瞬、言葉を失った。
「私は、神に仕える天使です。
大丈夫。奥様は、天国へ行きます」
穏やかな微笑みで、ハニエルはそう告げた。
静かに深呼吸をし、両手をゆっくりと広げる。
「……神よ。尊き命を今、天へお返しする」
風は吹いていないはずなのに、ハニエルの髪が静かに揺れた。
ルイスは息を呑む。
亡くなった人々の魂が、小さな光となって浮かび上がり、天へ昇っていく。
ハニエルはその光が迷わぬよう、まっすぐ天へと導いていた。
天使としての力を初めて目の当たりにし、ルイスもレオも言葉を失って見入っていた。
(ハニエル……。
君は、ずっとこうして……何百年も、人の魂を見送り続けてきたんだろうか……)
気づけば、ルイスの頬を涙が伝っていた。
理由は分からない。
ただ、涙が溢れてくる。
彼の目に映るハニエルの背中は、
あまりにも美しく、そして――どこか寂しげだった。
———-
その後、妻を失った男は、ハニエルに深く感謝を伝えた。
「ありがとう……天使様。
いつかまた、妻に会える日を……私は待ち続けるよ……」
そう言って、男はハニエルの手を、そっと握った。
夕暮れ時、三人はその町を後にした。
多くの命が失われた、あまりにも重い現実。
それでも、彼らは歩みを止めることはできなかった。
「ハニエル……」
俯いたまま、ルイスが声をかける。
「どうしたの?」
「……あの人たちの魂は、きっとまた生まれ変わるんだよね……?」
「……うん。
生まれ変わるまでの時間は人それぞれだけど、いつか必ず、新しい命になる」
「そっか……。
あのご主人も、いつかまた奥さんに会える日が来るのかな……」
沈みゆく太陽を見上げながら、ルイスは呟いた。
「……きっと、会えるよ……」
その言葉は、誰かに――
いや、自分自身に言い聞かせているようにも聞こえた。
レオがふかしたタバコの煙が、ルイスの視界を静かに曇らせる。
——まるで、まだ彼らには見えていない何かがあるかのように。




