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蒼雷煌めく蠍の尾


 まず。先手を奪われたことを覚えている。

 タグモが使ったのは、初歩的攻性魔法の『単弾(ショット)』だったハズだ。しかし、俺の身を包んだのはまさに爆炎。その衝撃と威力は俺の知る単弾(ショット)とは比肩すらできない代物だった。


「……攻撃が当たった瞬間、加速(イグニッション)の連続使用で射線から逃れたか。」


 肩で息をする俺に、タグモは冷静に呟く。

 後方から炸裂した爆発音は、あの単弾(ショット)が響かせたものだろう。吹き荒れる熱い暴風が、流した冷や汗を吹き飛ばす。


「っ加速(イグニッション)!!」


 答えることはしない。体に迸る蒼雷を足元に集め、走り出す。彼が行使する桁違いな威力は、まるでミサイルを彷彿とさせる。早急に勝負を決めなければ、危険なのはこちらだと考えずとも分かる。


 詰めた間合いは、居合いの距離だ。加速(イグニッション)の魔力を今度は両腕に移す。再び叫びつつ使用した俺の魔法。筋肉の動きを刺激し、鞘から放たれた刃が煌めく軌跡を残してタグモに殺到する。まず防がれない間合いと速度の一太刀を、彼はさも当然のように受け止める。右手の人差し指と中指で刃を完全に封じられていた。

 ナナクツに受け止められるのは、ある意味仕方のないことだとも考えるだろう。しかし相手はタグモなのだ。まだ中学生相当の子供。いや違う。


「速いが、まだ人類の速さだ。」


「ぐぅっ!?」


 彼の回し蹴りは鋭角に俺の体に突き刺さる。戦乙女の盾(イージス)がダメージを無効化してくれるが、詰めた間合いが無しになってしまった。


「お前が相手すべき速さは、こんなものではない。」


 タグモの言葉が耳に届く。俺は、慌てて視線を彼に向きな押そうとするが、そこにその姿はなく。赫い軌跡が朧気に残っている。


「っ!!」


 回避は間に合わないと察しがついた。

 タグモは、俺の背中に回っていたのだ。その速度は、加速(イグニッション)を使った俺でも追い付けないという確信がある。何とか、刀の刃を滑り込ませ、鎌の直撃を防ぐが威力は消せない。

 刃に引っ掛けられたように振り回され、森の奥へと投げ飛ばされた。


「うおぉっ!?」


 どうにか大樹の枝を掴んだ俺は、タグモを視界に捉える。彼の足元には見覚えのある紅い魔方陣が広がっていた。


威赫演者(マタドールレッド)矢を番えよ(アーチャーズ)。」


「っ!」


 魔方陣が姿を表す炎の影。それらが放つまるで機関砲のような矢の雨を済んでのところで避ける。


加速(イグニッション)!」


 樹の幹を足場に、俺は一気に駆け出す。森という環境が、加速(イグニッション)と相性が良かった。幹や枝を足場に三次元的な軌道が行える。威赫演者(マタドールレッド)の炎が森の木々に燃え広がるのを横目に、俺は再びタグモに肉薄してみせた。


「おぉぉっ!」


 刀を振れば防がれるのは目に見えていた。タグモの大鎌を受け止めた時、刃からピシリと嫌な音が聞こえていた俺は、ここでという場面まで刃を休ませる算段だった。そのため、かかと落としを加速(イグニッション)で得た速度のまま彼に振り下ろそうと目論んでいた。

 が、その一撃は見事にバックステップで見にかわされてしまう。しかしこちらも、避けられるのは想定して立ち回っていた。振り下ろした右足を軸に左足での回し蹴り。更にその勢いを活かして、飛び上がり右の足刀。素早く手早い三連攻撃を、俺はタグモに振り抜く。


「読めてるんだよ。」


 全てが空を切った。俺は、無防備な体勢を中空で晒すことになってしまったのだ。当然タグモは、そんな隙を見逃すはずがない。

 無詠唱で放った単弾(ショット)が、俺を吹き飛ばす。眼を焼く光と、膨大な熱量。巨大な木々を薙ぎ倒す威力が、俺の戦乙女の盾(イージス)を粉々に砕いたのだ。


「ぐっ!?」


 地面に叩きつけられ、全身に痛みが突き抜ける。攻撃力や魔法の技量もさることながら、戦いに関する実力差が圧倒的だった。勝負勘というものがてんで違う。


「まだ終わってないぞ、立て。お前が何故ここに来たのか、何故お前だったのか。その理由を見せてみろ。」


 相変わらず、訳の分からない事を口走っている彼は、立ち上がろうとしている俺にゆっくりと近付いてくる。踏ん張りタグモを睨みつつ、再び戦乙女の盾(イージス)を展開する。体内魔力(エナジー)の消耗は感じたが、元の世界に帰れる手掛かりをみすみす手放したくはない。


「それでいい!」


 瞬く間に間合いを詰めたタグモが、大鎌を振り上げる。それが振り下ろされる前に一歩踏み込んで、彼の脇に体を潜り込ませた。間髪入れずに彼の右足に手を伸ばす。掴んだ足を抱き上げて投げようと考えたのだが、彼はやはり上手で直ぐ様飛び退いた。が、理詰めにこちらも得手した分野だ。喧嘩慣れしていない俺は、長年の予測で彼を上回るしかない。


加速(イグニッション)!!」


 喧嘩に乏しくとも、魔法がその手助けをしてくれる。着地の間隙を捕らえるために更に間合いを詰める。当然、相手の足を拐おうとする過度前傾姿勢からの加速(イグニッション)、顔面を地面に擦り付けるようなつんめのり方をするのが自然だ。しかし、日々をナナクツに鍛えられた俺にとって、体幹操作は骨身に染みた技術となっている。


「っ!」


 前傾姿勢のまま、開いた間合いを完全に潰した。既に大鎌が振り回せる間合いではない。かと言って、刀が有効な間合いでもない。これはインファイトの距離だ。


「刀は飾りかよ?」


 繰り出した左のアッパーを、紙一重で避けながら呆れたようにタグモが口にする。確かに、俺は刀を多用はしない。これは命を奪う武器だからか?半分、心の内にそういった葛藤があるのは事実だ。しかしもう半分は異なる理由がある。

 アッパーを少し無理のある体勢で避けたタグモは、たたらを踏むように数歩後退りをする。その最中に、大鎌を横一閃に振り切るが、その攻撃は彼の構えから読めていた。頭上を過ぎ去るように刃の下へと潜り込み、彼の視線を下へと誘導する。目線が合った。読み通り、彼は俺へと意識を集中している。仕掛けを放つなら今だ。

 右腕が、弧を描くように延びる。筋肉の動きは、円盤投げのそれに酷似しているだろうか。背筋が軋みをあげ、腕を投石機の仕掛けがするように跳ね挙げる。


「うっ!?」


 タグモが初めて漏らした驚愕の息。彼の眼前には、突然刃の切っ先が延びているのやもしれない。

 気付かれた、どうする!?決まっている、振り切るのだ。最早仕掛けは動き、今更止めることは叶わない。渾身の全力で繰り出す大仰な突きは、端から見れば尾を掲げた蠍を彷彿とさせる。決死の一太刀だ。意識外から急来する蠍の尾。届けと万感の想いを込めた。



 切っ先は、深く深く地面に突き刺さった。


「!?」


 俺は、落胆よりも先に驚愕に眼を見開いた。避けられたのだと理解したときに襲い来る身を焼くほどの悔しさに震え、歯を噛み締める。


「そこまでです!」


 が、急に響いたナナクツの声に顔を挙げる。

 幸と隣立っているナナクツが、俺とタグモに向かい歩いてきていた。無理な体勢だったのを、刀を軸にしてどうにか立ち上がる。視線をずらせば、頬に僅かな切り傷を作ったタグモが少量の血を滲ませていた。


「雄輔。お前の勝ちだよ……ううん、流石に間に合わなかったか。」


 タグモは大鎌を手放して背伸びをしながら呟いた。実感も手応えもなかったが、最後の攻撃は避けきられずに彼に届いたのだと、やっと気がついた。だが訪れたのは、勝ったことへの安心感よりも、彼を傷つけてしまったことの罪悪感だった。


「す、すまん!必死すぎて顔に傷をつくっちまうなんて!」


 慌てて俺は頭を下げる。先程までの張り詰めた緊張感ではなく、年若い少年の顔に傷つけるなど、大人としてあるまじき行為に冷や汗が湧き出たのだ。



「っぷ、アッハッハッハ!馬鹿かお前は!」


 が、タグモはそんな俺を前に大笑いをし始める。急な爆笑に面食らい、呆けた顔をしてしまう俺を、タグモは腹を抱えて笑い、ナナクツは呆れたようにため息を漏らし、幸は笑顔で俺に駆け寄って来た。


「お前、まだ俺が普通の学生だと思ってるのか違うだろ?」


 タグモに言われハッとする。そうだ彼は、転移魔法さも当然のように使い、常人離れした魔法規模を行使していた。少なくとも、ナナクツと同等に近い実力は兼ね備えているのだ。


「ユウスケお疲れ、今度は勝ったね!」


 無邪気な幸が声を掛けてくれるが、俺はそれに素直に反応することは難しい。


「さ!帰ろう!ジョシカイの続きしなきゃ!」


 が、次の彼女の言葉に無理矢理現実に戻される。


「え、あの幸さん。俺結構頑張ったよね、もう少しこうさ、えと送る言葉とか……。」


 しかし、俺の苦言は知らぬ存ぜぬと、彼女は「ジョシカイ、ジョシカイ」と鼻唄混じり上機嫌でいるのだった。


「さて雄輔。」


 急に名前を呼ばれ、視線をタグモに直すと、既に頬の傷が消えた彼が真っ直ぐ俺を見つめている。その瞳に闘気は既になく、穏やかな色を灯していた。


「ひとまずのチュートリアルはクリアと言って良いだろう。」


 腕を組んで、静かに宣言する彼の立ち振舞いは、妙に格式めいた空気を漂わせる。


「今後お前に振り掛かる困難試練はこの比ではない。それこそ、命を落とすこともあるだろう。だが、生き延びろ。そして強くなれ。」


 タグモの声に混じり、誰か知らない声が混ざる。俺は彼の背に、何かを幻視してしまう。巨大な龍の影が、タグモに重なって視える。


「お前はいったい……何者なんだ?」


 冷や汗を感じた。漂う気配はタグモのそれだが、しかしもっと強大な何かも同時に感じた俺は、思わず訊ねる。彼は僅かに口角を上げ口を開く。


「お前が生き続ければ、その内俺に辿り着く。……ブソウを高等学部まで過ごしたのなら東に迎え。まずはこの世界がなんなのか自分の目で探してみろ。」


 東と言われ、頭に浮かんだのはエレナが度々口にする都市伝説の存在。東の果てに聳える鉄の塔だった。


「もし、お前が元いた場所に戻る手段があるとすれば、東の果てで出会うであろう彼女が鍵になるハズだ。」


 彼の言葉に、自身のことながら浮き足だったのを感じた。帰れるかもしれないという僅かな希望が、俺の心に燃料として投げ入れられたのを確かに感じた。


「さて、ナナクツ。これはお前に渡しておく。マチルド商会の不正の証拠にメンバーが全て記載されている。これをどう使うかはお前達次第だ。ただ、この情報を寄越したのは、ミニーク・フィスという正義感のある男であることを、覚えていて欲しい。」


 ナナクツに魔力結晶(マテリアル)を手渡しながら、タグモが語る。俺は、彼が口にした名前に聞き覚えがあった。マアースが聞いたというタグモと取引していたマチルド商会の役員の名前だった。


「さて、最後に幸。黒兎の巫女。」


「え?」


「………命一杯楽しめ」


 驚くほど穏やかで、優しい笑顔を浮かべたタグモは短く言い残すと、音もなく瞬く間に姿を消した。転移魔法を使ったのだろうことは考えずとも分かったが、後に残ったのは痼のような疑問と、しかし確かな光明。そして尋常ではない疲労感だった。




 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄




「延焼は私がどうにかしておきますので、お二人は先に戻っていてください。」


 とナナクツに言われ、俺と幸はククリの市内に転移させられた。回りの景色からエレナの喫茶店の近くなのだと分かる。


「さあて、ジョシカイの続きしてくるね!」


 と、彼女は駆け出す。俺は最後にタグモが見せた、幸に向け表情が妙な引っ掛かりになっていた。思わず彼女を呼び止めてしまったのは、そのためかもしれない。


「幸!」


「どうしたのユウスケ?」


 小首を傾げて、俺に向き直ってくれた彼女を前にして、言葉が出てこなかった。俺自身、呼び止めてなんて言葉を送るか分からなかったのだ。何か言わないとと焦り、絞り出した言葉はとりとめのないことで、


「あ、あんまり遅くなるなよ。」


 胸中の焦燥の正体も分からず、なんとか口にした言葉にため息が漏れそうになる。


「うん!行ってきます!」


 彼女は、そう元気よく答えると再び走り出す。

 その背中を見て、俺は何となく寂しさを覚えていること自覚する。頭を過ったのは、ルルド邸で俺と同じ部屋じゃないと嫌だと泣いていた彼女の姿。そんな彼女が、自分の意思で俺から離れて、一人友達の元に駆け出す。きっと元の世界に帰る予定の俺と一緒にいるよりも、正しいことなのだろうが寂しさを感じずにはいられない。もしかしたらそのうち、「ユウスケと選択は別にして!」なんて言い出すかもしれないと思うと、なんだか泣けてくる。


「あ!ユウスケえ!!」


 急に振り向いた幸が、肩を落として帰るかと歩き出した俺を呼び止める。彼女は大きく手を振りつつ満面の笑みでこう続けた。


「今日のユウスケ!いつもに増してカッコ良かったよお!!」


 彼女は言うだけ言って、再び走り出す。

 俺は、自分で分かってしまうほどに顔が赤く蒸気していた。周りを歩く人々の暖かい笑みが痛いほど伝わって、俺は加速(イグニッション)を使ってそこから離れたい衝動に襲われつつも、大人しく帰路につくのだった。

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