第一幕の終
タグモが転校したと聞かされたのは、翌週明けのことだった。マアース達もそうだったが、何よりも彼を中心に形成されていた不良のグループは酷く混乱している様子だった。
同時に、マチルド商会の不祥事が明るみとなり上層部のほとんどが拘束される事態となっていた。多くが業績詐称や横領等々だが、登録不備奴隷の販売でも数人疑いを掛けられているようだ。商会を引き継いだミニーク・フィスは、ルルド商会との表向きの共同事業締結。実際にはルルド商会が、マチルド商会の意思決定に介入するためのパイプ機構であり、監視するための首輪が繋がれたということになる。今後マチルド商会が行っていた事業は、ルルド商会監査の元で見直されることになる。また、マチルド商会が行っていた正式な奴隷業は完全撤退。ククリにおける奴隷市場には、壊滅的な打撃が加えられることになったのは、言うまでもないだろう。そのためか、普段よりも騒がしいククリの街中を俺は幸と二人で、学校からエレナの家である喫茶店に向かいゆっくりと歩いていた。
「これで…良かったのかな……。」
思わず口から零れた言葉は、誰に問い掛けるとかではなく、ただただ漏れ出た疑問だった。
「何の話?」
「なんか、考えちゃったんだ。タグモはどうしているのか、ヤクシャは結局どうなるのか。ってさ。」
俺の心内を巡る、不安とも言える疑問。
タグモの事を、結局ナナクツに問い詰めても答えは得られなかった。なにか因縁があることは間違いない。そしてヤクシャに関しての処分に、エレナ達は相当頭を悩ませている。
「ユウスケは心配性だね。大丈夫だよ、エレナはきっとヤクシャを見捨てないから。」
どこから出てくるのか分からない、彼女の自信に満ちた笑みを見てれば不思議と俺も、漠然とした不安は霧散せずとも和らぐ気がした。
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「結局、証拠不十分。彼が苦し紛れに発した戯れ言として処理することにしたわ。」
眉間にシワを寄せたエレナが、大きなため息を漏らしながら説明する。
元々、プライドが高く虚言癖のあるヤクシャの性格が広く認知されており、彼が奴隷商と実際に取引等をしたという証拠も見つからないので今回は厳重注意という一旦の決着をつけたという話を、彼女の喫茶店に集まったいつものメンバーで聞いている。
「はああ、無駄に疲れたわ……結局、タグモもマチルド商会の摘発をするために、フィス氏に協力していただけってことになったし……私たちのこの数日間の努力は何だったのかしら。」
喫茶店の制服に身を包んだ彼女が力なくだれる。
文字通りに、溶けてしまっているような彼女を、幸は心配そうに大丈夫かと問い掛ける。
「ありがと……ま、ひとまず一段落できたんで、皆お疲れ!!!」
彼女が大きく宣言すれば、労うような拍手が自然と沸き立つ。
「でも、大事にならないで良かったな。ヤクシャは最悪、ブソウの高等部には進学できなくなってたかもしれないし…。」
と、マアースが心の底から安心した様子で口にする。
彼の雰囲気は、まさに肩の荷が降りたと言った様子だ。風紀委員としての責務と、クラスメイトを助けたいという良心に板挟みにされ、それでも義務を果たし切ったのだから、その疲労感は語るに及ばずだろう。
「と、云うわけで一応の解決ってことで、乾杯!」
エレナが掲げたコップに、それぞれが答えて全員を労う。乾杯するなら折角だし、お酒が飲みたいと内心考えてしまうが、今は自分の年齢は未成年だ、自重しようと諦める。
だが、タグモのことを考えれば疑問が尽きることはない。明らかに現実離れした力量を見せつけられたこともあるが、何よりナナクツとの交遊関係が不可解だった。確かに、彼の存在は有名なものだろう。その勇猛は多岐に渡るし、伝説だって両の手では足りない。しかし、それは一部の人間のみが知るものらしい。何故なら、彼は一介の執事であるからだ。人々は、強さの象徴とは騎士だと認識している。警察的な役割を持ち、地下都市であるククリの治安を守る守衛騎士は人々に寄り添う存在であるし、ククリの地上周辺の魔物を討伐して、安寧を守る討伐騎士は、多くの少年の憧れの対象。中でも、選りすぐりの勇猛果敢かつ、品行方正、頭脳明晰を求められる人材、王宮直轄守護騎士団は誰もが憧れる超エリート職なのだ。その憧れに、いわゆる一般人であるナナクツの名が上回るのは、国としてと好ましくない。また都合のいいことに、ナナクツは名声を求める人物ではなかった。
つまり、彼の存在は身近な人物。または共に仕事をしたことのある一部騎士にのみ知られているのだが、タグモはまるで旧知の仲であるかようだった。
気になり始めれば止めどないが、彼の口はとても固い。おいそれとは聞きだせはしないだろうことは、用意に想像できる。自分で調べるしかないだろうと、考えつつも今はこの慰労会を楽しむことにした。
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ククリが首都たるイースウェン王国より遥か南。海を越えた先には暗黒大陸が存在する。人類種の生存圏ではなく、魔物が跳梁跋扈するその地では、人類がいまだ知りえない、一個体で人の国を滅ぼせるような正真正銘の化け物も多く存在する。が、その総てが束になったとしても足元にも及ばない存在が暗黒大陸の最南端に居城を持っている。魔物の内で別格の扱いを受ける竜種、その頂点の六龍帝が一つ。位を黒。『禁忌』の二つ名を掲げる超常存在が、その地にいる。遥かなる過去、古い神話にその名を刻むそれは、故あってその場を離れることは出来ず、世界中に自分の化身を作り暇な時間を楽しんでいる。
それは例えば人であり、獣であり、魔物でありその時々により様々な化身を用意していた。
だが、今回の化身は決して暇潰しが理由ではない。禁忌は一人考える。果たしてあの異邦人が、再来する災厄を払える逸材足り得るのか。
難しい。
結論は早くに出てしまう。禁忌は、役不足であると落胆せざる得なかった。だが同時に、光るものを見出だしてもいた。経験。試練を越え、尚生きていれば世界の生存は叶うかもしれない。だが、試練半ばで倒れれば、その時は世界ものとも終焉を迎えるのだろう。
禁忌は、ニヤリと口角を挙げた。役不足な手札に、貧相な切り札を自覚して、諦めからの自嘲ではない。そもそも初めは詰んでいた手札に、急に舞い降りた手札なのだ。
「試練は、得意分野だからなぁ」
化身である少年の声が、居城の一室に静かに響く。
窓から外を眺める彼の、その視線の方角の先にはイースウェン王国のククリがある。
そう。雄輔と幸の物語は、今ここから改めて始まるのだ。




