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日頃の最中

 翌朝。

 俺は幸と共に登校路を進んでいる。リーシャナも仕事初めの今日、彼女達は互いに応援しあい、手を大きく振りながらルルド邸を後にしていた。

 俺はそんな二人に、朗らかな笑みを浮かべてはいたが、やはり俺の胸中には昨日から抱いた疑問が渦巻いていた。リーシャナへの対応と、俺自身への対応の差異。何か理由があるのは間違いないが、それが何で原因が何なのかまるで分からない。

 自分自身の人を見る目は自信のある方だ。ルルドも、ナナクツも信用のできる人だと感じている。頭の中でいくら考えても答えが見つからない。やはり、直接問い質した方が早いのだろうか。


「あら、二人ともおはよう。」


「あっ、エレナおはよう!」


 一人思案の海に没していれば、T字路でエレナと出会う。珍しい場所での合流だったので、どうしたのかと問う。


「別にどうしたわけではないんだけどね……。まあ、ちょっとした野暮用よ。」


 彼女は笑みを浮かべるが、その笑顔は暗にそれ以上踏み込むことを拒絶するものだった。踏み込むことは容易だろうが、大人びているとは言え彼女もまたお年頃、無遠慮に踏み込むべきではないだろうと考え、「そっか、朝からお疲れ」と、彼女を労うだけに留める。すると今度は、少し驚いたような表情を見せた後に、柔らかく破顔する。


「うん、ありがとう。」


 エルフ特有の美しい顔立ちの笑顔に、一瞬ドキリとしてしまうが、冷静な部分の俺が自身の実年齢をを声だかに叫ぶ。

 呪詛のように『俺はロリコンじゃない』と心の奥で唱えることで、努めて平静を装い事なきを得る。

 これも全て、戦場で鍛えられた強かな感情コントロールがあればこそ。いや、戦場はそんなに関係ないか?


「あっ、実は私面白い本見付けたの!」


 不意に、エレナが自分の手提げ鞄から一冊の本を引っ張り出す。それは、彼女の趣味の文庫本なのだろう。表紙にはこれでもかと存在感のあるタイトルが刻まれていた。


「古代……文明の神秘?」


 キラキラとした瞳で、自慢げに彼女はその文庫本を俺に手渡してきた。


「実は昨日発売されたばかりの新刊でね、いろんな面白い話が載ってるの。」


 例えばと、エレナは本の中の話をし始める。地球にもあった眉唾な都市伝説ばかりではあるが、それを語る彼女の表情は晴れやかで、先程のそれとはまた違う魅力を引き立てる良い顔をしていた。


「それから、南方大陸にまつわる都市伝説もあって、それが中々凄いの。」


 南方大陸は、イースウェン王政国家から見て南の海を越えた先にある人類未踏領域のことである。南方大陸には強力なモンスターが多く生息するために、人類の手が届かない未知の領域なのだ。過去に、幾つかの冒険家が南方大陸に挑んだが、いまだ帰還を果たした人物は誰一人として存在しないという。


「なんでも、南方大陸には古代人類の建造したモニュメントが多くあるそうよ。」


 人類の生存は到底叶いそうにない南方大陸に、人類の痕跡があるのか?そもそも、誰もそこから生還したものがいないのに、どうしてそれが言えるのか?

 俺の疑問を彼女は頷きつつ聞いてくれる。彼女もやはり、同じ点が気になったのだという。本の中では世界各地の伝承が、南方大陸に存在する古代文明を示唆しているとしているとしていた。確かに、本文の中で例に出された伝承には、捉え方によれば、そう解釈できそうな文面が綴られていた。


「考え方の一つにしか過ぎないけど、こういう話ってロマンがあると思わない?」


 と、エレナは笑う。その意見には俺も同じだった。古代の不思議、未知のロマンとはいかにも心が躍る題目であろう。しかし、俺はそこまでだった。凄いな不思議だなで終わり、そこから先の追求までは関心が向かなかった。その点エレナは自分で情報を集めて、こうじゃないかああじゃないかと試行錯誤を繰り返している。

 何か好きなことに打ち込む人間は、かくも魅力的なのだと、改めて実感させられた。


「というか昨日発売したばかりなのに、もうそんなに暗記してるなんて、凄いな。」


 心からの関心を口にする。趣味とはいえ直向(ひたむ)きなその姿勢が、非常に好感が持てた。この本も、決して薄いものでは無いのだ。それを一晩で、しっかりと理解している彼女には純粋な敬意を抱く。


「まあ好きは物の上手なれって言うじゃない?」


 そう言う彼女は、少しはにかむ様な笑顔を浮かべていた。

 横目にそれを見つつ、古代文明の神秘をパラパラと捲る。本当に色々な話が書いてある。例えば、以前彼女が話していた東にあるという鉄の塔の話や、西の海を越えた大陸の大湿原の奥地にあるとされる、古代遺跡について等々。他にも色々な都市伝説が掲載されている。興味をそそられるものも幾つかあった。例えば、イースウェンよりも北東方面にあるエルフ族の国がある寒冷地帯には、用途不明だが現在の技術では鋳造不可能な古代の遺物がある。いわゆるオーパーツというものだが、それは実際に存在しているようで、時折国外に運び出され展示会を開いているようだった。他にも、西の海を越えた大陸には獣人の国があり、現在の人類が利用しているものとは異なる複雑な地下空洞が存在している。探索を開始してからすでに三年は経過しているのだが、いまだその全容を把握できていないらしい。

 読めば読むほど確かにどつぼに嵌まっていくのを感じつつ、幸と一緒に読み進めていく。やがて、学園の敷地に入った俺達は、本をエレナに返した。


「面白かった!また貸して。」


 幸の言葉に、彼女は満足そうに本を受け取りながらいえいえこちらこそとと答えつつ、その本をバックにしまう。


「興味を持ってくれたのなら、高等部での部活の件も是非お願いね!」


 キリッとした表情で、彼女は念押ししている。幸は間違いなく興味を持った様子だったが、俺はどうするか。仮に幸が参加するようなら俺も同伴するべきと、考えて「前向きに検討するよ。」と返しておく。


「なんか、官僚答弁みたいね。」


 と、彼女は少しだけ不満げな表情をするので、俺も慌てて「いや、そうだなぁ面白かったし、俺も参加すると思うよ。」と告げれば、表情が明るくなる。


「そう?それなら嬉しいわ!」


 等と話しつつ俺達はそれぞれの教室に入るために、廊下で別れた。

 教室の中にはまばらにクラスメイトが座っていて、マアースと時雨はいまだに登校していないようだった。


「おはようー」


 幸は、俺をおいて仲良くなったのであろう女子生徒の元へ駆けていく。その様子に俺は少し驚きを抱く。気が付かない内に、彼女も俺の知らない交遊関係が増えていた。嬉しく思うが同時に、僅かな寂しさも感じた。だが、俺は彼女の成長を見守るべきなのだろう。知らない間に僅かな成長を果たした彼女を尻目に、俺は自分の席に座る。




 魔法学の授業は、今までの俺の常識から少し外れたものであったため、とても面白いものだった。新しい情報は俺の知的好奇心を刺激し、新しい発見をもたらしてくれる。それだけでも俺にはこれ以上ない有意義な時間となっていた。


「魔法技術の発展には、エルフ族や魔族によるものが大きいです。そもそも、皆さんが呼ぶ魔族というのは略称であり、本来は魔法種族と呼ばれるほど、魔法に秀でた人種なのです。」


 ここで云う魔法に秀でているとは、体内魔力量による差ではなく、先天的な発想力の差を云っている。安易な言い方をすれば、純人族や獣人族の『百人に一人の天才』が、魔人族やエルフ族にとっての一般人と云えば良いか。それほどに、魔法技術の差があるのだ。それ故に、文化に深く浸透した一般魔法のほぼ全ては、彼等が開発したものと云える。純人族の科学技術にしても、その原動力たる魔力結晶の半数は、彼等からの輸入品となっている。


「特に、大戦中の魔族代表である十八代魔導王が残した功績はとても多く、我々の文化レベルはもう一段階下にあったとまで云われています。」


 講師の言葉に、何人かの魔族のクラスメイトが得意気な風を見せている。が、直ぐに講師から釘が刺さる。


「同族の偉人を誇るのも結構ですが、彼に負けないように努力を欠かすことの無いように。」


 その指摘を受け、何人かの勉強嫌いの生徒が辟易した表情に変わっていた。タグモはどうなのだろうかと、チラリと後方最上段に視線を向ければ、なんということはなく、普段と変わらない様子の彼がいた。こちらの視線に気が付いたのか、一瞬視線が合うとニヤリと笑ってみせた。

 どういう感情なのか、全く分からないが、その笑顔には底知れない物を覚えて、俺は直ぐに視線を外す。授業はその間も粛々と続いていく。





 雄輔と幸が、ブソウ学園で授業を受けている頃、ルルド邸のナナクツ執務室には、ナナクツ本人とラーマンが集まっていた。


「男達は、マチルド商会傘下の金融機関から金を借りるも返済に行き詰まり、奴隷商を名乗る男から、一ヶ月で五人の奴隷を用意すれば借金の肩代わりをしてやると打診されたようです。」


 淡々と語るラーマン。ナナクツは、その報告を受けて少し怪訝な表情を見せる。


「彼らにしては、随分と粗末な仕事ですね。こうも単純に尾が見つかるとは……。」


 ナナクツの語る彼らとは、マチルド商会の事を指している。長い時、ククリの経済活動の大動脈として活躍していたマチルド商会が、こんな簡単にも尻尾を見せることが、ナナクツにとっては大きな疑問であった。


「その事なんですが……あの会社、もう長くないかもしれませんよ。」


「ほう?」


 ラーマンは、数枚の資料をナナクツに渡す。そこには、現在マチルド商会が抱える大きな問題が解説されていた。


「……よくもまぁ……。」


 ナナクツは、そこに記されていた問題に、ため息を着きたくなっていた。良くある企業の内部腐敗。横領や癒着、脱税に業績不振が重なり年々赤字が増している。


「つまり、今回の事はマチルド商会の回復ではなく、一部役員の国外逃亡費用の収集と見て良さそうですな。」


「はい。どうせ最後は適当な人間を後釜に据えての高飛びを考えているのでしょう。」


 そうなれば、結果的にククリの経済はルルドが握る事になる。なるのだがと、ナナクツは渋い顔を見せる。

 マチルド商会が、非公式の奴隷を販売していることは間違いない。また、業績不振や数々の汚職により内部環境も限界に近いのだろう。黙っていれば、これまでマチルド商会が担っていた業務が、ルルド商会のものとなると予測がつく。これはルルド商会という企業で考えれば、間違いなくプラスになる話である。ククリという大都市の市場を、実質手中に治めることができるのだから、結果的な業績成長は計り知れない。


「……これ以上の資料はありませんか?」


「残念ながら、資金の動きや人名を記載した資料は手に入りませんでした。」


 むぅと、ナナクツが唸る。賄賂や横領の明確な資料があれば、それを元にしてマチルド商会の役員を告発する作戦も取れた。そうすれば、自ずと彼らが非公認奴隷の売買に関与していたのも明るみに出ることとなり、高飛びをさせずに公的に刑事措置が取られる。そうなれば、社会に奴隷制に対する疑問を投げ掛ける事となるハズだ。


「もう一手……なんとかしなければな……。」


 と、二人がナナクツの執務机を挟んで話し合っていると、不意に扉がノックされる。

 慌ててラーマンが、机の上の資料を片付けていると、扉の向こうから声が響く。


「リーシェナです。紅茶とお茶菓子をお持ちしました。」


「どうぞ、入ってください。」


 ナナクツの言葉に答えて、扉が開く。少し丈が大きいのだろうか、歩きずらそうなスカートのメイド服に身を包んだリーシェナが、おずおずと入室する。二つのティーカップに、紅茶が入っているであろうポット。そして沢山のビスケットの入った皿を乗せた盆を持ちつつ、「失礼します」と執務室の中の応接テーブルに向かう。

 歩き辛そうなそのスカートに、いつか転ぶんじゃないかとドギマギしながら、ラーマンは彼女を見守る。


「あっ!」


 ぐいっと、彼女が自分のスカートの裾を踏んで前のみりに倒れかける。だが、何時まで経っても彼女には床に倒れる衝撃や、ティーカップの割れる音は響いて来なかった。恐る恐る目を開けると、自身の体を受け止めつつ、お盆を見事に抑えていたナナクツの姿があった。


「怪我はありませんか?」


 落ち着き払った彼の声音に、彼女は慌てて「は、はい。ごめんなさい!」と答える。


「いえ、これは昨晩のうちに裾挙げした物を用意しなかった我々のせいです。気になさらず。」


 そう答えながら、彼女を立ち上がらせ、自身も片膝着いた状態から立ち上がる。


「さて、ラーマン。折角ですので休憩しましょう。」


「えぇ。あぁそうだ、昨日はまともに話せなかったし自己紹介しときますか。俺はラーマン・ファイフェイ執事長補佐をしているんで、何かあったら気軽に話して良いよ。」


 と、大きな手をリーシェナに差し出し、にかりと笑うラーマン。彼女は慌ててその手を握り返して、


「リーシェナです。きょ、今日からこちらでお世話になることになりました。よろしくお願いします!」


 と、握手で答える。

 そのまま彼女を交え、三人で軽い雑談をしつつ短い休憩時間を有意義に過ごしていた。途中、戻ってこないリーシェナを心配してソシエも合流して、執事長とその補佐が仕事中の新人捕まえて何してるんだと怒られもしたが、それでも平穏な時を過ごしていたのだった。

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