表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/19

リーシャナ

遅くなり申し訳ありません!

 扉を開けて、動きが止まる。そこには満面の笑みを浮かべて、登場した俺に向かって手を振っている幸と、柔和な笑顔を浮かべている時雨。見覚えのない、髪の短い少女が恥ずかしそうな表情でメイド服に身を包んでいた。

 いや、見覚えはある。彼女の顔立ちは、俺達が奴隷商から助けた少年に瓜二つであった。少しでも冷静であれば、こんな失礼なことは口にはしなかっただろう。しかし、タグモに褒められて有頂天になっていた俺には、そんな簡単な判断すら出来なかった。


「女の子だったんか!?」


 柔和な笑顔が、スゥーと鳴りを潜める。時雨の表情から光が消え、まるでゴミでも見るかのようなものになる。


「雄輔さん、デリカシーないんですか?」


「え?あっご、ゴメン!」


 時雨に言われて、俺は自分のやらかしを自覚する。直ぐに少年改め少女に謝るが、時雨の目付きが変わることはない。

 そんな俺と時雨の様子を交互に見ていた幸が、小首を傾げながら口を開く。


「ユウスケ、ドン引き案件?」


「ガフッ!」


 どこでそんな言葉を覚えたのだろうか。しかし彼女のその一言は、的確に俺を撃ち抜いた。というか、幸からそんな言葉を投げ掛けられるとは、露ほど思わなかったために、ショックはかなり大きなものだった。それこそ吐血でもしてしまうかのようなショックである。


「あ、あんまり気にしないで下さい……。その、そんなに女の子らしくしてませんでしたから…。」


 そう言いながら、少女が俺を助けてくれる。その表情が、少しだけ悲しそうなのがより辛い。彼女のような身寄りのない子供は、人攫いの標的になりやすい。それは女の子であれば尚更だ。故に、身寄りのない女の子は男の子に扮している。以前にナナクツから教えてもらった話だ。それが頭の片隅にでもあれば、彼女を無闇に傷付けるようなことを口にはしなかっただろう。


「それでもごめん。俺の気配りが足りなかった。」


 もう一度、真摯に謝罪を口にする。

 年端も行かない子供が、自分の性別を偽るというのは地球でも文化や習慣であったが、彼女のそれは違う。生き残るために、身を守るためにそれを強いられたのだ。その苦痛は想像に難くない。街中で見掛けるお洒落をした同年代の子供を見るのは辛かっただろうし、食べることにも苦労したのだろう。

 何十人も目にした戦災孤児を、思わず彼女に重ねてしまう。


「俺は水池 雄輔。君が無事で良かった。」


「え、あ、……リーシャナです。助けてくれて、ありがとうございます。」


 ぺこりお辞儀をする彼女は、その言葉使いからも見て、どうやらある程度の教育は受けていることご見てとれる。つまり孤児となったのはある程度の年齢に成ってからなのだと見てとれる。

 何があったのかは敢えて聞くまい。普通に生活していたはずの子供が、孤児になってしまう過程など、わざわざ掘り返すこともない。


「なんか、このあとルルドとお話するんだって。でもまだ帰ってこないからそれまで好きにしてて良いって。」


 幸がそう言うと、リーシャナの手をとって立ち上がる。


「リーシャナと時雨をさ、案内しようよ!」


 楽しそうに彼女が提案する。時雨は直ぐに、「そんな勝手に…」と遠慮するが、言い出した幸は止まらない。どうやら、新しくできた友人に興奮しているのだろう。


「大丈夫だよ!私達が一緒だもん。ね、行こ?」


 しぶる時雨の手も開いた片手で繋いで懇願する幸。少し頬を赤くして、照れた様子の時雨は俯くと根負けし、結局ルルド邸を巡ることを同意した。


「よぉし!じゃぁユウスケも行こ!」


 言うが早く、部屋を飛び出す幸。俺はそんな彼女達を、苦笑いしながら微笑ましく眺めていた。せめて「急ぎすぎて転ぶなよ」と声をかけて、俺も続いて部屋を後にした。


 ルルド邸は、三階建ての大きな屋形である。故に、管理には多くの人の手が必要であり、メイドが九人。執事の五人が働いている。その中でも執事長のナナクツと、補佐のラーマン。そしてメイド長のソシエに補佐のサーニャの四人は住み込みで働いている。加えて、シフトでメイドと執事から一人づつ、毎週一人が夜番として夜間に従事している。そのためか、ルルド邸の半数近くが、そういった奉仕人のためのスペースとなっている。元々、執務室と応接室に寝室しか家主のルルドは利用しておらず、残りは客間が数室に食堂や倉庫となっている。

 ルルド本人は、日頃は食堂すら利用せず執務室で仕事をしながら食事をするような生活を送っている。その内過労で倒れるのではと、端から見ると心配になるが、本人は「慣れたものさ」と、朗らかに笑い、生き生きと仕事をこなしている。当人が幸せそうなので余り言いたくはないが、働きすぎは体に毒だと自覚するべきだ。


「おや、幸お嬢さん。随分とご機嫌だね。」


「あ、ソシエお帰り!」


 白髪を纏め、しゃんとして姿勢で額に角を持つ初老の女性が、屋敷内を闊歩していた俺達に声を掛けてくる。彼女が、ルルド邸において最年長者となるソシエ・アルフェール。魔族の女性で、数日前からルルドの用向きとやらで別の地下都市に出向していた。

 かなり男前な性格をしており、余り女性らしくはないが、その深い懐からか人望は厚く、幸も彼女を強く気に入っている。


「ん?そっちの二人は見ない顔だね。」


「初めまして、時雨・フォーンです。雄輔さんと幸さんとはブソウのクラスメイトでお世話になっています。」


 ソシエの疑問に直ぐに答えて見せた時雨に、彼女は満足げに頷くと、次いでリーシャナに視線を動かす。


「あ、えと……リーシャナ……です。………その、私が奴隷商に追われてたところを、雄輔さん達に助けられて……。」


 おどおどとした様子を見せて小さな声で答えるが、ソシエはそんな彼女に向かって怒鳴るように口を開く。


「しゃんと話なさい!言葉に力を入れないでいると、心まで弱るよ!」


 びくりと体を震わせたリーシャナは、直ぐに「ご、ごめんなさい!」と謝り言葉を続ける。


「リーシャナです。危ない所を雄輔さん達に助けられました!」


 言われた通りに、しっかりとした声でに答える。声はまだ少し震えているが、か細い蚊の鳴くようだった声ではない。ソシエのキッとした眼差しが崩れる。すると、そっとリーシャナの頭を優しく撫でる。


「そうかい……大変だったね、怖かったね。だけども、もう大丈夫だよ。ここなら安心さね。」


 ニコリと暖かい笑みを湛え、どこまでも優しい声でリーシャナに語りかけるソシエは、ふわりと彼女を抱き寄せた。まるで母が自分の子供にするようなそれは、彼女の心を強く揺さぶったのだろう。くしゃりと、その表情が崩れてしまう。


「泣けるのなら泣いてしまいよ、誰も責めやしないから。」


 ソシエのその言葉に答えるように、リーシャナはギュッと、彼女の腰に抱き付き肩を静かに震わせた始める。

 あの歳の娘が一人で生きて、死に怯えて奴隷商から隠れて過ごしてきたのだ。その不安は筆舌に尽くしがたいものだろう。そして今は、見慣れない屋敷に連れ込まれて、目的もわからない厚待遇。その胸中は恐怖が渦巻いていたのかも知れない。

 ソシエの妙手。経験の差が、俺達に出来ないリーシャナの心の解きほぐしを、難なくやってのけてくれた。そうでなければ、あのように抱き付き啜り泣くものか。勉強させられる思いだ。彼女のその技があれば、俺も紛争地帯の子供達のちょっとした助けになれたかもしれないのに。


「リーシャナ、なんで泣いてるの?大丈夫?どっか痛いの?」


 何故彼女が泣いているのかが分からない幸が、心底心配した様子でリーシャナに駆け寄り背中を擦る。ソシエは、そんな幸の背中にも手を回し抱き締める。


「心の傷を治してるんだよ。ほら、幸お嬢さんも抱き締めてあげな。」


「うん!」


 力強く頷いた幸は、ソシエに倣って背中を擦っていた手を肩まで伸ばして、ギュッと抱き締める。なんでそうするのかなんて、幸は分かっていないだろう。だが、そうすることがリーシャナの助けになると思ったから彼女はそうするのだ。

 幸とソシエに抱き締められているリーシャナの胸中は、少しでも安らぎを感じられているだろうか。それともまだ不安に怯えているのか。それでも、ソシエの腰に抱き付く腕を見るに、間違いなく彼女のことは信頼しているのだと分かる、その様子が嬉しくて、思わず頬が緩んでしまうのを自覚した。


 その後、暫くして落ち着いたリーシャナを引き連れ、ルルド邸の散策を続行。その間に、幸とリーシャナ、時雨の女子三人はより仲を深め、楽しそうに会話を弾ませていた。やがて、散策も終わると丁度良くルルドが帰宅。時雨も一度帰宅することとなり、俺と幸、それからリーシャナとルルドの四人が、応接室のソファーに腰掛け向かい合い。ルルドの後ろにはナナクツとソシエがピシッと直立不動に見守っている。


「では、改めてヴァーグ・ルルドです。」


 彼が、深々と頭を下げてリーシャナに自己紹介をする。その表情はいつものように柔和な、優しいものだった。しかしそれでも彼女の表情には陰りがある。ルルドに対する不安感が、緊張感を与えているのだろう。


「り、リーシャナです。」


「はい、では早速ですが…私は、奴隷の保護活動を行っています。……逆に云えば、奴隷に対してしか私には生活を保護する権限がないのです。」


 彼は、神妙な面持ちで話し出す。リーシャナは、ある程度の覚悟はしていたのだろう。驚くことなく、その言葉を黙って受け止める。我慢できなかったのは俺だけだ。彼の口ぶりからすると、まるで身寄りの無い彼女を見捨てるようだったから。しかし、俺は話を遮るほど愚かではなく、感情的にはなっていなかった。


「ですが、実は勤めていたメイドが一人、出産のために長期休暇に入ってしまい、人手が足りないのです。そうですね?」


「はい。私共としても人手が増すのは非常に助かります。」


 恭しく頭を下げながら、ソシエが答える。


「結論から言いましょう。私に貴方を支援する手段はありませんが、住み込みで働いて頂けるのでしたら、生活と安全は私たちが保証します。どうでしょう、ここで働きませんか?」


 見事な着地点であった。彼の人柄を見るに、元々そういう性格だったのだろう。助けを求める人を無下にできず、悩むくらいなら手を伸ばしてしまうようなお人好し。俺達の時もそうだった。


 いやしかし。俺と幸の時を考えるならば、一つ不可解な点に気が付く。幸は分かる。エルドリングという分かりやすい物があるからだ。では俺は。俺は何故彼の庇護を受けていられるのか、ここが不明瞭である。幸の連れだからか。しかしそれならば、何故リーシャナには就職という手段で対応するのか。不信感とまではいかないが、どうしようもない違和感を抱いてしまう。


「は、はい!私で良ければ是非働かせて下さい!」


 リーシャナの嬉々とした答えに、ハッと現実に戻った。

 そこには、ルルドと熱い握手を交わす彼女の姿があった。今ここで問うべきではないと、その様子を見て考えるが、胸中の違和感は拭うことは出来なかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ