修学旅行①
お久しぶりです。やっと修学旅行編に突入です。
羽田から飛行機に乗ること約3時間。那覇空港に到着し、キャリーバックとともにこれからバスに乗り込む俺たち御船女子高校2年1組修学旅行生一行。11月の沖縄は、まるで真夏のような気候だった。かくいう俺も、制服のブレザーを脱ぎ、長袖のシャツを捲り上げる。そして、多くの女子生徒も俺に続くかのように、制服のブレザーを脱ぎ、長袖のシャツを捲り上げていた。
本州との違いは、海から吹いてる風が爽やかで気温の割には涼しいことだ。そして海が青い。青くて透明な海が水平線の向こうまで続いていた。そして、修学旅行の班分けは以下の通り。
1班 相川、大沼、小野寺、寺内、内藤(班長)、渡辺
2班 植田、桜井、中村、西田(班長)、野村
3班 川端(班長)、増田、松井、宮崎、村上
4班 江川(班長)、清水、園川、矢野、若井
5班 明石、栗山、小杉、鶴岡、藤田(班長)
6班 近藤、杉浦(班長)、豊田、森、八木
7班 瀬戸(班長)、田辺、橋本、山下、吉村
8班 石嶺、岸田、日高(班長)、福原、星野
ちなみに班長は班が決まった後に決めた。班決めはExcelによって自動的に選ばれたが、俺は予め1班に固定されていた。とはいえ、真奈と同じ班になれてよかった。
沖縄に着くと、俺は修学旅行の行程表や注意事項が書かれたパンフレットを見ていた。初日は昼食と首里城の見学。2日目は班ごとにタクシーを借りて終日自由行動だ。3日目は名護まで行って水族館見学とシュノーケリング体験。そして4日目は午前中に平和祈念公園に行き、午後からは国際通りで買い物や散策をした後、夕方の便で東京に帰るという行程表だ。
ちなみにホテルでの食事は6人架けのテーブルを8つ、宿泊部屋も5人用の洋室を8室使う。そして俺は、班とは別に1人部屋に泊まることになっていた。
那覇空港を出発したバスは、昼食を食べるため、10分ほどかけてレストランに向かった。今日昼食を食べるレストランは、沖縄料理の専門店。沖縄を訪れた芸能人もよくここで食べに行くらしい。
「ねえ優斗、みんな美味しそうだよ!」
食事が届くと、早速真奈は、頻繁にスマホを手に取り、食事中にも関わらず、ここぞという場面で写真を撮る。それは他の女子も同様だった。真奈を含めた多くの女子生徒は、ツイッターやインスタをはじめとするSNSに昼食の画像を載せていた。そして俺は、ここの食べ物が載った同級生のSNSをただひたすら見ていた。
真奈『(那覇空港と昼食の画像とともに)沖縄!』
フォロワー『平日でしょ?学校は?』
真奈『実は今日から修学旅行なのだ~』
ちなみに真奈のツイッターはこんな感じだった。インスタも同じ感じ。他の女子生徒もこんな感じでSNSに画像を載せていた。
昼食を食べ終えると、一行は再びバスに乗り、首里城に向かった。とはいえ、中身は城の見学と記念撮影だけなのだが。
◇ ◇ ◇
首里城は沖縄の歴史・文化を象徴する城であり、首里城の歴史は琉球王国の歴史そのものである。
首里城は小高い丘の上に立地し、曲線を描く城壁で取り囲まれ、その中に多くの施設が建てられている。いくつもの広場を持ち、また信仰上の聖地も存在する。これらの特徴は、首里城に限られたものではなく、グスクと呼ばれる沖縄の城に共通する特徴であった。他のグスクは首里城との競争に敗れ滅んでしまったが、首里城はグスクの特徴を保持しながら新たな発展を遂げたのである。
首里城は内郭(内側城郭)と外郭(外側城郭)に大きく分けられ、内郭は15世紀初期に、外郭は16世紀中期に完成している。正殿をはじめとする城内の各施設は東西の軸線に沿って配置されており、西を正面としている。西を正面とする点は首里城の持つ特徴の一つである。中国や日本との長い交流の歴史があったため、首里城は随所に中国や日本の建築文化の影響を受けている。正殿や南殿、北殿はその代表的な例である。
首里城は国王とその家族が居住する「王宮」であると同時に、王国統治の行政機関「首里王府」の本部でもあった。また、各地に配置された神女たちを通じて、王国祭祀を運営する宗教上のネットワークの拠点でもあった。さらに、首里城とその周辺では芸能・音楽が盛んに演じられ、美術・工芸の専門家が数多く活躍していた。首里城は文化芸術の中心でもあったのである。
1879年(明治12)春、首里城から国王が追放され「沖縄県」となった後、首里城は日本軍の駐屯地、各種の学校等に使われた。1930年代には大規模な修理が行われたが、1945年にアメリカ軍の攻撃により全焼した。戦後、跡地は琉球大学のキャンパスとなったが、大学移転後に復元事業が推進され現在に及んでいる。復元された首里城は、18世紀以降をモデルとしている。2000年12月には、首里城跡が世界遺産に登録された。
◇ ◇ ◇
首里城の見学を終えた俺たち一行は、クラス一同で記念撮影を行った。記念撮影が終わると売店に向かい、記念品や土産物を買った。しかし、さすが沖縄。首里城の絵が表に描かれた2000円札が普通に流通されていた。
首里城の見学を終えた俺たち一行は、そのまま那覇市内にあるホテルに向かった。ホテルに着くと、俺は予め割り当てられた1人部屋で私服に着替え、夕食の時間までホテル内を散策していた。
「おっす、優斗」
ホテル内を散策していると、Tシャツに着替えた真奈と出くわした。真奈が来ていたTシャツは白地で左胸に赤坂ガールズのロゴが描かれていた野球のユニフォームのようなTシャツだった。そして後ろには『MANA.A』というネームと背番号が書かれている。ちなみに背番号は25番。
「そういえば、優斗に聞きたいことあったの。夕食いつからだっけ?」
「7時から。5分前に宴会場集合」
「あーそっか、まだ30分以上あるね」
結局、俺は真奈と手を繋いでホテル内を散策することになったが、真奈は眠たそうな表情だ。そして、終いには大あくびまでしてきた。しかし、真奈の手はやっぱり柔らかい。そして・・・
「・・・つーかお前、ブラ透けてるぞ?」
「ちょっ、もう!優斗ってば・・・デリカシーなさすぎ!」
俺は真奈から手を離され、真顔で叱られた。でも、「私も油断してた。ごめんね・・・」と言っていたが。
そして夕食の時間になり、宴会場に向かった俺と真奈は、各班の札が置かれていたテーブルに備えつけられていた椅子に座った。向かい同士だ。上から見ると以下の感じになる。
大沼、渡辺、小野寺
寺内、相川、内藤
夕食の内容はバイキングだった。食事の準備を済ませるや否や、早速真奈は、頻繁にスマホを手に取り、食事中にも関わらず、ここぞという場面で写真を撮る。それは他の女子も同様だった。真奈を含めた多くの女子生徒は、ツイッターやインスタをはじめとするSNSに昼食の画像を載せていた。そして俺は、ここの食べ物が載った同級生のSNSをただひたすら見ていた。食事中はステージで沖縄民謡のショーがあり、出演者の方が歌を歌ったり、三線を弾いたりしていた。あと、ショーの最後に沖縄民謡を歌っていた歌手が石嶺の母親だったのも、ついでだが言っておこう。
食事を終えた俺は真奈たちと別れ、部屋に戻った。しかし、ここは1人部屋だ。何もすることがない。結局、俺は程なくしてホテル内の大浴場に向かった。大浴場は広かった。露天風呂まである。結局俺は誰もいない大浴場を優雅に使った。しかし、1人で入るにはめっちゃ広いな・・・
そしてしばらくすると、隣の女湯から女子の声がはっきりと聞こえてきた。真奈と寺内の声がする。俺は、「女子、もう入ってるのか?」と女湯に向けて声を発した。すると、「うん。1班はみんないるよ。あと遥たちの班ももう入ってる。優斗ももう入ってるの?」という真奈の声が返ってきた。そして俺は、「こっちは誰もいなくて寂しいんだ。少し話に付き合ってほしい」と真奈に言った。
そして風呂を済ませた俺は、1階のロビーで真奈と少し話の続きをすることにした。風呂から上がってきたばかりの真奈は浴衣姿だった。お湯に濡れた長い黒髪が綺麗だった。
そして真奈との話を終え、部屋に戻ると俺は疲れていたのか、すぐ眠ってしまった。
こうして、修学旅行1日目の夜は更けていったのだ。
しばらくは週1ペースで話を書いていこうかなと思います。あと、首里城の説明部分はコピペです。許してください・・・




