第37話 霧の記憶 - 追想 -
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薄暗い山道は、白い霧で覆われている。
頭上には、白い夜空がある。
木々の枝が、視界に現れては流れていく。
芳寧は、激しく揺れる荷車に乗っていた。
柔らかく温かい女性の腕が、しっかりと彼女を抱きしめている。
女性は、むせび泣いていた。
頬を撫でる冷気。風を切る鞭の音。
「筠溪、芳寧は大丈夫か?」
克己の焦った声が聞こえた。
「もう無理よ、逃げられない」
女性が、芳寧を強く抱きしめる。
「私をつれ戻すまで、姜家は諦めない気だわ。このままでは……」
「逃げるんだ! 一生、籠の鳥として生きる気か?!」
「このままでは、あなた達まで──」
轟音が山道に響いた。
激しい衝撃とともに、荷車がぐらりと傾く。
泣き叫ぶ自分の声は、まだ幼い赤ん坊の声だ。
女性が絶望の悲鳴をあげた。克己が怒声をあげる。
そこで気を失った――。
かすかに香の匂いがした。
目を開けると、高貴な身なりの老夫人が見下ろしていた。
氷のような視線だ。
「……白い瞳の孫など。忌まわしい」
彼女からは、茶葉の濃い香りが漂っていた。
「孟管家」
呼ばれて、初老の男が近づく。
苦々しい表情の老夫人は、すっと遠ざかった。
「金だ。二度と戻るな」
男の声は、じっとりとしていた。
「人に言えば、お前たちの明日はない」
芳寧を抱いているのは、克己の腕だ。
克己は、何も答えない。
「ふん」
どさりと地面に何かが落ちた。
ちゃりんと響く金属音。
「お嬢さまは、もうお会いにならない。まとわりつくな」
馬のいななきが聞こえる。
馬車が遠ざかる直前、老夫人の声が再び聞こえた。
「これで思い知っただろう。誰にも言うんじゃないよ」
かすかに克己の身体が震えていた。
芳寧をきつく抱きしめる。
……闇。




