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白い霧の向こう ― 茶馬道を北上する血の臭いが行きつく先は、白い瞳の少女が過去を失った場所だった ―  作者: 鬼丸 千


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第37話 霧の記憶 - 追想 -

◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 薄暗い山道は、白い霧で覆われている。

 頭上には、白い夜空がある。


 木々の枝が、視界に現れては流れていく。

 芳寧ファンニンは、激しく揺れる荷車に乗っていた。

 柔らかく温かい女性の腕が、しっかりと彼女を抱きしめている。


 女性は、むせび泣いていた。

 頬を撫でる冷気。風を切る鞭の音。


筠溪ユンシ芳寧ファンニンは大丈夫か?」


 克己クジの焦った声が聞こえた。


「もう無理よ、逃げられない」


 女性が、芳寧ファンニンを強く抱きしめる。


「私をつれ戻すまで、ジャン家は諦めない気だわ。このままでは……」

「逃げるんだ! 一生、籠の鳥として生きる気か?!」

「このままでは、あなた達まで──」


 轟音が山道に響いた。

 激しい衝撃とともに、荷車がぐらりと傾く。


 泣き叫ぶ自分の声は、まだ幼い赤ん坊の声だ。

 女性が絶望の悲鳴をあげた。克己クジが怒声をあげる。

 そこで気を失った――。


 かすかに香の匂いがした。

 目を開けると、高貴な身なりの老夫人が見下ろしていた。

 氷のような視線だ。


「……白い瞳の孫など。忌まわしい」


 彼女からは、茶葉の濃い香りが漂っていた。

 

モン管家」


 呼ばれて、初老の男が近づく。

 苦々しい表情の老夫人は、すっと遠ざかった。


「金だ。二度と戻るな」


 男の声は、じっとりとしていた。


「人に言えば、お前たちの明日はない」


 芳寧ファンニンを抱いているのは、克己クジの腕だ。

 克己クジは、何も答えない。


「ふん」


 どさりと地面に何かが落ちた。

 ちゃりんと響く金属音。


「お嬢さまは、もうお会いにならない。まとわりつくな」


 馬のいななきが聞こえる。

 馬車が遠ざかる直前、老夫人の声が再び聞こえた。


「これで思い知っただろう。誰にも言うんじゃないよ」


 かすかに克己クジの身体が震えていた。

 芳寧ファンニンをきつく抱きしめる。


 ……闇。




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