強敵現わる
翌朝。
朝食を済ませるとすぐに出発し、昼前には森の深くの中間地点の辺りまで来た。
丁度折り返しだから、もう半分くらい歩けば森を抜けられるだろう。
「この先にひらけた広場みたいなところがあるらしいから、そこでお昼にしよっか」
地図とにらめっこしながら歩いていた勇者が、休憩できる所を見つけたようだ。
ゴーストモンスターは問題なくレプとリアムがタコ殴りにして倒している。
ゴーストをボコボコにする様を見ていて気が付いたのだが、どうにもレプの拳はゴーストを殴る時に空間ごと破壊しているらしい。
空間を絶つ拳。
それはとある世界で絶空掌と呼ばれている武術の秘奥、才ある者が血の滲むような研鑽を生涯積んで到達出来るか否かの境地。
レプの奴、それを無意識で使ってやがる。
それで幽霊でも殴れるのか。
恐ろしい奴。
勇者は相変わらず幽霊が怖いらしく、戦闘になるとそっと俺の後ろに隠れる。
勇者とは…?
自称勇者はモンスターが消滅するや否や元気を取り戻す。
「道案内ならクールでカッコいい私に任せなさい!」
「クールでカッコいい勇者さんに聞きたいことがある」
「何でも聞いて」
「その口の横のケチャップは何だ?」
「あわわわわ!
これは血!モンスターの返り血!」
勇者っぽい人物は今朝から一切戦ってない上に、血が流れていないゴースト系モンスターしか出てないので返り血の付きようがない気がするが。
さっき小腹が空いたとかでケチャップがかかったホットドッグ的なのを食べてたから多分それだろうけど。
「そういえば勇者は何のために旅してるんだ?」
「んー、
…もちろん世界平和のためだよ。
悪に苦しめられている人達のことを思うと、苦しくて胸が潰されそうになるの」
胸が平らなのに何が潰れるのだろうか。
「…おい、クールでかっこよくて温厚と評判な勇者さんでも流石に怒ることはあるぞ?」
やばい
地雷踏んだ。
平らで何もない場所だと思っていたら地雷原だった。
「シャー!」
勇者がキレた。
腕をぶんぶん振り回して暴力を振るおうとしてくる。
というか、ナチュラルに人の心を読むな。
読心スキルでも持ってるのだろうか。
「どー、どー」
咄嗟に頑丈な防護壁を収納スキルで取り出し、勇者との間に置くことで難を逃れた。
「チッ」
舌打ちをして去る際の勇者の冷たい目を、俺は忘れない。
怖い。
更に歩いて行くと勇者が言っていた広場が見えてきた。
ここだけ樹木が極端に少なくなっており、昼時の陽の光が射し込むことで辺りに濃い陰影を生み出している。
いや、影が濃すぎる気がする。
暗がりに何か潜んでいるかもしれない。
「待て。
微かだが気配を感じる」
先行していたレプが手を横に広げて後列を制す。
レプも気が付いたようだ。
「おや、気付かれるとは。
中々やるようですね」
あっさりと影溜まりの一つから姿を見せたのは、人型の異形。
白髪と黒髪が入り混じったオールバックのような髪型をしており、その顔は自信に満ち溢れている。
そして、その背に広がる白い翼と黒い翼、それに合わせるかのようなまだらの白と黒の肌色が、彼の外見を人外たらしめる。
更に白黒のその体の中心付近、心臓の辺りの位置に赤くて丸い魔石が埋め込まれており、朝と夜を隔てる太陽のように妖しく輝く。
この白黒具合は…
魔王軍大幹部の一人、ソウェイルか。
「はて、もしや貴女はレプレプロギスでは?
魔王様に全ての能力を封じられた貴女がまだ冒険者を続けているなど、可笑しいですね」
ソウェイルは顔面ににやけ面を貼り付けながらそう尋ねた。
「だれだ?」
「わたくしが分かりませんか。
かつて賢者と呼ばれ、究極魔法を修め、魔王軍を壊滅させかけた貴女が見る影もありませんね。
あとは、…勇者と僧侶ですか」
白黒モノクロ野郎は中々愉快そうな奴だった。
指先に魔力を絡ませながら、そいつはにこりと微笑んだ。
「ああ、でも今日は別に目的がありましてね。
大変申し訳ありませんが…」
「警戒しろ!」
レプは何かを感じ取ったのか、冷や汗を流しながら身構える。
「『眠れる羊は人の夢を見るか《スリーピング・シープ》』」
レプ、リアム、勇者を対象とした意識を奪う魔法。
レプと勇者は魔法防御力が高いのか、レジストに成功した模様。
リアムは瞼が下がり全身の力が抜けると、こてんと転がって眠りに落ちてしまう。
同時に、レプは前傾姿勢でソウェイルへと突っ走る。
「荷物持ち!お前は逃げろ!
勇者、時間を稼ぐぞ!」
レプが叫ぶ。
勇者がそれに応じて飛び出した。
俺には逃げろ、か。
昨日までの俺なら迷わず逃げていたが、ちょっと見物していくか。
「俺は町まで一瞬で帰れるアイテムがある。
危なくなったら使うから俺のことは気にすんな」
「分かった!
心置きなく戦える」
レプは相手の力量を読み取ったのか、冷や汗を浮かべながら、久方ぶりの強者との戦闘に口元を緩ませる。
地を踏み締め、更に加速していく。
白黒のソウェイルは、にやけ面でそれを迎え討った。
「魔法が使えない魔法使いと、素人勇者に何ができるとお思いで?」
余裕綽々の強敵に対してレプの拳が唸り、神速の突きが放たれる。
それをソウェイルは優雅に、まるでワルツでも踊るかのように、余裕を持ってくるりと回避する。
が、完璧に避けたはずのソウェイルの身体には亀裂の様な裂傷が幾重にも生じ、血が吹き出す。
ソウェイルのにやけ面が消えた。
「その拳、まさか…」
「ああ、死んだ相棒の格闘能力の全てを私が受け継いだ」
拳撃の極致、絶空掌だ。
「…面白い。
お相手致します」
白黒トゲトゲ野郎は強靭な脚力で後方へと跳んで距離を取ると、流麗な動作で構えを作る。
ソウェイルはレプを強敵とみなし、意識を切り替えて真面目に相手するようだ。
魔力が空気中を奔流のように迸った。
ソウェイルを中心として空間に揺らめきが生じ、赤々と燃え滾る火炎がいくつも浮かぶ。
炎は球状に圧縮されると、濃密な魔力を孕んだ火球となる。
下級魔法のファイヤーボールすらも、大幹部の手にかかれば致命の威力になり得るだろう。
レプは火球の位置取りを視界に収めながら、駆け出した。
「…すまない、勇者」
「分かった。時間を稼ぐね」
勇者は何かしらの意図を読み取ったのか、降り注ぐ火球の群れを掻い潜りながらレプとは逆方向からソウェイルに襲いかかる。
レプ目掛けて火球が雨のように降り注ぐが、魔法使いもどきは蝶のようにひらりと軽やかに避け、ソウェイルへの距離を詰めていく。
次々と爆音と共に着弾していく火の玉だが、その総数が減ることはない。
ソウェイルが消費された傍から新たな火球を生み出しているからだ。
火の雨が降る中、レプが例の魔道書を取出して天に掲げた。
ソウェイルはそれがなんだか知っているのか、ギョッとした表情のまま動きが一瞬止まる。
その瞬間を狙ってか、勇者が背後からタックルを仕掛ける。
ソウェイルは流石にそれを食らうほど無警戒ではなかったらしく、ワルツのような動きで体を回転させて腕を振るい、勇者を弾き飛ばした。
同時に、前方から来るであろう魔法使いを警戒して、周囲に浮かぶ火の玉を全てレプがいる前方へと撃ち放った。
勇者を吹き飛ばして再度意識を前方に向けたソウェイルの目前に飛び込んできたのは、レプが投擲した魔道書だった。
ソウェイルは魔道書の価値を知っているだけに、投げつけてくるとは思いもよらなかったらしい。
投擲物に一瞬気を取られたものの、ソウェイルは首を傾けることで難なく遣り過す。
猛スピードで通過する魔道書によって作られた死角から視界に入ったのは、密集した炎の壁を拳で搔き消しながら突進してくるレプレプロギスだった。
レプの拳は密集した火球を空間ごと消し飛ばしている。
今まで避けていたのは、「避けなくてもいい」ことを隠す為のフェイクか…!
最高速度まで加速した魔法使いは、相対する敵目掛けて真っ直ぐ一直線に迫る。
そこはもう、レプの拳が届く距離。
近接戦闘を得意とする魔法使い、レプレプロギスの領域だ。




