運命の分岐点
風呂の湯が沸いた頃、汗を流した勇者とリアムとレプが戻ってきた。
「おふろ!すごい!私が荷物持ちだった頃なんて濡らした布で体拭く位だったのに!」
「先入って良いぞ」
「ふむ、私は後でいい。
勇者とリアムが先に入るといい」
レプは一番風呂を辞退し、二人に譲るようだ。
「やったぁ、ありがとう!リアムちゃん、一緒に入ろう!」
先ほどまで泣かされていたのが嘘のようにテンションが高い勇者。
リアムを連れて簡易風呂に付いている脱衣所へと歩いていく。
本来は一人用の風呂だが、あいつらなら詰めれば二人で入れるだろう。
「あ…、
の、覗かないでよ!?」
振り返った勇者が頬を染めながら俺に対して忠告する。
「いや、そう言われると蒐集癖を持つ者として、覗きたくなるんだが…」
「駄目ー!
レプレプロギス、ちゃんと見張っててね!」
「承った」
勇者の指示によりレプに引っ張られ、簡易風呂が死角となる小屋の裏手まで連れてこられた。
そんなことしなくても、風呂には囲いが付いているから見えないと思うが。
一応駄目元で聞いてみる。
「なぁ、レプ。
覗きに行こうぜ」
「分かった」
いや、分かっちゃダメだろ。
「勇者から見張るように言われてただろ!?」
「見張るようには言われたが、止めるようには言われていない」
「ヘタレ童貞をなめんな。
覗きなんてのは修学旅行とかの集団心理で気が大きくなっている時でなきゃ無理だ」
「そういうものか」
焦った。
まさか許可されるとは思いもしなかった。
「覗きに行かないのなら、一つ手合わせ願えないか。
もっとも、私では役者不足かもしれないが」
「役不足の間違いだろ。
軟弱な俺じゃ、お前の相手なんざ務まるか」
俺の返答を聞いたレプは不思議そうに首を傾げる。
「?
私が戦ってきた誰よりもお前は強いだろう?
私の直感が告げているぞ、もし戦えば敗北は必至であると」
「ステータス見れる勇者から聞いてないのか?
俺のステータスは全部一桁台だし、収納関係のスキルしか持ってねぇ。
戦いにならねぇよ」
「そうか。
無理強いはしないが、気が変わったのならいつでも言ってくれ。
私は強者と戦いたいんだ」
「分かった分かった」
勘のいい奴は面倒だ。
「ああ、私は少し汗を流しすぎた。
風呂はお前が先に入ると良い」
レプは暑いらしく、手でぱたぱたと体を扇ぎながらローブを脱ぎ去る。
インナーがぴったり引っ付いてボディラインが露わとなっている。
体はとてもエロいのだが、中身が中身だけになんとも言えない気持ちになる。
視線に困りレプの顔を見ようとしたところ、首にネックレスのように巻き付く黒い鎖が目に付いた。
「お前…、
その首のそれ、封印具じゃねえか?」
「うむ。
お前がそう言うのなら、多分そうなんだろう」
レプの首にかかる禍々しいオーラを放つ無骨な黒い鎖。
尋常ならざる気配を感じる。
鑑定スキル、有効化。
◯黒鎖縛枷グレイプニル
階級:神話級中位
装着した対象の能力、スキル、魔力、知能を封じる。
力による破壊に対しては絶対の耐性を持ち、封印の効力は高位の神々さえも抗うことは叶わない。
第一級局限神獣拘束具…!
人間に使う類の代物ではない。
本来ならば、星を破壊するレベルの化け物を封印するような用途のものだ。
「それ、どこで着けられた?」
レプはその問いに対して少し悩む素振りを見せると、お前になら話しても良いか、などと呟いた後に語り始めた。
「昔の話だ。
私が魔法使いをやっていて、相棒の武闘家と旅をしていた頃。
調子に乗って魔王城へ殴り込みに行ったらこのザマさ」
レプは遠くを見つめながら続ける。
「私はこの通り魔法を封じられ、相棒は死んだ。
もう駄目かと思ったが、相棒が死の間際に自らの身体能力と武術を私に継承したことで逃げ果せた」
武闘家の能力を引き継いだ…?
今のレプを見る限り、かなり優れた武闘家だったのだろう。
「その鎖の首輪、取れるとしたら取るか?」
「取らない。
相棒の魂はこの鎖に焼き付けてあるのでな」
本来なら忌むべき鎖のはずだが、レプにとっては大切な形見なのだろう。
レプは首元の鎖を大事そうに指を這わして撫でている。
昼間、レプの旅をする目的は魔王ではなく強き者と戦うことだと言っていたが、相棒とやらの仇である魔王に思うところは無いのだろうか。
勇者といいレプといい、なぜこのタイミングで思い出話なんてするんだ。
情が移ってしまったらどうしよう。
いざとなったら仕舞ってしまおう。
孤独には慣れたと思っていたのに。
温もりを知ってしまうと心が鈍る。
早くパーティを抜けないと不味いかもしれない。
この森を、
この森を抜けたら、…。
考えるのはそれからでも良いだろう。
「一番風呂頂きましたー!」「ましたー!」
風呂上がり、顔を火照らせた勇者とリアムが俺とレプの元へと駆け寄ってきた。
勇者は昼間常に身につけていたプレートメイルを脱いで寝巻きの状態だ。
寝巻きから覗く肌は透き通りそうな程に白く、きめ細かい。
勇者になる前は割と良いとこのお嬢様だったのかもしれない。
「じゃ、俺はレプの言葉に甘えて風呂入ってくる」
「いってらっしゃい」
「おう、覗くなよな」
「覗かないよ!?」
湯船に浸かる。
一人でいた時は体の汚れだけを収納とかしてたから、旅の最中に風呂入るのは久々だな。
夜は更け、寝る時間になった。
敵が来たら寝ててもレプが気配で気付くそうだ。
器用な奴だ。
小屋の中、四人で川の字になって眠る。
こいつら男が居るとか気にしないの逆に凄いな。
「ねえねえ、恋バナしようよ。
トルスはどんな子が好き?」
「寝る前に恋バナの話とかしない思い遣りが持てる子」
「重い槍が持てる、か。確かに素敵だな」
レプお前絶対違うこと考えてるだろ。
リアムは既に夢の中だし、レプは口数が少ない。
勇者のお喋りも次第に回数が減っていき、やがて寝息しか聴こえなくなった。
静かな夜だった。




