第六話 先生から見たスクールカースト。
私は真口継目である。35歳女性で先生をやっている。私はふと思うことがある。
うちのクラスメイトは意外と「スクールカースト」というものが好きだ。まぁそれをクラスメイトは言葉に出さないけどそれでも好きだと思う。
例えば「影山遠助」。あいつも一見嫌いそうだがスクールカーストが好きだ。なぜならば、「孤独こそ正義」という概念を貫き通すならばスクールカーストがなければならない。スクールカーストがもしもなかったら「孤独こそ正義」という理由を肯定するものはなくなってしまう。彼はスクールカーストというものをくだらない価値観だと思ってスクールカーストを意識している生徒達を嫌えないからだ。
嫌ってしまうと「ワイワイできる人を嫉妬する」となってしまう。彼自身は嫉妬というわけではないのにだかな。
だから単純に自分を嫌わないために「スクールカースト」というものが必要だ。皮肉だけどな。
例えば光山輝。あいつもスクールカーストが好きだ。なぜならばスクールカーストがなければいつメンだけで遊べなくなってしまう。なぜならあいつは「みんな仲良くなればいいじゃないか」というからだ。あいつもの考えを正当化するためにも「スクールカースト」というものが必要になってくる。だから、無意識に光山輝もスクールカーストという階級をつけてしまっている。
真逆の考えの主だがスクールカーストが二人とも無意識に必要だと思っているんだ。
ただ大人から見れば「くだらない価値観」だと思うだろう。だが先生をやっている中、勝手に階級を作るられている過程が面白い。教職員皆考えは違うがこんな私個人としてはこんな考え方もあると思う。
まぁ、先生達はスクールカースト便利とかの考えはあるが先生達がスクールカーストを作っているわけではないだがな。
…さて。今日も学校行きますか。
続く




