普通の青年
今日も雪が降っている。寒い日が続く。シンの体調はどうだろうか。ザイはそんなことを考えた。
今日もコンコンと扉を叩く音がする。
ザイは、いつもの通りその扉を開けて――
シンと、知らない人間が一緒に居ることに、驚いた。
「お、おはようございます……ザイさん。あっ、こちらは勇者候補のヒースさんです。」
「おはようございます。シンさんからお話を聞いて、是非お会いしてみたいと頼み込みました。ヒースと申します。」
……平和な毎日に、また乱入者が現れた。
「今日の朝ごはんは、ドライフルーツのパンと、根菜のシチューです。しっかり食べてくださいね!ヒースさんもどうぞ!」
「ええ、今日の糧に感謝を。」
「いちいち祈りを捧げるのか……真面目だな。」
「修道院育ちですので……」
「はいはい、冷める前に食べちゃって下さいね!」
「はい、ありがとうございます。」
ザイはため息をついて、シチューを口に運んだ。美味い。
「それで……俺に用というのは?」
「はい。私は、常々不思議に思っていたのです。魔王が世界を支配しようとした時代も、しなかった時代もある。それなのに、結局最後には勇者に討ち取られる。」
「……………」
「昨日シンさんと話していて思いました。魔王は己の理性で瘴気を好き勝手に操ることはできない。けれど、話をしてみれば同じ人なんです……」
「………それで?」
「世界を呪ってもおかしくはない状況で、あなたにならシンさんは討ち取られても良いといいました。」
「あっ……!その……それは……」
シンが焦る。どうせいつもの言葉を、うっかりヒースにも喋ってしまったのだろう。ザイは、ジェスチャーでシンを黙らせた。
「私には、その言葉が忘れられません。そんな言葉をシンさんに言わせた勇者候補とは、どんな方なのか。お会いしてみたくなるのは、おかしいでしょうか?」
「理由は分かった。が……話せる事なんて、あまりないぞ。育てた。それだけだ。」
「それだけじゃないです!」
いきなりシンが叫んだ。注目されて、勢いを削がれたのか下を向き、それでももごもごと呟く。
「それだけじゃ……ないです……」
部屋に、少しの沈黙が落ちた。
「ザイさんは……僕と一緒に、生きてくれました。」
「育てたうちだろう……」
「子供の頃布団に潜り込んでも、大丈夫でしたし、コップを割っても大丈夫でした!」
「そりゃあ子供だからな。」
「ご飯は美味しくなかったですけど……」
「おい……余計だぞ。」
「本を読んでくれた、一緒に畑を耕した、毎日ご飯も食べてるし……」
「特別なことなんて何もないだろうに……」
「いーえ!そこは譲りませんからね!」
そこで、笑い声が聞こえた。
ザイとシンは慌ててヒースを見やった。
気付けば、二人ともヒースの存在を忘れていた。
「なるほど。これはどうにも……私には無理ですね!」
ザイとシンは顔を見合わせた。
「もっと世界を呪っていたら。もっとずっと、残酷だったら。でも、違うんです。普通に育った普通の青年を殺すのは、どうにも私には無理です!」
ヒースはさっぱりした!とでも言いたげに笑っている。
「この結論が出せただけで、この2日間、有意義な時間でした!」
「僕が言うのも何なんですけど、勇者候補の人達、納得が早くないですか?お人好しすぎませんか?」
「私は元々、魔王を殺すという事に懐疑的でしたから……。修道院は魔王を殺せと言うでしょうから、私は旅に出ようと思います。」
「急だな……」
「昨夜、一晩考えました。それに急くらいでいいんです。そうでないと、強制されるでしょうから……見つかる前に、逃げないと。」
「修道院って怖いところなんですね……」
「慈善事業など、いいところもあるのですがね。」
ヒースは床に広げていた荷物を慌ててまとめ始めた。シンとザイも手伝った。
「私は、シンさんの事を、旅の途中で出会う皆に伝えていこうと思います。魔王は、人を害そうとしている存在ではないのだと。本当は、普通の青年なんだと。……そうすれば、いつか和解できる方法も、分かるかもしれない。」
「ヒースさん……」
「それでは、お元気で!この2日間、楽しかったですよ!」
……ヒースは、風のように去っていった。
慌ただしい2日間だった……
(本当に、そんな方法が見つかれば……)
ザイはシンをちらりと横目で見た。
ヒースに向かって手を振り続ける姿は、やはり、金の目以外はどう見たって普通の明るい青年だった。




