向かい側
暖かな場所、暖かな食事。
味はよく分からなかったが、夢中でのみ込んだ。
頭を触られる。痛くはない。
その人?は、なぜかよく頭にさわる。
理由はわからない。理解できない。けれど、ここにいて良いと、言われた気がした。
デモクがザイの家に住み着いてから一週間。ようやく、手紙が届いた。
デモクは慌てて手紙を受け取り、慎重に封を開けて――
落ち込んだように、けれどホッとしたように、顔を上げた。
その目には、決意が宿っていた。
「お前たちの言う通り……仲間は皆、故郷の村に帰っていたそうだ……済まない。今までの事を詫びよう」
ザイは疲れているようだった。朝昼晩とデモクに予定を狂わされていたので、仕方がないところもあるのだが。
「シン。お前に言った通り……俺は、魔王とは何なのか、仲間と合流して、調べてみようと思う。ザイも……一週間、迷惑をかけた。」
「納得したなら帰ってくれ……」
「ザイさん!別れは笑顔でないと!……それにしても、本当にもう行くんですか?朝ごはんも食べずに……」
「ああ、済まないな。やることを見つけたら、止まらない性格なんだ!」
こうして、デモクはザイの家から去って行った。
(一週間、長かったな……)
ザイは、人付き合いが苦手だった。
そうして、久しぶりに2人きりだ。
……しんとした朝だ。二人の間には、ほとんど言葉はない。けれど、それが苦痛にならない静かさだった。
「塩」
「どうぞ。」
カチャカチャと食器の音が響く。
ふと、シンは思った。
(ザイさんって……いつから向かい側に座るようになったんでしたっけ……)
幼い頃は、いつも隣だった。何かあればすぐ、ザイはシンの頭を撫でていた。
(あの頃は撫でるって意味もしらなかったですけど……)
シンは向かいのザイを見る。すぐに気づかれた。視線で聞かれたので、何でもないと首を振る。
(人が苦手なザイさんが、それでも一緒にいてくれたから……いえ、あの頃のザイさんは、僕以外には……誰もいなかった。)
狭い家。1人きり。
シンと出会ってからも、ザイは徹底的に人と関わり合いを持とうとしなかった。
だから、シンは側にいる。そう決めていた。
……いつか、決められた日まで。
「ところでザイさん。」
「なんだ」
「そろそろ魔王、倒しませんか。」
「デモクが調べるって言った矢先にこれか……倒さん。」
「ザイさんのケチ。」
静かに日常は、戻ってきた。
夕食後、シンはふと気づいた。
「ザイさん。」
「どうした。」
「湿布、いつものでいいですか?」
ザイはコクリと頷く。シンは、踏み台を使って棚の上から箱を取り出した。
「左肩ですか?」
「……ああ。」
「また薪割りばっかりしてたんですね?」
シンは箱を開ける。薬草の匂い。……子供の頃、隣で眠っていた時によく嗅いだ匂いだ。
(懐かしい……)
ぺたりと左肩に張る。
「こうしてると、いわゆる親子ってやつに見えるんでしょうか?僕たち。」
「こんなデカい息子を持った覚えはないぞ……」
「あはは、僕もこんな若いお父さんは嫌です。」
……ザイは片腕でシンの首をロックして、拳骨をグリグリと頭にねじ込んだ。
慌ててシンは扉から飛び出した。
「また明日来ますね!ザイさん!」
シンは叫んで、歩いて3分の道を駆けてゆく。
シンの姿が魔王城の影に消える。
ザイは見送って、ため息をついた。
……空は、すっかり暗くなっていた。




