幸せな魔王
寒くて怖くて、痛かった。だから目の前の人影が、手を上げた時、また痛くなると思って動けなくなった。
頭を触られて、よく分からなかった。
布で覆われて、何処かに連れて行かれるので、また怖い事が起こるのかと思っていた。
……でも、人影は泣いていた。
だから、真似して頭を触ってみたのだ。
「う〜ん、よく寝たなぁ……」
魔王城の奥深く。シンの目覚めは随分と早くから始まる。
魔王城の玉座の間は、実は裏庭にこっそりと通じている。
本来は避難経路として作られたのだが……今ではすっかり勝手口だ。
そして裏庭もすっかり畑である。
「サツマイモがありますね……あ、栗も!」
今日は甘いものも作れそうだと、シンは内心喜んだ。
(ザイさんは苦手ですけど……たまには良いですよね!)
今日の朝ごはんはさつまいもの蒸しパンに、昼のおやつはマロンパイに決定した瞬間だった。
「ザイさん!デモクさん!おはようございます!」
いつものように、いつものごとく。シンはザイの家を訪れる。
だんだんと慣れてきたのか、デモクは最近は声を荒らげない。どこか疲れたように2人の会話に突っ込むだけだ。
「毎日毎日……マメだなお前も……」
「?いつものことですから。」
「飯の恩があるとはいえ……魔王……ううん。」
今日もデモクは思い悩んでいる。
「シン、こいつは放っておけ。」
「同じ勇者だろう!少しは疑問に思え!!!」
……訂正、やはり今日もデモクは騒がしい。
「それじゃあ、狩りに出る。」
「気をつけてくださいね、ザイさん!」
普段通りのやり取り。デモクは最近は、ザイの狩りにはついて行かなくなった。
その代わり、素振りをすることが増えた。いつかまた挑んでくるのだろうか?シンは思った。
だが今日は、素振りにも行く気はないらしい。
「あー……まあ、なんだ。話がある。座れ。」
「ここザイさんの家なんですけど……」
「細かいことを気にするやつだな……いいから座れ。」
別に反抗する理由もない。シンは大人しくデモクの向かい側に座る。
「それで……話って?」
「お前は魔王の仕事を放棄しているのではないかという事だ!」
「魔王の仕事……あっ、魔物に言うことを聞かせるのは、仕事ですかね?くれぐれも民家や畑を襲わないように……」
「それは!魔王の仕事じゃない!」
「あとは……魔王城に来る勇者候補の人に、故郷に帰ってもらうくらい……?」
「近いけど違う!なぜ勇者を倒さない!魔王の仕事とはそういうものだろう!?」
「うーん……難しいですけど……」
「………」
「僕は今、幸せなんですよ。」
「……謎掛けか?」
「いえ、それが答えなんです。」
そこまで言うと、シンはテーブルの上のポットから、手元の湯のみに茶を注いだ。一口飲んで、息をつく。
「……とても、幸せなんです。」
「……俺には、分からない……何故、勇者を倒さない?お前みたいな魔王がいるなら……魔王とは何なんだ?何故、世界は魔王を生み出す?」
「そっちは僕にも分かりません!」
「元気に答えるな!……まったく。お前たちのせいで俺は今、頭の中がぐちゃぐちゃだ……」
デモクは大袈裟にため息をついて、頭をぐしゃぐしゃに撫で回した。
「伝承では、魔王は瘴気を浄化する世界樹を枯らし、世界に瘴気を振りまく張本人……そして、代々の魔王はその生まれ変わりだと言われている……」
「……確かに、僕が魔王に目覚めてから、瘴気……増えましたね。でも生まれ変わりとかそういう事はやっぱり分かりませんよ!」
「あと3日だ。あと3日経てば……故郷からの手紙も届く。お前が、本当に仲間を殺してないのかが分かる……」
デモクは複雑そうに、壁に立てかけてある大剣を見やる。
「お前を見ていると……俺が知っている魔王像そのものが崩れていく。
もし嘘なら……俺は今度こそ命を懸けて、お前を止める。だが……本当なら……」
「本当なら?」
「……なぜ魔王なんてものが生まれるのか、調べてみたい。理由が、知りたい。」
「それは僕も気になっていますけど……」
デモクはガタンと椅子から立ち上がり、拳を握った。
「ここに来てからたった4日だ……たった4日で、これだけ悩む羽目になったんだ!嘘だったら、承知しない!その代わり……本当だったなら……俺は、もうお前相手に、剣を振れない……この争いから手を引いてやる!信じさせろよ!!!」
「デモクさん……早くないですか?僕、貴方が騙されないか、心配です。」
「お前が言うな!!!」




