春が来た
魔王城は、静かだった。
誰の妨害も受けずに、簡単に玉座の間までたどり着く。
ザイは、肩透かしを食らいながらもシンらしいと思った。
(前も魔物に言い聞かせてるって言っていたな……)
思い出がよぎって、少し笑いそうになる。扉を開けるのを、少しためらって、それでもザイは押し開けた。
「ザイさん。お帰りなさい。」
「……ああ。帰った。」
「ようやく魔王を倒しに来てくれたんですね。」
「……………」
ザイは、腰から愛用の銀の剣をスラリと抜いた。明かりのきらめきを反射して、鋭く輝く。
「抵抗、しませんよ?すっぱりどうぞ。」
ザイは、それでも未だ、躊躇っていた。
(本当に成功するのか、本当にこいつを――)
シンは、ただザイを不思議そうに見つめている。
魔王の玉座から立ち上がり、近づいてくる。
銀剣の先を、胸に当てる。
「ここが多分心臓。押し込むだけです!大したことじゃ……」
「大したことあるだろうが。」
シンは黙った。
後ろめたそうに、黙り込んだ。
「大したことあるんだよ、俺には……そしてお前は、それを俺の手で、壊させるんだ。」
「でも、こうするしか、世界もザイさんも……」
「理由なんて分かってる。毎日見てりゃ、そんな事分かる。」
ザイは剣に力を込めた。
一瞬汗で滑り、しっかりと握り直す。
「だから忘れるな。お前は、俺を傷つけたんだって事をな!」
そのまま、シンの体を、銀剣が貫いた。
魔力が渦巻く。魔王の死をスイッチとして、瘴気は消えてゆく。世界はザイに、疑似世界樹へと変貌する魔力を流し込もうとする!
「……これを、待っていた!!!」
ぐったりと腕のなかで力なく体を預けているシン。
(賭けになる……今まで、誰一人魔王を救おうとなんて思いつきもしなかった……それでも!)
決心さえすれば。
命すら蘇らせる、多量の魔力さえ揃えば。
誰にだって出来る、命がけの力技。
ザイに、迷いはなかった。
自分に定着しようとするその魔力を――思いっきり、全力で、シンにぶち込んだ!
(………!!!痛い、皮膚を無理やり引き剥がしてるようだ……!)
引き裂かれるような痛み、赤く染まる目の前……
だが、止めない。
(勇者と魔王が相討ちした後、勇者だけを生き返らせた魔力なら……シンも!)
ザイは、ハナから真の勇者になるつもりなんてなかった。シンを諦めることも。
(お前が望んだ未来なんて要らない……お前がいなけりゃ、意味がないんだ!)
瞬間―――凄まじい衝撃が駆け抜けた。
空気がビリビリと震え、壁はひび割れ、光の柱が立ち、魔王城の天井は吹っ飛んだ。
……光が指す。
ゆっくりと、シンが目を開く。
その金の瞳には、青空が映っていた。
「……どうして……」
シンは自分の心臓の上に手を当てる。……傷は残っていたものの、すっかりと回復していた。
確かにあの時シンは死んだはずなのに――
「どうしてだろうな?」
得意げに、ザイはシンに語りかける。……その全身はボロボロで、目からは涙がこぼれていたけれど。
それでも、笑っていた。
「俺の勝ちだ。」
「それは……そうですけど。どうして……それに、これは……真の勇者の力……?」
「お前が死んだ瞬間、俺に定着する前に全部ぶち込んだ。」
「なんて無茶するんですか!それに……やっと、ザイさんが皆に認められるはずだったのに……」
「あきらめろ。」
ザイはグイッと顔をぬぐって立ち上がり、シンに手を差し伸べた。
「俺が孤独だなんて、誰が言った。この十五年、そんなものとは無縁だったろう。」
シンは恐る恐るザイの手を取り立ち上がった。
「世界の瘴気が浄化しきれなくなるまで、お前は生き続ける。次の魔王が生まれるまで……長い付き合いになるな?」
ダークエルフの寿命は長い。それこそ……浄化された世界に瘴気が満ちるまで、持つことだろう。
「無茶苦茶です……ザイさん。魔王を勇者にしちゃうなんて。」
シンは、ようやく笑った。
それと同時に、涙もこぼれた。
……瘴気の消えた空は、どこまでも澄み渡っている。
……ようやく、雪が止んで、春の光が差し込んだ。
「それじゃあ……王都や、人々にお前を取られる前に……逃げるか。」
「えっ?逃げるって……何処へ?」
「どこにでも行けるだろう。」
「無計画ですよ!」
会話の間にも、ザイはグイグイとシンの手首を引いて歩いた。
「雪が止んだ。春が来た。なら……世界は勇者の誕生に気づくだろう。」
「だからって……せめて準備くらいさせてくださいよ!ザイさん!」
……ようやく、宿命から解放された。そんな二人の足跡が、雪解け道に残っていた。




