勝手な望み
春なのに、雪は降りしきる。
今日も魔王城は、静かだった。
シンは一人で目玉焼きと、具の少ないスープを食べる。ザイのいない朝にも、少しだけ慣れてきていたようだった。
一人で静かに食事を終える。
(何だか……寒いな。寒いのは苦手だ……)
窓から空を見上げる。今日も、曇った空からは雪が降り続けている。
その日現れた勇者は、まだ年若い少女だった。
「あんたが魔王シンか。」
「……はい、そうです。」
「ヒースから色んな話は聞いてる。あんたが普通に育った、野望のない魔王ってことも。けど……けど!」
少女はキッとシンを睨みつけた。
「この山を中心に、瘴気が広がっている!世界は……もう春も盛りだっていうのに、雪が降り続いてる!私が住んでた麓の村は、もう住めなくて近くの村に皆避難した!みんな肩身の狭い生活をしてる!」
シンは、視線を床に落とした。
「あたしの名前はジャス!この世界のために……あんたを殺す!」
少しの沈黙が流れた。
ぽつりと、シンは口を開く。
「……ごめんなさい。それでも僕は……ザイさんにしか殺される気はありません。」
「戯れ言を!」
ジャスの素早い踏み込み、気迫の籠った剣裁き。
どれも魔力の盾で受け止めながら、シンは考えた。
(この子……強い。まだ僕のほうがだいぶ上だけど……鍛えたら相当……!)
「考えごとかぁっ!」
上段に構えて、大きく剣を振りかぶる。だが、隙の多いそこを見逃すシンではなかった。……魔王は、戦闘能力の底上げが激しいのだ。
ジャスは吹き飛ばされ、壁に激突した。そのまま、崩れ落ちる。
(あっ……やり過ぎた!?)
慌てて駆け寄る。
「油断……したなっ!」
突撃する剣が、シンの左腕を掠める。しかし、そこまでだった。強制的に麻痺の魔術を叩き込まれ、ジャスは無力化された。
「ごめんなさい……出来れば僕も、早く殺されたほうが良いと思うんですが……。それでも、僕は、ザイさんに殺されたい。」
ジャスは混乱したように、少し黙ったあと、シンに聞いた。
「……なら、聞かせてほしい。なんでそこまで、ザイってやつにこだわるの?」
「ザイさんは……僕を拾ってくれて……一緒に生きてくれた、だいじな人。でも……殺されたいのは、それだけが理由じゃない……」
シンは罪悪感から目を閉じた。
「僕の、勝手な望みのせいです。」
生まれた時から、いらない子だった。
金の目は縁起が悪いと、両親はシンを冷遇し、虐待して育てた。
それでも六歳まで生かされていたのは、運が良かったのかもしれない。それがなければ、シンは死んでいただろう。
シンを見つけた時、ザイは涙を零した。縋り付くように抱き上げられ、共に暮らすようになってからも、ザイは、よくシンの姿を見失うたびに探した。
……ザイは数を減らした、迫害対象のダークエルフ。しかもまだ若かった。孤独も限界だったのだろう。
縋っているのか縋られているのか分からない、けど支え合って生きてきた2人は、いつの間にか、知らない間に、家族になった。
二人きりでも、幸せだった。
……シンが、魔王になる日までは。
魔物が自分に傅いた日を覚えている。満ちあふれるような、慄くような魔力が底から溢れた日のことも。
離れなくてはならないと思った。
……けれど、ザイを1人きりにするのは心配だった。
だから、シンは、ザイの小さな家の隣に魔王城を建てたのだ。
……魔王は大概、短命だ。瘴気の満ちあふれた大地になれば、人は死に物狂いで魔王を殺しに来る。
けれど、シンはやはり心配だった。シンがいなくなれば、ザイはまた一人っきりだ。
……それだけは嫌だと、シンは思った。
いつか世界のために死ななくてはならない。それでも、ザイを1人きりにさせない方法。
思いついてしまった。
魔王を殺した、ただ一人の真の勇者は、王都に連れて行かれ、たくさんの人々に讃えられながら、何不自由なく生きる。
ダークエルフのザイが、沢山の人に囲まれて生きることができるのだ。
それが、シンを失う孤独を埋めてくれるといい――シンは、心の底から、そう願っている。
「ザイさんは、僕と約束してくれました。手遅れになる前には、必ず殺すと……。だから、あと少し……あと少しだけ、待ってもらえませんか。」
ジャスは、少し、考え込んだようだった。
「世界は、どんどん悪くなってる……少しずつでも、毎日野菜がとれなくなって、皆弱ってきてる……」
「………」
「……でも、あたし、真の勇者になりたいわけじゃない。名誉も名声も、いらない。あたしはあたしの正しいと思うことをする。」
「……………」
「だから……もうちょっとだけ、待つ。今のあたしじゃ、あんたに敵わないのも事実……修行する。ヒースへの、義理もあるもの……。だけど……間に合わなければ、私があんたを殺す。それだけは、譲れないから。」
「はい。……でもザイさんは約束してくれましたから。心配いらないです!……でも、鍛えるのは良いことかもしれません。ジャスさん、かなり筋がいいんですもん。」
「敵を褒めるな!あたしがやりにくくなるの!止めてよね!」
ようやく麻痺の少しとけたジャスは、くるりとシンに背を向けた。
「修行するわ。……次会ったときは、あんたを殺す日だからね。」
「………そう、ですね。」
そうして、シンとジャスは別れた。
魔王城のある山には、深く深く雪が降り積もっていた。




