大賢者イデア
『よくぞ来た、勇者よ……。私は大賢者イデア。』
透き通った老人の人影は、重々しくそう告げた。
(敵か……味方なのか……?)
ザイは咄嗟に腰の剣に手をやる。
『今代の勇者よ。そう急かすな。私は敵ではない。今なおこの地に縛り続けられている、かつての大賢者のコピーだ。』
「大賢者……?聞いたこともない。」
『ああ……今の時代では、もう伝わっていないらしいな。この術式管理部屋に現れた少女にも、おとぎ話として聞いた。』
おとぎ話……
魔王が現れれば、土地は枯れ、瘴気は溢れ、魔物がはびこる。
だが、そんな魔王に対抗できるものも、人のなかには現れる。
それが、勇者。
勇者の紋章を宿した者のみが、魔王を倒せる。
魔王を倒したものこそが、真の勇者とされ、彼の者のいる所、恵み溢れた地になるという―――
『そうじゃ。その話。』
「勝手に人の頭の中を覗くな!」
ザイは一歩後ろへ下がった。
この老人は信用していいのか?胡散臭さのほうが、ザイは勝っていた。
『良いのか?古代から勇者と魔王の術式に関わってきた私には、お前の知りたいことに答えられる……』
「……本当に?」
ザイは……わずかに構えを解いた。
『ああ……。だがしかし……今の時代には、勇者と魔王の術式は随分と歪んで伝わったようだ……』
「……まず聞きたいことがある。魔王を救う方法はあるのか。」
『……急かすのう……だが、まずは話を聞いてゆけ。』
ザイはとりあえず黙った。
『かつてあった世界樹は、この世界に溢れる瘴気を浄化し続けていた。その世界樹が枯れる兆候を見せた時……私達は慌てた。このままでは世界中に瘴気が溢れると。世界のために、瘴気を浄化する装置が必要だ……それが、まず最初だった。』
「……………」
『私達には時間がなかった。故に、かなりずさんに術式を組み上げた。そこは本当に済まなかった。それが後々まで尾を引くことになるとは……』
「……それで?」
『対象Aが擬似世界樹として瘴気を集め、瘴気限界で死した時、対象Bが……』
「分かりにくい。端的に。」
『つまりじゃ。真の勇者が疑似世界樹として人の形のまま、瘴気を集めながら生きる。長命となるが……瘴気が限界を超えると死ぬ。
その死をきっかけに魔王が発生する。
魔王は瘴気を抑えながら存在し、限界を超えれば覚醒する。
そうしてそれと同時に新たな勇者候補が選ばれる。
勇者が魔王を討つ。
討った勇者にこの施設の魔力が注ぎ込まれ、新たな疑似世界樹の力を持って生きる。この繰り返しということじゃな!』
「……ずいぶん理不尽な話だな?」
『それは……本当に済まないと思っている……』
「真面目に謝ればいいってものじゃない。さっきの方が素だろう。」
『バレてしまった……儂の大賢者としての威厳が……』
「今の時代に伝わってない話なんてどうでもいい。それよりシンを救うには……」
ザイはすっぱりと話を切り捨てた。
『お主……本当に変わっておる。今の今まで魔王という存在に名称が変化してから、討つことを躊躇うものなど居なかったというのに……』
「躊躇うものはいたのか?」
『初代勇者じゃな。親友が今で言う……魔王の適正に適合してしまい、泣く泣く討った……その後、儂らへの復讐として都市イデアに攻め込んできたんじゃ……なんとか取り押さえたが……そのままイデアは人が減り……』
「そうか。……同情はするが、今はどうでもいい。確認したいことがある。」
『……?』
「勇者が魔王と相打ちになったことがあると聞いた。この部屋で生み出される魔力は……死を克服するほど、強いものなのか?」
『……ただの人間を疑似世界樹に作り変える術式じゃからな……相当の魔力じゃ。』
「……魔力としては、ただの魔力だと?」
『うむ……術式は仕込んであるが……?』
ザイは踵を返した。イデアは慌てて呼び止めた。
『えっ……どこいくんじゃ?』
「……聞きたいことは聞いた。これ以上は、説明することもないだろう?」
『まあ……簡単には説明したが……』
「なら……俺は帰る。ここ以上の情報も、手にはいる場所はないだろう。」
『まあ……それはそうじゃが……
どっちに行くんじゃ?この部屋は転移魔法で出られるぞ?』
ザイは辺りを見回した。
……出口がない。
………ザイは、しばらく無言でプルプルした。
出口のわからない男は、プライドを捨てて振り返るしかなかった……




