遺跡都市イデア
今年の春は、寒かった。
ザイは手放すはずだった外套を着たまま、激しく雪舞う曇り空を見上げる。
……長い冬のせいで、作物の採れも悪いと聞いた。
……これも瘴気の影響なのだろうか。ザイは、急ぐために、エクアルからの船着き場へ向かった。
数日後、ザイは遺跡都市イデアへ辿り着いた。
船を降りた先に広がっていたのは――
遺跡都市イデアは、中心部に大穴がある。
かつてこの世界を支え、瘴気を浄化し続けていた世界樹が植わっていた場所だという。
ザイは、今ではすっかり人の少なくなったイデアの街を歩いた。
行き交う住民もわずかだ。
珍しい幾何学模様の刻まれた壁や遺跡を見ながら、しばらく街を見て回る。
……遺跡都市イデアに図書館のようなものはないらしい。少数の民族が暮らすこの地では、管理しきれないのだろう。
都市の中心部の大穴のそばには、一つの石碑が建っていた。
ザイはハッとしてその石碑をまじまじと見つめた。
……古ぼけた割に、随分と形を保っている石碑だった。金色の線で、特徴的な幾何学模様が刻まれている。
……嫌というほど、見覚えが、あった。
ザイの左手にも刻まれている―――勇者の紋章。
(ここには一体何が隠されているんだ……?)
ザイは肌を粟立たせた。
そこへ……低い位置から、高い声がかかる。
「……お兄ちゃんも、勇者様?」
振り返ると、幼い少女が立っていた。
「お兄ちゃん……も……?」
「あたしもそうよ!」
少女はきゃらきゃらと笑い声をあげる。
見て見て!と差し出された手には、確かに幾何学的な勇者の紋章が宿っていた。
(こんな幼い少女が……)
勇者とは一体何なのか。ザイはさらにその疑問を深めた。
「お兄ちゃんも勇者様なら、いいこと教えてあげよっか?」
「良いこと?知りたいな。」
ザイはしゃがんで少女と目線を合わせた。
幼いシンによくやっていた癖だったが、ザイ自身は気づいていない。
少女は得意げに微笑んだ。
「こっち!来て!」
石碑の側から駆け出す少女。どこへ行くのかと思えば、大穴をぐるりと回り込み……
「見て!ここからならこの穴、下りられるの!」
……大穴の中でも比較的、なだらかな斜面に到達した。
……これが……いいこと?なのだろうか?
不思議そうに少女を見やるザイ。
少女はしゃがんで!しゃがんで!とジェスチャーで示している……
しゃがんだザイに、少女は小さく耳打ちした。
「内緒だよ?穴の底にもね、これとおんなじ模様のちっちゃな石があるの……触るとね、触るとね……秘密基地があるんだよ!」
秘密基地。ザイは目を瞬かせた。
だが……穴の底にも同じ紋章の石がある。
それは、重要な情報かもしれなかった。
「ありがとう。行ってみる。」
「秘密だよ!私もね、勇者様だけの秘密って教えてもらったの!」
そう言って少女は駆けていく。
(教えてもらった……?誰に……?)
疑問に思いながらザイは、穴の底へゆっくりと歩みを進めた。
途中何度か滑りかけたが……なんとか穴の底までたどり着いた。
その中心点。その石はあった。
ザイ自身先に聞いていなければ気づかなかった、小さな石の板。
(触ると秘密基地……意味がよくわからないが、こうしていても仕方がない。)
そうしてザイがその石の板に触れた瞬間、目の前が光で溢れ―――
気づけば、ザイは知らない空間にいた。
魔法陣が何重にも展開され、丸い広間を埋め尽くしている。
その時、左手の甲が一瞬熱くなった。そして……
『ID検出 登録番号:13 勇者認証術式 登録名ザイ……』
魔法陣の一つが、光り輝き……透き通った一人の老人の影が、姿を現した。




