理由
私はゆっくりと道を歩いていた。
鉛色の厚い雲が空を覆っているせいで薄暗く、これから雨が降ってきそうだった。
太陽は雲に遮られ、昼前なのに暗い。
私はどこに進んでいるのか分からなかった。もしかしたら橋の方に行きたいのかもしれないし、家に帰りたいのかもしれない。
ただ、今進んでいる道は、そのどちらからも離れていた。
私は近くにコンビニが見えたので、そこに入った。
コーヒーを買うと、店の外で一口含んだ。
しかし飲み込む気になれず、口の中にそのまま入れっぱなしにしていた。
泥水を飲むように嚥下すると、私はコンビニの前のガードパイプの上に座った。
─西田は橋の上から転落した。
その事実が私の頭の中を占めていた。
しかも、私のせいで。
転落したのは私のためだった。
私が間違えて『エリオミン』を打ってしまった時、西田は自分が死ぬことに気がついた、だから死因が薬によるものではなく、転落死だと思わせるために、橋の上から飛び降りた…
西田は薬を打ったあと、私の顔をじっと見つめていた。
それは私が薬を間違えたと、分かっていたからではないのか。
私は肺の奥からゆっくりと息を吐き出す。
わざわざ橋の方まで向かって転落した理由は、これ以外に考えられない。
あの警官の言う通り、いくら認知症とはいえ、電灯のついている橋の上から転落するのはおかしい。
西田の顔が頭に浮かんだ。
逃げたいと切実に思った。
この罪からも、警官からも、全てから…
電話がなる。
スマートフォンを見ると、須藤先生からだった。
「高木くん?」
「はい?」
「君の机の中を見た、西田さんが死んだ日の記録が出てきたけど、これ君の証言と少し違くないかな」
全身に鳥肌が立った。
「それは…」
偽の記録が見つかってしまったのだ。
最悪だった、忘れていた。
それにわざわざ私の机なんて見るはずがないと思っていた…
「すぐに病院に来なさい」
電話が切れる。
私はなぜかスマートフォンの電源を切った。
ゆっくりと立ち上がると、須藤医院の方に向かう。
死刑台に向かう囚人のような気分だった。
数十分歩き、須藤医院の屋根を見た瞬間、私の体にはとてつもないほどの汗が浮かんできた。
私は職員用のドアを開けた。
そしてスタッフルームに向かった。
部屋の中には須藤先生がいる、左手で私を正面に座るように促した。
「話を聞かせてもらおうか」
「先生」
「なんだ?」
私はためらい、半ば投げやりな気分でそう言った。
「須藤先生、あなた西田さんを殺しましたね」




