警官
地域課の警官は、もう片方の若い警官に指示を与えると、私に向き直った。
「あなたが、高木さん?」
仮眠中に叩き起こされたのだろうか、少し腫れぼったい目をしていた。しかしそれでも制服は綺麗に着こなされており、綺麗な印象を受ける。
あと数年で定年退職に行きそうなこの警官は、気だるそうにメモ帳を取り出す。
「ええ、そうです」
警官は粘っこい視線で私を見つめていた。
「西田さんが消えたと気がついたのはいつ頃だったの?」
「八時ごろですね」
八時は私が間違えて『エリオニン』を打った時間だった。
時間について嘘をついたのは、薬を打った後すぐに西田が消えた、と気がつくのは、流石に怪しすぎると思ったからだ。薬を打ったのはもっと前の時間にして、その後に気がついたと言うことにしよう。
須藤先生に連絡したのは八時十分ごろだ、これならば怪しまれないだろう。
警官から目を逸らして、すぐに慌てて目を合わせた。
「職員は何人いたの?」
「あの時は私だけでした」
警官の目が一段と鋭くなったような気がした。
「じゃあ、西田さんと二人きりだったんだ」
「ええ、そうです」
さっさとこの会話が終わることを願った。寒いほど風が吹いているのに、先ほどから背中に嫌な汗が流れていた。
「最後に西田さんを見たのはいつだったの?」
私は頭をフル回転させた。
八時は西田がいなくなったことに気がついた時間になっている、ならば、薬を打った嘘の時間を言わなくてはならない。
鎮痛剤は七時から八時の間に打つので、その間の七時半あたりが自然だろうか。
「七時半ごろです、鎮痛剤を打ちました、その、見て分かる通り、左腕を怪我していたから」
私は西田を見やった。
「なるほど」
警官は無表情で頷いた。そしてメモを取り出すと、今まで話したことをまとめているのか、ボールペンで書き殴った。
少しして、私を見つめ、不意をつくように、
「その時間から、西田が消えるまでは君は何をしてたんだ?」
と聞いた。
「その時間帯ですか?記録を書いていましたね」
私はそう言った。
そして嫌なことを思い出した。慌てていたため忘れていたが、七時半に薬を打ったという記録をしないといけないのだ、七時半には確か異常なしと書いたはずだった。記録を須藤先生や警官に見られたら、すぐに嘘がばれてしまう。
それよりも先に、書き直さなければ…
「ふうん」
警官は興味なさげに私を見ると、視線を須藤先生に移した。
病院の管理体制について、いくつか質問をし始める。中には本当に必要な質問なのだろうか、と言うものもあったが、須藤先生は素直にそれを答えた。
次第にパトカーが何台か走ってきた、検視や現場管理などをするのだろう。
「じゃあ西田さんの記録や、病室を見させてもらってもいい?」
警官は須藤先生を見てそう言った。
まずい、と思った。
まだ記録を書き直していない。
自分の心臓が、強く鼓動を始めていることに気がついた。
警官は左手を出して、待ての合図を出しすと、電話をするために少し遠くに歩いて行った。
私は申し訳なさそうな顔を作って須藤先生を見た。彼の顔からはどんな感情も感じられない。
「須藤先生…その、申し訳ありませんでした」
私は頭を下げた、しかし彼は怒った様子はなく、
「医療事故はどこでも起こりうる」
と答えた。
『事故』その言葉が胸に重くのしかかった。違います、と告白したい衝動に駆られる。
「そう…ですね」
「遺族の説明は私がやっておく、病院まで送ろうか?」
「お願いします」
私はもう一度頭を下げると、踵を返した。
西田の元で手を合わせようとしたが、若い警官が『君は入れない』と言ったので、私はすぐに須藤先生の元に戻った。
西田に向けて手を合わせることはなかった。




