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冒険者ギルド。
「……魔導師として、登録をお願いしたいのだけれど」
顔全体を覆う継ぎ目のない銀の仮面。
縁から背へと流れる鮮やかな金髪。
その美しくも異様な佇まいに、受付嬢は思わず息を呑んだ。
「……登録は自由ですが、お嬢様。ここは宮廷の演習場じゃありませんよ? 魔法が少々使える程度で首を突っ込むと、魔物に食い散らかされるのがオチですよ」
周囲の冒険者たちから下卑た笑いが漏れる。
「おいおい、自称魔法使い様のお出ましだ。どうせ宮廷魔導師になり損ねた、落ちこぼれの貴族令嬢だろう?」
無理もない。
高度な魔法は貴族の独占物であり、極めた者は皆、安全な宮廷へと吸い込まれていく。
日銭を稼ぐ冒険者の世界に、本物の魔導師が流れてくることなど、数年に一度の奇跡なのだ。
私は無言で、鑑定用の魔石に指を触れた。
「……火、水、風、土……えっ、それに光と闇まで! 全属性が最低でもBランク以上ですって!?」
受付嬢の声が裏返り、一瞬で態度が恭しくなる。
「か、かしこまりました……。魔導師としてのご登録でございますね。本日から貴女様は、我がギルドの至宝です」
背後で、酒を酌み交わしていたベテラン冒険者たちが、ガタリと椅子を鳴らして一斉に立ち上がるのが分かった。
「おい、嬢ちゃん! いや、魔導師様! 俺たちのパーティに来ねえか!? 宿代も全部ウチが持つぞ!!」
「ふざけるな、ウチならさらに前払い金も出すぞ!」
椅子を蹴り飛ばし、屈強な戦士たちが我先にと詰め寄ってくる。
「……静かにして」
パキリ、と空気が凍り付く。
冷たい霧が私の周囲で渦を巻き、床の石畳に亀裂が入った。
その威圧感に、血気盛んな男たちが一斉に後退りする。
「私は、誰とも組むつもりはないわ。……一人で、稼げるだけ稼ぎたいの」
受付嬢は震える手で、「Bランク」のプレートを差し出した。
私は仮面と同じ輝きを放つその銀色のプレートを無造作に掴むと、群がる男たちを尻目に、ギルドを後にした。
扉が閉まる間際、背後から「いきなりBランクかよ、ありえねえ……」という戦慄の混じった囁きが漏れ聞こえる。
下積みを経て成り上がるのが通例のこの世界で、登録初日に銀の称号を掴む者など、歴史に名を刻む英雄の卵くらいのものだからだ。
◇
冒険者としての初仕事は、原生林に潜むホーンベアの群れの討伐。
本来なら数人がかりで挑む巨獣を前にして、アリアナは静かに指を鳴らした。
彼女が放ったのは、独自の理論で構築された爆裂魔法。
水魔法で体内の血液を捕捉し、火炎魔法で沸騰させる。
次の瞬間、森の静寂は幾重もの破裂音によって塗り潰された。
内側から弾け飛んだ獣たちの血肉が、豪雨のようにアリアナの全身に降り注ぐ。
ギルドに持ち帰ったのは、かろうじて原型を留めていた数本の角だけだった。
他の素材はすべて霧散したため、手にした報酬は期待を大きく下回る銀貨数枚。
だが、そんなことは些細な問題だった。
(……できる。私はこの世界で、一人で生きていける!)
心の奥底から、沸々と自信が湧いてくるのを感じた。
◇
その夜、宿の裏庭。
アリアナは周囲に誰もいないことを確認し、銀の仮面を外した。
こびりついた返り血を洗い流そうと、手桶の冷たい水を顔にかける。
「……ふう」
こめかみから頬へと水を拭った、その時だった。
不意に、右手の小指が、顔の真ん中の穴に深々と滑り込んだ。
ぬめりとした粘膜の感触が、指先から脳へと直接突き刺さる。
「……っ!」
アリアナの動きが、氷のように固まった。
さっきまで胸を満たしていた、高揚感と自信。
それらすべてが、指先が捉えた空洞の感触一つで、泥水のように流れ去っていく。




