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包帯が解かれてから数日後。
アリアナは重い沈黙が支配する食卓へと呼び出された。
「……アリアナ」
父の声は、かつての威厳を失い、ひどく掠れていた。
「お前が不義など犯すはずはないと、私は今でも信じている。……力になれず、このようなむごい姿にさせてしまい、本当に済まなかった」
父は、娘の顔の中心に空いた穴を見ないように、視線を泳がせながら言葉を継いだ。
「せめてもの罪滅ぼしだ。お前には一生、不自由はさせない。外に出るのが辛ければ、好きなだけこの屋敷にいていい」
「……ありがとうございます、お父様。お心遣いに感謝いたします」
食後、彼女は重い足取りで自室へ戻ろうとした。
その時、曲がり角の向こうから尖った声が聞こえてきた。
「お父様! お姉様を一生屋敷に置くなんて、私は反対ですわ!」
次女、エルザの声だ。
「冤罪かどうかなんて、社交界では関係ありませんもの! 鼻を削がれた女が身内にいるというだけで、私たちの評判までガタ落ちですわ。私たちの婿探しにどれほどの悪影響が及ぶか、お分かりになって!?」
「そうですとも!」と、三女も追従する。
「いっそ、誰も知らない遠くの修道院にでも送るべきです!」
……ああ。
どんな時でも味方になってくれると信じていた家族にとってさえ、今の自分は家の汚点でしかないのだ。
逃げるように廊下を曲がると、今度はメイドたちのひそひそ話が耳に飛び込んできた。
「……聞いた? お嬢様、鏡を見ては泣き暮らしていらっしゃるんですって」
「お気の毒だけど、あれじゃあ女として終わりよねぇ。どんなに着飾ったって、顔の真ん中に穴が開いてちゃ……ねぇ?」
◇
――女として、終わり。
その言葉が、私の胸に深く突き刺さった。
今の私は、父の重荷であり、妹たちの未来を食いつぶす毒でしかない。
(これ以上、誰かに甘えるわけにはいかないわ)
ならば、道は一つ。
屋敷を出て、一人で生き抜く力を手に入れるしかない。
私はそのまま、地下の鍛錬室へと向かった。
幼少期から、貴族のたしなみとして習ってきた魔法。
しかし今の私に必要なのは、魔物を屠り、人をひれ伏させるための圧倒的な力だ。
「っ……あああぁぁ!!」
火、水、風、土、そして光と闇。
本来、魔導師が一生に極める属性は一つか二つ。
しかしそれは、魔法を独占する貴族たちが、極めずとも安泰な一生を約束されていたからに過ぎない。
愛も、美貌も、未来さえも失い、「魔法以外に縋れるものがない」と腹をくくった女の執念は、歴史が積み上げた怠惰な常識など容易く踏み越えていった。
◇
三ヶ月後。
そこに立ってのは、かつての可憐な令嬢ではない。
顔の中央に深い闇を抱え、全属性攻撃魔法をその身に宿した、孤独で最強の魔導師だった。
「お父様、お話しがございます」
私は父の執務室の扉を叩いた。
「私はこの家を出ます。一人で生きていく術を見つけました」
父はペンを置き、無言で私を見つめた。
その表情には、隠しきれない安堵が混じっている。
「……そうか。お前がそう決めたのなら、私は止めまい」
私は深く一礼し、一度も振り返ることなく屋敷を後にした。
門を出た瞬間に頬を撫でた風は、驚くほど冷たく、そして自由だった。




