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傭兵と黒の魔女  作者: KK
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第1章:絶対零度の墓標と、猟犬の牙

 視界を覆っていた不気味な白い霧を抜けると、荒野の景色は一変した。


 巨大なすり鉢状のクレーター。その底に沈むようにして、無骨なコンクリートと鋼鉄の建造物群が姿を現す。


 旧アレス第0研究所――俺とアークメイジが生まれた、すべての始まりの場所。


 だが、その光景は、俺が記憶している凄惨せいさんな廃墟とは全く異なっていた。


「……なんだよ、こりゃあ」

 ノワールのコックピットからそれを見下ろした俺は、思わずうめき声を漏らした。


 灼熱しゃくねつの太陽が照りつける荒野のど真ん中であるにもかかわらず、その巨大な施設群は、透き通るような『青白い氷』に完全に覆い尽くされていたのだ。


 建物も、周囲の瓦礫がれきも、さらには空中に舞い上がったままの粉塵ふんじんすらもが、時を止められたように凍りついている。


『……あり得ないわ。外気温は40度を超えているのよ?』

 通信機越しに、エレナが息をむ音が聞こえた。


『ヴォルフ・ハウンドのセンサーが弾き出したあの氷の表面温度……マイナス273度。絶対零度よ。自然現象じゃない。極度に圧縮されたマナが、空間そのもののエントロピー(熱量)を強制的に停止させているんだわ』


「マナの凍結……あの金髪の亡霊の仕業か?」


『分からない。でも、これだけ広範囲の空間を完全に静止させるなんて、アークメイジの力だとしても異質すぎるわ』


 エレナの言葉に、俺の背筋を再びあの嫌な悪寒が駆け上がった。


 この氷の奥にいるのは、本当にあの金髪のバケモノだけなのか?


 その時だった。


 ピキッ、ピキキキキッ……!


 静寂に包まれた絶対零度のクレーターに、氷の割れる不気味な音が響き渡った。


 研究所の外周を覆っていた氷塊の中から、青白い冷気をまとった無数の機影がせり出してくる。


『――熱源反応多数! 施設を防衛する旧アレスの自律型無人機群よ!』


 索敵を担当していたミラの声が、通信帯域に鋭く響く。


 現れたのは、分厚い霜に覆われた旧式の重装ドローンや、固定式のプラズマ砲台だった。それが数十、いや百を超す数で一斉に起動し、俺たち侵入者へ向けて無機質な赤光のセンサーを向けてくる。


「チッ、何十年も前のポンコツどもが、ご丁寧に氷の中で保存されてたってわけか」


 俺がノワールの操縦桿そうじゅうかんを握り、武装を展開しようとした瞬間。


『ヴァンス。お前は前に出なくていい』


 ノワールの前に、スッと滑り出るようにしてマットグレーの機体が立ち塞がった。


 ライオスの『アッシュ・ウォッチャー』だ。さらにその横には、白銀の刃を抜いたミラの『シルバー・リンクス』がピタリと並び立つ。


『この程度の雑魚の群れ、俺たち【銀の猟犬】だけで十分だ』


『そうだよ、ヴァンス! あんたは、あの亡霊に牙を突き立てるためだけにマナを温存しておいて。……絶対に、一発の弾もあんたには届かせないから!』


 かつてバジリスクの酸から身をていしてミラを守ったあの日。


 あの時は俺の背中に隠れて震えていた少女が、今は堂々と、俺を守る『盾』として最前線に立っている。


「……フッ、頼もしいこった。任せたぜ、猟犬ども」


『――狩りの時間だ、ミラ!』


『了解、お兄ちゃん!』

 兄妹の呼応と共に、シルバー・リンクスが爆発的な推進力で氷の戦場へと飛び出した。


 絶対零度の空間を、高周波のうなりを上げる双発の熱光学ダガーが切り裂いていく。ミラは凍りついたドローン群の射線を物理法則を無視した機動でき潜り、関節部の装甲だけを次々と滑らかに溶断していく。


目標捕捉ターゲット・ロック。……吹き飛べ」

 遥か後方、氷柱つららの上に陣取ったアッシュ・ウォッチャーからは、ライオスの超精密狙撃が放たれる。ミラの動きに完全に同期したその一撃は、シルバー・リンクスの背中スレスレを通り抜け、奥で砲門を開きかけていた固定砲台を的確に粉砕した。


 阿吽あうんの呼吸。システムを超越した、双子の絶対的な連携。


 百を超す無人機群は、俺とエレナが指一本動かすまでもなく、猟犬の牙によって次々とただの鉄屑てつくずへと変えられていった。


「お見事ね。……でも、問題はここからよ」


 エレナのヴォルフ・ハウンドが進み出る。


 ドローン群を片付けた俺たちの前に立ちはだかったのは、地下の最深部へと続く巨大なメインゲートだった。だが、その数十メートル四方の鋼鉄の扉は、周囲の比ではないほどの極厚の『青い氷』によって完全に封鎖されていた。


『私の長距離砲で撃ってみたけど、駄目ね。マナが凍結しているせいで、着弾した瞬間に熱量も運動エネルギーもゼロにされてしまうわ』


 エレナが舌打ちをする。


 砲弾も、レーザーも通じない、絶対零度の壁。


 最深部への道は完全に閉ざされているように見えた。


『――ふふっ。本当に石の頭ね、技術将校サマ』

 コンソールから、セリアの冷笑が響く。


『物理的なエネルギーが吸収されるなら、吸収される前に『質量』でへし折ればいいだけの話よ。ただの巨大なかき氷じゃない。……マスター、ノワールのジェネレーターの安全装置リミッターを、三秒間だけ強制解除するわ。機体がきしむけど、耐えなさい』


「……無茶苦茶を言ってくれるぜ。だが、嫌いじゃない」


 俺は口元を歪め、ノワールの右腕――『白銀の牙』を組み込んだブラスターではなく、左腕の巨大なパイルバンカーをガシャリと前方へ構えた。


「行くぞ!」


 セリアのシステム介入により、ノワールの漆黒の装甲の隙間から、赤い蒸気のようなマナが暴発的に噴き出す。機体の関節部が悲鳴を上げ、コックピット全体が激しい振動に包まれた。


 俺はスラスターのペダルを底まで踏み抜き、分厚い氷の隔壁に向かって、ノワールの全質量を乗せた特攻を仕掛けた。


 ガガガガァァァンッッ!!!


 衝突の瞬間、左腕のパイルバンカーの巨大な鋼鉄のくいが、火薬の爆発と共に氷の壁のド真ん中へ射出される。


 絶対零度の氷が、一瞬だけ鋼鉄の質量と強引な破壊力に耐えきれず、ピキッ……と嫌な音を立てた。


『そこよ! 押し込みなさい!』


「オオオォォォッ!!」


 俺の咆哮ほうこうと共に、ノワールの巨体が氷の壁を完全に粉砕した。


 砕け散る青い氷の破片が、ダイヤモンドダストのように宙を舞う。


 舞い散る氷の向こう側に現れたのは、光の届かない真っ暗な地下通路。


 過去の亡霊たちが眠る『ゆりかご』の深淵への道が、ついにこじ開けられたのだ。

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