第7章:過ぎた力と泥臭い美学
ハッチが閉まるのと同時に、周囲を取り囲んだアレスの精鋭魔導鎧から、容赦ない一斉射撃が始まった。
分厚い偽装装甲が次々と削り取られ、コックピット内にけたたましいダメージアラートが鳴り響く。
無骨なアサルトライフルと劣化マナ・レーザーが交差する、完璧に計算された十字砲火。昨日の野盗どもとは統率力が段違いだった。死角を完全に潰しに来ている。
「チッ。数の暴力ってやつは、いつの時代も面倒だな」
俺は血の味がする口内で毒づき、コンソールの奥にある『物理ロック』へと手を伸ばしかけた。
黒のレガリア『ノワール』の固有能力——局所慣性偏向。
これを解除すれば、異常なGと引き換えにこの小隊など数秒で挽肉にできる。リミッターのカバーを叩き割ろうとした、その時だった。
『……やめなさい、ヴァンス』
視界の隅で、セリアのホログラムが俺の腕を掴むような仕草を見せた。漆黒のベールがわずかに揺れる。
『あんな三下どものために、あなたが自分を壊す必要はないわ。……それに、お嬢様の前で涎を垂らした狂犬の姿を見せるつもり?』
「……俺の脳細胞が焼き切れる前に、このドン亀がスクラップになるのが先だぞ」
『誰に向かって口を利いているの? 泥臭いダンスなら、私が完璧にエスコートしてあげるわ』
セリアが妖艶に微笑むと同時、メインモニターに無数の戦術データと予測射線が緑色のグリッドとなって展開された。
敵の引き金のタイミング、弾道、機体の重心移動——そのすべてを、セリアの演算領域が完全に掌握し、俺の脳へと直接送り込んでくる。
俺は伸ばした手を引っ込め、操縦桿を強く握り直した。唇の端が、自然と歪む。
「……なら、舌を噛むなよ、お姫様!」
俺はフットペダルを最大まで踏み込んだ。
全長九メートル、数十トンの質量を持つ漆黒の機体が、神殿の石畳を粉砕しながら爆発的な加速で前方に飛び出す。
正面に陣取っていた三機のガトリング砲が火を噴くが、俺はその弾幕の『隙間』を、セリアの予測に従って紙一重のステップで躱していく。
『右へ二歩、装甲傾斜角三十度。そのまま前進』
セリアの冷静な指示が脳内に響く。
右肩の分厚い偽装装甲で数発の弾丸をあえて弾き返し、その衝撃を機体の旋回力へと変換する。重い鉄塊が、独楽のように滑らかに敵の懐へと入り込んだ。
「なっ、重装甲機が、なんだこの機動は……!」
混乱する敵兵の通信をBGMに、俺は背部のノワール・ブラスターを抜き放ち、まずは右の機体のコックピットをゼロ距離から撃ち抜いた。
ズガンッ!
火花とオイルを噴き上げて崩れ落ちる一機目を盾にし、背後から迫るレーザーの射線を遮る。
俺は銃剣の柄を握り直し、倒れゆく敵機を蹴り飛ばした反動を利用して、後方の敵へと瞬時に肉薄した。
理不尽な魔法も、重力操作も必要ない。
セリアの冷徹な演算サポートと、俺の身体に染みついた弾丸の重さ。それさえあれば、この分厚い鉄屑を、誰よりも美しく、暴力的に躍らせることができる。
泥とオイルを撒き散らしながら、一歩踏み込むごとに敵の装甲が砕け、引き金を引くたびに命が消えていく。
神殿の遺跡を舞台にした、硝煙と鉄屑のワルツ。
数分後、最後に残った隊長機がパニックを起こしてライフルを乱射しながら後退していく。
俺はスロットルを全開にし、逃げる背中へと一瞬で距離を詰めた。
「悪いが、時間切れだ」
隊長機の背面に蹴りを叩き込んで膝をつかせ、後頭部の関節部に銃口を押し当てる。
ズガァァンッ!!
重々しい爆発音と共に、最後の一機が前のめりに倒れ込み、完全に沈黙した。
燃え上がる十機以上の残骸が、微睡む神殿の遺跡を赤黒く照らし出している。
「……ミッション・コンプリートだ」
俺は操縦桿から手を離し、大きく息を吐き出した。
コックピット内には、冷却用の排気音だけが静かに響いている。
「……すごい。本当に……」
後部シートのリリアが、荒い息を吐きながら呟いた。
その声には、恐怖よりも、圧倒的な暴力の美学に対する純粋な感嘆が混じっていた。彼女はシートベルトを握りしめたまま、震える指でモニターを見つめ続けている。
『ふふっ。どう、私のナビゲーションは? ……あなたの泥臭いステップも、今日は少しだけマシだったわよ』
セリアが誇らしげに腕を組み、ホログラムのベールを優雅に揺らした。
「うるせえ。次はもっとサスペンションの利く機体を用意しておけ」
俺は軽口を叩きながら、胸ポケットからひしゃげた煙草を取り出し、口に咥えた。
最悪の厄介事は、どうやら俺たちの流儀で切り抜けられたらしい。




