第6章:泥と血のワルツ
神殿の入り口から、黒ずくめの特殊歩兵部隊が音もなく雪崩れ込んできた。
アサルトライフルの先端から伸びる無数の赤いレーザーサイトが、微睡む神殿の淡いマナの残光を無遠慮に切り裂く。完全に訓練された、冷徹な猟犬の動きだった。
「頭を下げて、耳を塞いでろ」
俺はリリアの肩を強引に押し倒し、崩れた大理石の祭壇の陰へと滑り込んだ。同時に、コートの腰に吊るした大型オートマチック拳銃を引き抜く。
直後、祭壇に向けて雨霰のような銃弾が降り注いだ。
硬質な大理石が砕け散り、白い粉塵が舞い上がる。鼓膜を劈く連続した発砲音が、神殿の静寂を暴力的に食い破った。
『ヴァンス。敵歩兵八名、ツーマンセルの四個分隊よ。三秒後、右翼から二名が回り込んでくるわ』
セリアの戦術データが網膜に緑色のグリッドを投影する。敵の位置、射線、移動予測がリアルタイムで更新されていく。
「……三、二、一」
俺は粉塵を煙幕代わりに、地を這うような低い姿勢で祭壇の右側から飛び出した。
「なっ——」
回り込もうとしていた敵兵二名が、想定外のタイミングで足元から現れた俺に一瞬硬直した。
遅い。
ズガンッ! ズガンッ!
走りながら二回連続で引き金を引く。四五口径の重い弾丸が、防弾バイザーを紙切れのように貫通し、脳髄を正確に吹き飛ばした。返り血が俺の頰を濡らす
「右からだ! 撃て!」
残る六名が一斉にこちらへ銃口を向ける。
俺は倒れた敵兵の死体を片手で掴み上げ、肉の盾として自らの前に突き出した。
ボボボボボッ!
肉に弾丸が食い込む鈍い音が連続して響く。死体の重みが腕にずしりと来るが、俺は構わず前進した。
その陰から、流麗なステップで敵の射線を縫うように滑り込む。生身の『ガン=カタ』——巨大な魔導鎧に乗っていようが、自分の足で地を踏んでいようが、俺のやることは変わらない。
「化け物かっ……!」
一人が恐怖に声を震わせ、タクティカルナイフを抜いて突っ込んでくる。
俺は肉の盾をそいつに向かって蹴り飛ばし、体勢が崩れた瞬間に懐へと滑り込んだ。振り下ろされるナイフの刃を左手の甲で逸らし、そのまま相手の腕を関節の逆方向へ捻り上げる。
ゴキリ、という骨の砕ける音が響いた。
「ガアアァッ!?」
悲鳴を上げる敵の顎下に銃口を叩き込み、トリガーを引く。三つ目の死体が床に崩れ落ちる。
空になったマガジンを排出し、コートのポケットから新しいマガジンを取り出して空中で叩き込む。流れるようなリロード。
残るは五人。
俺の異常な制圧速度と、微塵の躊躇もない殺意を前に、アレスの精鋭たちも完全に足を止め、動揺を露わにしていた。
『左背後、頭上! 崩れた柱の上から狙撃よ!』
セリアの鋭い警告。
俺は振り返ることなく、上半身だけを捻って背後へ銃口を向けた。セリアが表示した赤いターゲットマークの中心に、二発の弾丸を撃ち込む。
柱の上から、狙撃銃を抱えた敵兵が血飛沫を上げて落下してきた。
「……嘘、でしょう」
祭壇の陰で震えていたリリアが、信じられないものを見るような目で俺を見つめている。彼女の顔は青ざめ、亜麻色の髪が汗で額に張り付いていた。
俺は返り血で汚れた頰を拭い、残る四人の歩兵へと銃口を向け直した。
だが、その直後だった。
ズドォォォォォンッ!!
神殿の分厚い壁が、外側から爆破されて吹き飛んだ。
爆風が吹き荒れ、残っていた歩兵たちもたまらず地面に伏せる。
濛々と立ち込める土煙を裂いて現れたのは、最新鋭の重火器を構えた三機のアレス製魔導鎧だった。人間の何倍もの質量を持つ鋼鉄の軍用機が、威圧的な駆動音を響かせながら神殿内部へ踏み込んでくる。腕にマウントされた巨大ガトリング砲の銃口が、ゆっくりと俺とリリアに向かって旋回した。
「チッ……どうやら、お遊戯の時間は終わりのようだな」
俺は舌打ちをし、空に向けて弾を撃ち尽くした。
『ヴァンス。……特等席の準備、できているわよ』
網膜の隅で、セリアのホログラムが妖艶な笑みを浮かべる。
「お出迎えを頼む、セリア。屋根はもういらねえ」
俺がそう呟いた瞬間——
神殿の天井が、凄まじい轟音を立てて内側へと崩落した。
降り注ぐ巨大な岩の雨を突き破り、一機の漆黒の巨影が降臨する。
黒のレガリア『ノワール』だ。
セリアの遠隔操作によって落下してきた機体は、大地を揺るがすほどの重量感で俺とリリアの目の前に着地し、敵の魔導鎧との間に立ちはだかる巨大な盾となった。
プシュゥゥッ、と圧縮空気が抜け、胸部の分厚いハッチがスライドして開く。
「乗れ、リリア! 反撃の時間だ!」
俺はリリアの腕を強く引いて立ち上がらせ、鋼鉄の棺桶のコックピットへと滑り込んだ。




