エピローグ:夜明けの荒野と、野犬たちの旅立ち 翌朝。
赤茶けた荒野の地平線から、刺すような朝日が昇る頃。ロキのガレージの広大なドックには、出撃を待つ四機の魔導鎧の重低音が地響きのように鳴り響いていた。
修復と補給を終えた『ヴォルフ・ハウンド』。
弾薬を限界まで積み込んだ『アッシュ・ウォッチャー』と『シルバー・リンクス』。
そして、右腕の武装に「不確実な対消滅の爆弾」を仕込んだ漆黒のレガリア――『ノワール』。
「無茶な改修だったが、どうにか形にはしてやったぜ」
タラップの下から、油まみれのツナギを着たロキが、太いレンチを肩に担いで見上げてきた。
「だがな、傭兵さん。お前の右腕に乗せた『白銀の牙』は正真正銘のバグだ。安全装置なんてあってないようなモンだと思え。使うのは、本当に引き金を引くその一瞬だけだぞ」
「ああ。分かってる」
俺はコックピットから身を乗り出し、親指を立てた。
「手間かけさせたな、爺さん。このツケは必ず払いに戻ってくる」
「ふん。冥土の土産にレガリアを弄れたんだ、今回のツケなんざとうにチャラにしてやるよ」
ロキはシワだらけの顔をほころばせ、ニヤリと笑った。
「……無様に死ぬんじゃねえぞ、若ぇの」
その老メカニックの隣には、小さな影が一つ立っていた。
俺が昨夜貸した、ぶかぶかのデザートジャケットをすっぽりと羽織ったリリスだ。
彼女は昨夜のように取り乱してはいなかった。まだ少し目を赤く腫らしてはいたが、その表情には、怯えを無理やり押し殺したような小さな決意が宿っている。
「……おい、野蛮人」
リリスは一歩前に出ると、ノワールの黒い装甲を見上げて叫んだ。
「私がアテナのメインフレームの残存データを使って、あんたたちの生存確率を弾き出してあげたわ。……たったの『12パーセント』よ。控えめに言って、ただの自殺行為なんだからね!」
「そりゃ、ご丁寧な計算どうも」
俺が苦笑すると、リリスはグッと唇を噛み締め、両手でぶかぶかな上着の裾を強く握りしめた。
「だから……意地でもその数字、ひっくり返しなさいよ!」
朝の冷たい風にプラチナブロンドの髪を揺らしながら、彼女は必死の形相で声を張り上げた。
「私の計算を間違えさせたら、あんたたちの泥臭い直感の方が上だって認めてあげる! あんたたちが死んだら、誰がこの私を守るのよ! ……絶対、絶対に生きて帰ってきなさいよね!」
天才少女の、不器用で、精一杯のツンデレな激励。
その言葉に、オープンチャンネル越しにライオスとミラの笑い声が響いた。
『聞いたかよ、傭兵。天才サマの至上命令だぜ』
『わたしたち猟犬が、たった12パーセントで死ぬわけないじゃない。……しっかり留守番しててよね、リリス!』
『私も、可愛い教え子を置いて死ぬ気はないわ。ロキ、彼女の面倒をよろしくね』
エレナがウインクを飛ばすと、ロキは「やれやれ、託児所じゃねえんだがな」とぼやきながらも、リリスの頭にポンと大きな手を置いた。
「……留守番、頼んだぜ。リリス」
俺が短く告げると、リリスは上着に顔を半分埋めながら、コクリと強く頷いた。
『――全機、マナ・リンク正常。マスター、準備は良くて?』
コンソールの上にセリアのホログラムが浮かび上がり、漆黒の扇を優雅に広げる。
「ああ。極上の狩りの時間だ」
俺はハッチを閉め、操縦桿を強く握り直した。
――ズドォォォンッ!!
四機の魔導鎧が一斉にメインスラスターを吹かし、大地を蹴り上げる。
巻き上がる凄まじい土煙の向こうへ、漆黒、純白、灰、そして白銀の機体が、矢のように朝の空へと飛び立っていった。
向かう先は、新大陸の最深部。
すべての呪いが始まり、すべての因縁が交差する深淵――アレス第0研究所跡地『ゆりかご』
「……絶対、帰ってくるんだから……っ」
リリスは、遠ざかっていく四つの光の尾をいつまでも見つめていた。
大きすぎる上着に包まれた小さな神童と、老練な裏社会のメカニックは、星の見えなくなった夜明けの空に祈るように、野犬たちの背中を見送っていた。
【第7幕:傭兵と黒の魔女 ―灰燼の再会と泣き虫の神童― 閉幕】




