第6章:視界の異常と、牙の在り処
「……だがな。俺たちは無菌室で計算機を弾いてる学者じゃねえし、確実なデータが揃うまで待ってくれるほど、あの黄金のバケモノは優しくねえんだよ」
俺の言葉に、エレナが眉をひそめ、ライオスの眼光が鋭さを増す。
交錯する感情と理屈。そのすべてを背負い、俺は傭兵としての結論を出すために、ゆっくりと口を開いた。
「――本体には触るな。白銀のパーツは『ノワール・ブラスター(銃剣)』にだけ組み込め。普段は物理的にもシステム的にも完全に封印する。使うのは、本当に必要になった最後の瞬間だけだ」
本体を侵食させず、独立した武器にのみ『対消滅の毒』を仕込む。
俺の決断に、エレナは小さく息を吐き出し、「……分かったわ。ヴァンスがそれで腹を括るなら、私が完璧に制御用のバイパスを組んであげる」と不敵に笑った。
方針が決まると、ロキのガレージは一気に慌ただしさを増した。
「また超古代のレガリアのパーツかい!」
ロキは差し出された白銀のパーツをじっと見据えると、分厚い作業用ゴーグルを額へと押し上げ、苦々しくもどこか懐かしそうな笑みを浮かべた。
「まさか、生きてるうちにこの手でまた『レガリア』の残骸に触ることになるとはね。おいおい、若い頃に大戦の尻尾を踏んづけた時の悪夢が蘇りそうだぜ」
「爺さん、こいつに触ったことがあるのか?」
「昔のツテさ。まともな人間が扱う代物じゃねえよ、あんな規格外の遺物はな。だが……だからこそ、しなびた技術者の血が騒ぐがな」
老メカニックの目が、ギラギラとした職人のそれに変わる。
そして当然のように、アテナの生き字引であるリリスも、埃っぽいドックへと引っ張り出されることになった。
「いやぁぁっ! なんで私がこんな油臭い所で工具を持たなきゃいけないのよ! 私は第2階級なのよ!」
「うるせぇ小娘! そのデカい頭に入ってる理論式を現場の言葉に翻訳しろ!」
泣き叫ぶリリスをロキが一喝し、エレナとセリアがコンソールから並行してブラスターの解析を進める。
だが、作業が始まってすぐに、エレナの手が止まった。
「……おかしいわ。白銀のパーツからノワール・ブラスターへ繋ぐマナの伝導率が、計算上どうしても0.05パーセント減衰する。これじゃ暴発のリスクが残るわ」
エレナがモニターを睨みつけながら舌打ちをする。
アレスとアテナの最新スキャナーを並列起動しても、その「減衰の理由」が数値として表れないのだ。
「そこ、位相が歪んでるのよ」
ふいに、毛布にくるまって震えていたリリスが、ポツリと呟いた。
彼女の赤い瞳は、モニターの数値ではなく、ブラスターに組み込まれようとしている『白銀のパーツ』そのものを真っ直ぐに見つめていた。
「……位相が?」
エレナが振り返る。
「そうよ。白銀のパーツの基部……右から三番目の接続端子の奥。そこだけマナの流動が左に捻れてる。だから伝導率が落ちるのよ。その捻れを相殺する逆位相のパルスをかければ、ぴったり100パーセントで繋がるわ」
リリスの言葉通りにエレナがコンソールを叩くと、モニターの赤い警告ランプがフッと緑色に変わり、マナの伝導率が完全に安定した。
「……嘘でしょ。完璧に繋がったわ」
エレナが驚愕の目をリリスに向ける。
「ちょっと待ちなさい。アテナの最新型スキャナーでも、そんな微細なマナの流動は数値化できていなかったわ。貴女、どうしてそれが分かったの?」
「え……?」
エレナの鋭い追及に、リリスの肩がビクッと跳ねた。
「あの分厚い装甲の奥の位相の歪みなんて、計算で予測できるレベルじゃない。まるで……空間を流れるマナそのものを『視て』いるみたいじゃない」
「……っ!」
エレナの言葉が図星だったのだろう。
リリスの顔がサッと青ざめ、彼女はパニックを起こしたように両手で耳を塞いだ。
「だ、だって私はアテナで一番の天才だもん! 頭の中で全部計算できてるの! コンピューターより私の方が偉いの! なんでそんな疑うような目で見るのよ、この野蛮人! もう知らない、ばかぁっ!」
「ちょっ、あんたねぇ……!」
論理的な会話を完全に放棄し、子供のように地団駄を踏んで泣き叫ぶリリス。
エレナが呆れてため息をつく中、壁にもたれて煙草をふかしていた俺は、紫煙の向こうで暴れる少女を静かに見つめていた。
(……どこか、見慣れた苛立ちだ)
理不尽な環境で、自分の存在理由を証明するために尖るしかなかった者特有の、底の抜けた脆さ。かつて自分が地下ラボの冷たい光の中で感じていたものと似た、妙な引っかかりが胸の奥をかすめた。
だが、それを深く追及する気など傭兵の俺にはない。
「そこまでにしとけ、技術将校サマ」
俺はエレナを制し、リリスの頭にポンと無造作に手を置いた。
「ひぐっ……! な、なによ……っ」
「お前がどうやって計算してようが、スキャナーより優秀ならそれでいい。その眼……いや、その頭脳は、最高に役に立つぜ。天才サマ」
俺があえて深く追及せず「天才」として受け流すと、リリスはビクビクと上目遣いで俺を見上げ、やがてギュッと白衣の裾を握りしめて、小さく鼻を鳴らした。
「……と、当然よ。私がいなきゃ、そんな鉄屑一歩も動かせないんだから……っ」
震える声で虚勢を張る少女を横目に、俺は再びロキへと向き直った。
彼女がどんな秘密を抱えていようと、今のこの場においては、この『眼』が確かな牙を研ぎ澄ましてくれる。
「さあ、作業を続けるぞ。あの黄金のバケモノの喉元に、極上の毒牙を突き立てるためにな」




