第5章:深淵の遺物と、交錯する牙
荒野の太陽が西へ傾きかけた頃、俺たちは中立地帯エレボスの外れにある、巨大な偽装スクラップ工場――『ロキのガレージ』へと帰還した。
巨大なシャッターを潜り抜けると、オイルと鉄の匂いが充満する広大なドックが広がる。出迎えた裏社会の老メカニック・ロキに機体を預け、俺たちはガレージの奥にある薄暗いミーティングルームへと集まっていた。
部屋の隅のパイプ椅子に座らされたリリスは、支給された毛布にくるまりながら、窓越しにドックで応急処置を受ける『ノワール』を、どこか怯えたような目で見つめていた。
「……ねえ。あなた、あの真っ黒な機体をどこで拾ったの?」
リリスが、マグカップを両手で握りしめながらポツリと呟いた。
「ん? 昔、ゴミ山で拾ったんだよ。ポンコツだけど、しぶとさだけが取り柄でな」
俺が適当に誤魔化すと、リリスは疑わしそうに眉をひそめた。
「嘘よ。……あの機体、ただの旧式や継ぎ接ぎじゃない。見てるだけで、空間の位相が歪んでるみたいな……すごく気味が悪い。アテナのメインフレームでも、あんな規格外のマナの流動は見たことがないわ」
彼女はノワールが『黒のレガリア』であるという確たる知識は持っていないようだったが、天才ゆえの直感が、あの機体の奥底に眠る「得体の知れない何か」を無意識に感じ取っているらしかった。
「黒い鉄屑の詮索は後回しよ。今は、こっちが先」
白いデザートコートを羽織ったエレナが、机の上に無造作に置かれた『白銀のパーツ』を指差した。アテナの地下から俺たちが命懸けで持ち出した、未知の遺物だ。
「さあ、天才サマ。貴女たちがこれを『神殺しの首輪』のコアとして使おうとしていた理由……そして、あの『黄金のバケモノ』がアテナを灰燼に帰した理由を、データに基づいて論理的に説明しなさい」
エレナの冷徹な声に、リリスはビクッと肩を震わせ、渋々といった様子で口を開いた。
「……大前提として、あの『黄金のレガリア』も、この白銀のパーツも、現代の技術じゃないわ。大戦より遥か昔の超古代文明が残した遺失技術よ。設計思想の根幹は完全なブラックボックス。私たちには、どうやって動いているのかすら完全に理解できていないの」
「理解もしていないものを、兵器に転用しようとしていたのか?」
壁に寄りかかっていたライオスが、呆れたように鼻を鳴らす。
「仕方ないじゃない! でも、地下の遺跡から発掘されたデータディスクの断片には、確かにこう記されていたわ。――『黄金と白銀は対として造られた。両者が本格的に干渉し合った場合、安全装置が起動し、【対消滅】を引き起こす』って」
対消滅。
その言葉の響きに、部屋の空気が一瞬にして凍りついた。
「対消滅……。つまり、あの黄金のレガリアを、空間ごと跡形もなく消し去る爆弾になるってことか」
ライオスが低く呟く。その瞳の奥には、両親と故郷を奪われた凄絶な復讐の炎がチロチロと燃え上がっていた。
「……なら、使うしかない。ヴァンス、その白銀をあんたの機体に組み込め。あの黄金の亡霊を殺せるなら、どんな毒が塗ってあろうが、その牙で喉首を噛みちぎるべきだ」
「私も賛成」
ミラが一歩前に出て、真っ直ぐな目で俺を見た。
「あの化け物を野放しにしたら、また罪のない人たちが焼かれる。わたしとお兄ちゃんの……復讐を果たすためにも、確実な手段があるなら迷ってる暇なんてないよ!」
猟犬兄妹の言葉は、熱く、重かった。彼らの行動原理は、常にあの業火の夜の精算にある。
「――却下よ。感情論でシステムを弄るなんて三流のやることだわ」
だが、エレナが氷のように冷たい声でそれを一刀両断した。
「リリスも言ったはずよ。レガリアはブラックボックスだって。本当に『対消滅』が起こるという確証となるデータはどこにあるの? もし白銀の未知のマナがノワールの制御系に逆流して、システムが崩壊したら? アークメイジと戦う前に、ヴァンスが自滅するリスクの方が高すぎる。データに基づかないギャンブルは、技術者として絶対に認めない」
保守的だが、あまりにも正しいエレナの正論。
彼女は常にデータを主体に置き、確実な勝率を積み上げることで、俺たちを何度も死地から救い出してきたのだ。
「エレナの言う通りよ! あなたたち狂ってる!」
リリスが涙目で叫ぶ。
「理論が証明されていない爆弾を抱えるなんて自殺行為よ! 暴走したら、あなたたちどころか、このガレージごと消し飛ぶかもしれないのよ!?」
「……相変わらず、人間ってのは面倒くさい生き物ね」
白熱する議論のド真ん中へ、コンソールから青白いホログラムとしてセリアが浮かび上がった。彼女は漆黒の扇で口元を隠し、退屈そうに宙を舞う。
『復讐に燃える犬と、データに縛られた石の頭。……私はね、自由でいたいの。縛られるのも、誰かの理屈に従うのも大嫌い』
セリアはふわりと俺の肩の横に降り立ち、妖艶な笑みを浮かべた。
『でも、あの黄金の鳥が、私と同じ空を偉そうに飛んでるのはすごく腹が立つのよね。……相打ちの爆弾? 悪くないじゃない。私の美しくて完璧な領域さえ汚さなければ、いくらでも遊ばせてあげるわ。……マスター、貴方はどうしたいの?』
復讐の牙を研ぐライオスとミラ。
確実なデータを求めるエレナ。
恐怖に震えるリリス。
そして、混沌を面白がるセリア。
全員の視線が、俺の一挙手一投足に突き刺さっていた。
「……」
俺は黙ってポケットからひしゃげた煙草を取り出し、ジッポライターで火を点けた。
紫煙を深く吸い込み、ゆっくりと天井へ向けて吐き出す。
「お前らの言い分は、どいつもこいつも正しいよ」
俺はパイプ椅子から立ち上がり、机の上の『白銀のパーツ』を無造作に掴み上げた。
「……だがな。俺たちは無菌室で計算機を弾いてる学者じゃねえし、確実なデータが揃うまで待ってくれるほど、あの黄金のバケモノは優しくねえんだよ」
俺の言葉に、エレナが眉をひそめ、ライオスの眼光が鋭さを増す。
交錯する感情と理屈。そのすべてを背負い、俺は傭兵としての結論を出すために、ゆっくりと口を開いた。




