第4章:野犬の荷物と、荒野のハイエナ
「――ちょっと! なんで私が、こんな泥と汗の匂いが染み付いた鉄の棺桶に乗らなきゃいけないのよぉッ!」
荒野を爆走するノワールのコックピット内で、鼓膜を劈くような悲鳴が響き渡った。
補助シートに無理やりシートベルトで縛り付けられたリリスは、足をバタバタと暴れさせながら涙目で抗議の声を上げている。
「うるせえな、舌噛むぞ。お前を無菌室に送り届けてやるヒマはねえんだよ」
俺は操縦桿を乱暴に切りながら、鬱陶しそうに吐き捨てた。
「こんな『生きたパスワード』兼『神殺しの首輪の解説書』を、野良犬の餌として置いていくわけにはいかないからね。諦めて野蛮人のドライブに付き合いなさい」
オープンチャンネル越しに、エレナが冷ややかな声で追い打ちをかける。
アテナ・ドミナンスの地下を脱出した俺たちは、次なる目的地『第0研究所【ゆりかご】』へ向かう前に、一度体勢を立て直す必要があった。機体のダメージは深刻だし、エレナとリリスの頭脳を合わせて「神殺しの首輪」のデータを解析できる設備もいる。
そこで俺が選んだのは、裏社会の凄腕メカニックが取り仕切る『ロキのガレージ』だった。あそこなら、クロノスの目も届かず、十分な機材も揃っている。
「いやぁぁぁ! 揺れる! 暑い! 臭い! 私の計算された完璧なストレートヘアが、汗で台無しじゃないのよぉ……っ!」
『マスター。このやかましい荷物、緊急脱出用のハッチから荒野に放り出していいかしら?』
セリアのホログラムが、本気の殺意を込めた笑顔で提案してくる。
「ひゃうっ!? ご、ごめんなさい! 捨てないでぇ!」
リリスがビッと縮こまった、その時だった。
『――前方の渓谷に熱源反応多数! アテナの崩壊のにおいを嗅ぎつけた、スカベンジャー(野盗)の群れよ!』
索敵をしていたミラの声が響く。
荒野のハイエナども。無敵の学都が燃え落ちたと知って、おこぼれの強化パーツや高価な素材を漁りに来たのだろう。
メインモニターに、旧式の魔導鎧や改造バギーに乗った数十機の群れが映し出される。俺たちを見つけるなり、ヒャッハーとでも言い出しそうな下品な駆動音を鳴らして、一斉に散弾やミサイルを撃ち込んできた。
「ひゃああああっ!? 撃ってきた! 撃ってきたわよ野蛮人!!」
リリスが両手で頭を抱え、補助シートで丸くなる。
「騒ぐな。あんなポンコツども、相手にするまでもねえ」
俺がノワール・ブラスターの銃口を向けようとした瞬間、はるか後方の岩山から、極太のマナの閃光が飛び交った。
ズギュゥゥゥンッ!!
『無駄弾を撃つな、ヴァンス。雑魚の掃除は俺たちの仕事だ』
ライオスの『アッシュ・ウォッチャー』から放たれた超精密狙撃が、先頭を走っていたスカベンジャーのバギー三台を、文字通り「まとめて」串刺しにして粉砕した。
「な、なんだぁ!?」とパニックに陥る野盗の群れのど真ん中へ、今度は白銀の光芒が空から降ってきた。
『よそ見してる暇、ないよ!』
ミラの『シルバー・リンクス』だ。
彼女は多連装サブスラスターをランダムに吹かし、物理法則を無視したような動きで敵の弾幕をすり抜けると、双発の熱光学ダガーを起動。流れるような連撃で、敵の魔導鎧の関節部だけを次々と溶断していく。
さらに、逃げようとした敵の足元を、エレナのヴォルフ・ハウンドの長距離砲が的確に撃ち抜き、動きを完全に封じ込めた。
戦闘開始から、わずか数十秒。
圧倒的で、無駄のない、完璧な連携による殲滅劇だった。
「……う、そ」
コックピットのモニター越しにその光景を見ていたリリスは、涙でぐしゃぐしゃになった目を見開き、呆然と呟いた。
「なに、あの動き……。マナの出力も機体のスペックも、アテナの防衛ドローンには遠く及ばないはずなのに……なんで、あんな完璧な軌道計算ができるの……?」
彼女の頭の中にあるマナ理論や物理演算では、絶対に説明のつかない泥臭い戦術。
だが、それが目の前で、論理を超えた圧倒的な強さとして成立している。
「計算じゃねえよ、天才サマ」
俺はスラスターのペダルを踏み込み、野盗の残骸を蹴り飛ばしながら進んだ。
「あいつらは泥水啜って生きてきた猟犬だ。綺麗な無菌室で弾き出したデータより、死線を潜り抜けた『直感』と『信頼』の方が、荒野じゃ何倍も速くて正確なんだよ」
「直感……信頼……」
リリスはぽかんと口を開け、信じられないものを見るようにモニターを見つめ続けていた。
特権階級の知性こそが絶対だと信じていた彼女の小さな世界が、音を立てて揺らいだ瞬間だった。
『……ふふっ。少しは現実が理解できたかしら、世間知らずのお姫様』
セリアが扇の奥でクスクスと笑う。
「誰がお姫様よ……っ! たまたま運が良かっただけだもん……っ」
リリスは顔を真っ赤にしてそっぽを向いたが、その声には先ほどまでの見下すような響きはなくなっていた。
「ま、お前にもそのうち、泥の味の美味さが分かるようになるさ」
俺が鼻で笑って操縦桿を倒すと、荒野の地平線の先に、巨大な廃工場のシルエットが浮かび上がってきた。
幾重もの偽装カモフラージュとジャミング設備に覆われた裏社会の要塞。
「見えたぜ。あそこが『ロキのガレージ』だ」
俺たちは土煙を巻き上げながら、決戦への準備を整えるための隠れ家へと、機体を滑り込ませた。




