第3章:情報の引き出し
燃え盛る白亜の大図書館から辛うじて回収した俺たちは、安全な地下区画の一室へと移動していた。
そこは、非常用の青白いランタンだけが灯る、埃っぽい備品室だった。
「んっ……ぐすっ……ひぐ……っ」
部屋の隅にポツンと座らされたリリスは、煤まみれの白衣をギュッと両手で掴み、真っ赤に腫らした目をさらに涙で濡らしながら、シャクリ、シャクリと小さなしゃくり声を上げていた。
その目の前には、腕を組んで冷ややかな視線を送るエレナと、扇を広げて面白がるように微笑むセリアのホログラムが陣取っている。
「……で。いつまでメソメソ泣いてるつもり? 貴女、アテナの第2階級スカラーなんでしょう。そんな見苦しい泣き顔、ウサギの人形でももう少しマシな面をするわよ」
エレナの容赦ない言葉に、リリスはビクッと肩を跳ねさせ、涙目でエレナを睨み返した。
「ひ、ひどい……っ! 私をなんだと思って……! そもそも、あなたたちみたいな下層の野蛮人に、私の研究の何がわかるっていうのよ……! 私は、私はアカデミーの未来を担う……!」
「はいはい、天才サマの立派な経歴はお腹いっぱいだ」
俺は持っていたハンドガンをジャラリと音を立てて机の上に置き、リリスの目の前のパイプ椅子にドカッと腰を下ろした。
「泣き言を並べる暇があるなら、頭を冷やしてここに並べな。――あの金髪のバケモノ……アークメイジが、なんであんな手際よくお前たちの自慢の白亜の塔を丸ごと灰燼に帰したのか。そして、あいつが次にどこへ向かったのか知ってるな?」
俺の低く脅すような声に、リリスは恐怖で顔を青ざめさせ、縮こまりながらも必死にプライドの残りカスにしがみついた。
「っ……! な、なんで私がそんなこと……あなたたちなんかに教えなきゃいけないのよ! 私はアテナの市民権を持つ……!」
「市民権も何も、そのアテナ自体がもうこの世に存在しねえよ」
傍らで壁にもたれていたライオスが、冷ややかに事実を突きつける。
「外を見ろ。お前が守ろうとした『美しき知の箱庭』は、もうただのゴミ捨て場だ。お前をそこに残していけば、野良犬の餌になるか、地下から這い上がってきたキメラの晩御飯だぜ」
「ひっ……!」
リリスは周囲の全員――俺の荒くれ者としての目つき、エレナの氷のような冷徹さ、セリアの不気味な微笑み、そして猟犬兄妹の容赦ない眼光を順に見渡し、自分の置かれた絶望的な状況をようやく理解したようだった。
彼女はわなわなと唇を震わせ、大粒の涙を再びポロポロとこぼしながら、震える指を俺たちにつきつけた。
「……っ、悪魔……! あなたたち、全員まとめて下層の野蛮な悪魔よ……っ!」
「褒め言葉として受け取っとく。で?」
俺がじっと催促するような視線を向けると、リリスはもう耐えきれなくなったのか、両手で顔を覆いながら半泣きで叫んだ。
「――っ! 知ってるわよ! あの金色の化け物が何を考えてたかなんて、あの塔の誰だって分かってたわよ……っ!」
部屋の空気が、ピシリと凍りついた。
「……ほう。聞かせてもらおうか」
「あいつにとって、アテナ・ドミナンスなんて……私たちが積み上げてきた知性も文明も、全部『失敗作の実験動物が群がっている巣穴』でしかなかったのよ……っ!」
リリスの声が、怒りと恐怖で裏返る。
「あいつは、私たちが何年もかけて作り上げた『神殺しの首輪』の理論式を一瞥しただけで、鼻で笑ったわ。『こんな醜い足掻きで、僕に届くと思ったのか』って……!」
――アークメイジは、アテナを「実験の失敗作」として切り捨てた。
あの塔のすべては、彼にとって破壊する価値すらない、ただの虫けらの掃き溜めにすぎなかったのだ。
「で、その化け物はどこへ行った?」
俺の問いに、リリスは袖で涙を乱暴に拭い、ぐすっと鼻を鳴らしながら震える声で続けた。
「……あいつは、アテナを焼き払った後、自身の『本当の故郷』へ向かうって言ってたわ」
「本当の故郷?」
「ええ……! アレスとクロノスが隠し続けている、新大陸の最深部……。すべてのマナの源流であり、私たちが生み出されたすべての始まりの場所。『旧アレス第0研究所――通称【ゆりかご】』よ……っ!」
その言葉を聞いた瞬間、俺の脳裏にあの凍りついた研究所の記憶が蘇った。
俺とアークメイジが同じ培養槽から生まれ、そしてあの金髪の亡霊がすべてを血に染めた、すべての始まりの悪夢。
『――ゼロ研究所【ゆりかご】』
セリアのホログラムが、驚きと興奮の色を浮かべながら目を見開いた。
『マスター。クロノスの最高機密ネットワークの断片と一致するわ。奴は、私やあの金のレガリアが作られた根本の源流へと戻るつもりよ。そこで、一体何をしようというのかしら……』
「……そういうことか」
俺は息を吐き出し、立ち上がった。
アークメイジの目的地は決まった。新大陸の深淵に眠る、すべての呪いの根源。
俺が振り返ると、エレナはすでにデータ端末を閉じ、冷徹な笑みを浮かべて頷いていた。
ライオスとミラも、それぞれの愛機の最終調整を終えるように、武器のグリップをしっかりと握り締めている。
「さて、方針は決まったぜ、天才サマ」
俺は床に座り込んだまま怯えるリリスを見下ろし、不敵に片方の口角を上げた。
――次の戦場は、すべての始まりの場所だ。




