第1章:銀の猟犬、到着
燃え落ちる白亜の塔の残骸。その周囲を囲む黒焦げの大理石の広場に、突如として二機の魔導鎧が重苦しい駆動音を響かせて降り立った。
一機は、暗闇の迷彩をまとったマットグレーの重装狙撃機『アッシュ・ウォッチャー』
もう一機は、周囲の景色の色が反射して艶やかに光るマットシルバーの軽量機『シルバー・リンクス』
スラスターの余熱がシューッと白煙を上げて消える中、それぞれのコックピットハッチが開き、二人の人物がタラップを降りてきた。
「……遅かったな、猟犬ども。セリアから『道中でアレスの残党やドローンを片付けながら向かっている』って、ずいぶん前に連絡は受けてるぜ」
俺はノワールの巨大な胸部装甲にもたれかかり、折れ曲がった煙草をふかしながら、冷やかすようにそう声をかけた。
傍らのコンソールの上では、セリアの青白いホログラムがふわりと浮かび上がり、「私の優秀な索敵ネットワークが捉えたデータよ、感謝しなさい」とばかりに不敵に扇を広げている。
「道中でアテナの雑魚ドローンどもに挨拶代わりの歓迎を受けてね。少し手間取ったさ」
アッシュ・ウォッチャーから降り立ったライオス・ロイドは、かつての病弱な青白い顔が嘘のように血色が良く、その足取りは驚くほど軽やかだった。セリアの抗体のおかげで完全に蘇った彼の眼光は、以前よりもさらに鋭く、研ぎ澄まされていた。
そして、その傍らからひょっこりと顔を出したのは、銀髪をサイドテールにまとめた少女――ミラだった。
「ヴァンス……!」
ミラは俺の姿を認めるなり、小走りで駆け寄ってきた。
だが、俺の全身がバジリスク戦や先ほどの激闘でボロボロになり、パイロットスーツのあちこちに血と煤がこびりついているのを見ると、彼女はピタリと足を止め、息を呑んだ。
「……なにその姿。ボロボロじゃない」
「まあな。新大陸の神様にご挨拶してきた帰りだからよ」
俺が苦笑して頭を掻くと、ミラは複雑そうな、けれどどこかホッとしたような小さな息を吐き出し、腰に手を当てて胸を張った。
「……でも、無事でよかった。あの塔の上から凄いマナの爆発が起きたから、もう消し炭になっちゃったかと思ったよ」
「心配すんな。俺のしぶとさはゴキブリ並みだからな」
俺がそう言って彼女の頭を軽くポンと叩くと、ミラは「もう、子供扱いしないでよ!」と頬を膨らませつつも、どこか嬉しそうに目を細めた。
その様子を、数歩離れた場所から、白いコートを羽織ったエレナが腕を組んでジト目で見つめていた。
「……で、お前たちが揃ってこんな掃き溜めみたいな廃墟にやってきたってことは、ただの観光旅行じゃないよな。何か掴んだのか?」
エレナの問いかけに、ライオスは真剣な表情へと切り替え、懐から一枚のデータチップを取り出した。
「ああ。アレスの地下情報網と、道中でハッキングしたアテナの内部記録から抜き出した極秘データだ。……俺たちの両親を殺し、この街を灰にした『アークメイジ』の足跡と、奴が企んでいた計画の全貌がここに記録されている」
ライオスが投げ渡したデータチップを、エレナが素早くキャッチし、自身の端末に差し込む。
コンソールの上で待機していたセリアのホログラムも、そのデータの解析を瞬時に同期し始めた。
「でかしたわ、猟犬さん。……どれどれ、中身は……って、嘘……!」
データの海にダイブしたエレナの顔色が、一瞬で青ざめた。
「どうした、エレナ」
「これ……アークメイジの正体と、アテナの狂人どもが裏で進めていた計画の記録よ。……ヴァンス、これ、貴方にも関係があるわ」
エレナが振り返り、複雑な目を俺に向けた。
データのホログラムが空中に展開される。そこには、俺たち世代の遺伝子培養槽の記録と、アークメイジの幼少期のデータ、そして――俺と瓜二つの顔をした少年の姿が映し出されていた。
『光と影』の双子。
マナを持たず、物理の限界を極めた「影」としての俺と、極大のマナを宿した「光」の最高傑作であるアークメイジ。
空気が、わずかに凍りついた。
ライオスとミラは、そのデータをすでに事前に見て知っていたはずだった。だが、当事者である俺の目の前でその事実が暴かれるのを見て、ミラは少し気まずそうに目を泳がせ、そして決心したように一歩前に出た。
「……ヴァンス」
彼女はまっすぐ俺の目を凝視し、はっきりと告げた。
「このデータを見て、最初はどうしようかと思った。お前のそのルーツが、あの金髪の化け物と同じだなんて……信じたくなかった」
「……だな。俺も自分の不気味な生い立ちには吐き気がするぜ」
「違うよ!」
ミラは語気を強め、両手をギュッと握りしめた。
「アナタは、あの化け物なんかじゃない! あいつは何もかもを笑いながら踏み躙るだけの怪物だけど……お前は、私たちのためにボロボロになりながら泥水を啜って、痛いって文句言いながらも私たちを守ってくれた。あんなに泥臭くて、人間臭くて、優しい野犬が、あいつと同じわけないでしょ!」
真っ直ぐすぎるミラの言葉に、俺は少し面食らい、それから思わず乾いた笑いを漏らした。
「……買い被りすぎだ、嬢ちゃん。俺はただ、自分のために引き金を引いてるだけの人殺しの傭兵さ」
「でも、事実だよ」
ミラはフイッと顔を背け、少しだけ赤くなった頬を隠すように腕を組んだ。その横で、ライオスが苦笑しながら肩をすくめる。
「妹の言う通りだ、傭兵。血統や遺伝子がどうあれ、俺たちを救ってくれたのはあんたのその泥だらけの手だ。……誇りを持てよ、兄弟」
胸の奥で、カチリと何かが噛み合うような音がした。
親父ガルドが叩き込んでくれた「人間」としての意地。そして、この不器用な猟犬兄妹が認めてくれた絆。
アークメイジと同じ遺伝子から生まれた「影」だとしても、俺は俺のやり方で、あの金髪の亡霊を噛みちぎるためにここに立っている。
「……あいよ。ご注進どうも」
俺は携帯灰皿で折れ曲がった煙草を消し、一つ息をついた。
それから、ふと思い出したようにライオスたちに問いかける。
「そういえば、道中でアテナのドローンに囲まれてヒィヒィ言ってた赤いつなぎの女を見かけなかったか? 鮮やかな二丁拳銃を撃つ、口の減らない泥棒猫なんだけどよ」
俺の問いに、ライオスとミラは顔を見合わせた。
「ああ、外縁部の荒野で会ったよ。ボロボロの生身であのドローン群を相手に逃げ回ってたから、アッシュ・ウォッチャーの狙撃で助けてやったさ」
「で、どうなったんだ?」
「それがさ……」ミラが少し呆れたような、けれど感心したような顔をする。
「『私は金にならない仕事はしない主義なの。じゃあね!』って言って、こちらにそのデータと要所への道順を投げるように教えて、すぐにどこかへ消え去っちゃったよ。自分の足で別の逃走ルートを探すんだってさ」
「……相変わらず、命知らずでガメつい野郎だぜ」
俺は思わず苦笑し、胸の奥でホッと息を吐いた。
シャーリーは生きている。あの馬鹿は、あの大爆発の中から自分の足でちゃんと這い出してきたのだ。相変わらず、泥臭くてしぶとい最高の仲間だった。
「さてと」
俺はノワールのブラスターを肩に担ぎ直し、目の前で燃え盛る白亜の大図書館の残骸を見据えた。
「猟犬ども、雑談はここまでだ。そのデータに何が書いてある? あの金髪の野犬が次にどこへ尻尾を巻いて逃げたのか、アテナの頭脳どもは何を残していった」
俺がそう言って、データの全容を広げようとした、その時だった。
――カラカラ、崩ッ
俺たちの背後で、燃え盛る大図書館の残骸が小さく崩れる音がした。
風で崩落したのではない。瓦礫の奥で、何かがもがいているような不自然な物音だ。
「……ひぐっ……うぅ……っ」
微かな、本当に微かな、だが確かに人間の「すすり泣き」のようなうめき声。
俺とライオスは瞬時に顔を見合わせ、腰のハンドガンとライフルにそれぞれ手をかけた。
エレナとミラも息を呑み、声のした黒焦げの大理石の山へと視線を向ける。
「……生存者ゼロって言わなかったか、セリア」
『……おかしいわね。熱源反応は完全に消失していたはずよ。分厚い瓦礫の遮蔽と、よほど高度なマナ・ステルスでも被っていない限り……』
ピリついた空気が流れる中、再び瓦礫がカタカタと揺れ、今度ははっきりと、幼くも甲高い声が響いた。
「……誰か、いないの……? 痛い、暗いよぉ……っ、助けて……!」
灰燼に帰した無菌の箱庭。
その絶望の瓦礫の底から、場違いなほどに弱々しい声が、泣きじゃくりながら助けを求めていた。




