幕間:【銀の猟犬と、光の足跡】 第4話:猟犬の帰還と、荒野の紅い蜘蛛
奪ったデータを手にアテナ・ドミナンスの外縁部へと接近した猟犬兄妹を待ち受けていたのは、感情を持たない論理兵装だった。
アテナの防衛システムが放った、白亜の無人ドローン群による絶対的な包囲網…。
濃密なジャミング粒子が、荒野の空気を鉛のように重くしている。
通信帯域を極限まで絞った『ツイン・リンク』の視界に、砂嵐のようなノイズが混じる。システムの有効距離が削られ、コンマ一秒のデータ遅延が命取りになる極限状態。
頭上を埋め尽くす三十機近い白亜の機体が、青白いレンズを赤く変色させ、一斉にプラズマの砲門をこちらへ向けた。
だが、猟犬兄妹に焦りは微塵もなかった。
「――アクティブ・デコイ、最大出力!」
ミラの駆る『シルバー・リンクス』が、暗闇の中で爆発的な白銀の光芒を放った。
機械的な論理演算で動くドローン群の光学センサーが、突如として現れた規格外の輝度に完全に白飛びを起こす。
視界とターゲット捕捉を乱されたドローン群の照準がブレた、そのコンマ数秒の隙。
ミラは全身のサブスラスターをランダムに吹かし、物理法則を嘲笑うかのような変則的なコークスクリュー軌道で弾幕の嵐を抜け出した。
「遅いッ!」
敵の頭上へ跳躍したシルバー・リンクスが、双発の熱光学ダガーを逆手に構えて落下する。
高周波の唸りを上げる赤熱の刃が、先頭の一機の流線型の装甲へ滑らかに突き刺さり、そのまま電子頭脳ごと溶断した。火花が噴き上がり、白亜の機体が沈む。
だが、ジャミングの影響で、ミラの視覚データが後方のライオスに届くまでに、わずかなタイムラグが生じ始めていた。
(システムに頼るな。風の音、プラズマの焦げた匂い、ミラの息遣い……すべてを「感覚」で読め!)
遥か後方、『アッシュ・ウォッチャー』のコックピットで、ライオスはスコープのデジタル同調を強引に切った。
目に見えるデータではなく、妹への絶対的な信頼と、長年培った阿吽の呼吸だけを頼りに、長砲身の引き金を絞る。
ズギュゥゥゥンッ!!
発射の凄まじい反動で、機体を固定していたアース・アンカーが周囲の岩盤を粉砕する。
放たれたマナの高圧縮弾は、ミラが機体を切り裂いて射線を空けた「ゼロコンマ一秒後」の空間を正確に通り抜け、奥で隊列を組んでいたドローン三機の胴体を纏めて串刺しにして消し飛ばした。
「お見事、お兄ちゃん!」
「お前が信じて動いてくれるからだ」
システムすら凌駕する双子の絆。その圧倒的な連携の前に、論理演算しか持たない白亜の群れは次々とスクラップへと変えられていった。
* * *
追撃を完全に振り切り、二機が安全圏の岩尾根に到達した頃には、夜が白み始めていた。
コックピットのハッチを開け、冷たい風を肺に吸い込む二人。
だが、彼らの視線は、地平線の彼方――学都『アテナ・ドミナンス』の方角に釘付けになっていた。
「……嘘。あれって」
ミラの声が震える。
美しいはずの夜明けの空を不吉に歪める、巨大な「業火」。
遠目にもわかるほど白亜の塔が崩れ落ち、その炎の中心から、周囲の空間そのものを捻じ曲げるような、圧倒的で暴力的な『黄金の極大マナ』が天を衝いていた。
「間違いない……。俺たちの故郷を焼き払った、あの黄金のマナだ」
ライオスが低く呟く。
なぜ、アテナ・ドミナンスがあんな業火に包まれているのか。そこで何が起きているのか、詳しい事情は分からない。
だが、猟犬の直感が告げていた。あのバカみたいにお人好しで泥臭い野犬が、あの光の中心で、たった一人で絶望的な戦いに巻き込まれているのだと。
「行くぞ、ミラ。あの泥まみれのバカ野郎が、死んじまう前にな」
「うん。今度は絶対に、私たちが盾になる!」
二機がスラスターの咆哮を轟かせ、燃え盛る地平線に向かって駆け出そうとした、その時だった。
『――待って、お兄ちゃん! 前方の荒野に、微弱な熱源反応!』
ミラの警告に、ライオスが瞬時にスコープを覗き込む。
アテナ・ドミナンスの外縁部へと続く荒野。そこを、ボロボロになった赤いライダースーツの『生身の女』が、必死の形相で走っていた。
その背後からは、生き残っていたアテナのドローンが三機、赤い照準レーザーを彼女の背中へと合わせている。
「なぜあんな所に生身の人間が!」
女が振り返り、残弾のない二丁のハンドガンを投げ捨てる。ドローンのプラズマ砲がチャージの輝きを放ち、彼女の命が刈り取られようとした瞬間。
ズガァァァンッ!!
ライオスのアッシュ・ウォッチャーから放たれた極太の狙撃が、三機のドローンを横薙に粉砕し、荒野に爆発の華を咲かせた。
土煙を切り裂き、ミラのシルバー・リンクスが地響きと共に女の眼の前に着地する。巨大な白銀の機体が、女を庇うように立ち塞がった。
「……はぁっ、はぁっ……」
息を切らし、泥と煤に塗れた赤いスーツの女は、尻餅をついたまま上空の巨大な狙撃機と、眼前の白銀の機体を見上げた。
「……間一髪じゃない。死ぬかと思ったわ」
彼女は疲れ切った顔に、それでも不敵な笑みを浮かべてみせた。
アテナの地下深くで機体のリアクターを暴走させた後、本当に自らの運と意地だけで、生き地獄のような地下ダクトを生身で抜け出してきたのだ。
ミラの機体の外部スピーカーから、警戒するような少女の声が響く。
『あんた、誰? どうしてアテナのドローンに追われてるの?』
「……ふふっ。しがない賞金稼ぎよ。あの燃えてる塔の地下で、とびきり馬鹿な野犬を逃がすために、愛機を爆破してきちゃったの」
女が口の端の血を拭いながら放った言葉に、ライオスとミラは息を呑んだ。
『馬鹿な野犬……まさか、ヴァンスの野郎か!?』
「あら、あんたたち、あいつの知り合い? ……なら話が早いわね」
女はよろめきながら立ち上がり、遠く燃え盛るアテナの塔を真っ直ぐに指差した。
「早く行ってやりなさい。……あいつは今、世界で一番厄介なバケモノと、一人で向き合ってるわ」
猟犬の兄妹と、通りすがりの賞金稼ぎ。
名前も知らないまま、ヴァンスの背中を守ろうとする者たちが、業火の荒野で数奇な邂逅を果たした。彼らの瞳は皆一様に、地平線で燃え盛る「神の塔」へと向けられていた。
【幕間:銀の猟犬と、光の足跡 完】




